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あおり |
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正面(ピンボケ) |
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ユージン SRDX 奥さまは魔法少女 紅さやか ことクルージェです。アニメはもう一つだったのですが、安いわりに人形のデキが良かったので買ってしまいました。15 cm ぐらいの高さです。背景は
Synforest社の吉田良一 CD-ROM 作品集 “ANATOMIC DOLL” (絶版?)から取っています。
更新: |
06/01/31 |
初公開: |
2006年01月31日 18:32:54 |
2006-01-31 18:36:18 (JST) in フィギュア写真 | 固定リンク
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ほぼ正面から |
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やや上から |
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更新: |
06/01/31 |
初公開: |
2006年01月31日 17:34:06 |
2006-01-31 17:38:50 (JST) in フィギュア写真 | 固定リンク
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「演驛」とは論理的に命題を導くことである。
「帰納法」は演驛の一つである。しかし、帰納法を学ぶことで、人は帰納のなんたるかを知る。それが「帰納」である。
2006-01-31 15:46:30 (JST) in 論理学 ストーリー | 固定リンク
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「ごくろうさまでした」とか「おつかれさまでした」という言葉は、目上の人が下の者に対して使う言葉で、逆の立場で使うのは失礼にあたる……という説を見たことがある。
日本語には尊敬語もあれば謙譲語もあり、一部の身分の人だけが自らに使う特殊な尊敬語というのも古語にはある。
しかし、「ごくろうさまでした」は、「さま」が敬称の「様」ではなく「様子」の意だったとしても、「ご」も付けば「でした」も付く。自分が「苦労した」というのは文法的に謙譲語でもないのに、それを目上の者に使ったからと言って失礼になる「逆尊敬語」になるというのは文法的にはおかしな話だと思う。
2006-01-30 12:50:51 (JST) in 日本語論 | 固定リンク
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Grand Theft Auto(略して GTA)というゲームをご存知だろうか?80 年代アメリカをインスパイアし、主にマフィアの暴力抗争を描いたゲームである。全世界で大ヒットしたが、その暴力表現が過激なことがしばしば問題とされた。ゲームに限らずヒットした物にはよくある話だが、このゲームを参考にしたと称する少年犯罪も起きている。
ここまで話題になるゲームが、とりあえず、どれほどのものか知っておこうということで、上記のゴタゴタで日本未発売の“
GTA: San Andreas”を買って実際にやってみた。
私は、ニュースや実写ポルノではなく、マンガやゲームのような表現については、過激なほど「表現の自由」論者であるから、「ゲームを発禁にする」という方向には絶対に反対であることをあらかじめ銘記しておく。
その辺の議論については別の機会にまわすとして、今回は MOD という視点から今回の動きを批判しよう。
2006-01-30 12:18:19 (JST) in ゲーム 時事 教育 | 固定リンク
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ブログがある以前、または、ブログが有名になる以前から、ホームページをブログのようなシステムで作りたいと思っていました。
2006-01-29 23:15:04 (JST) in 自己紹介 | 固定リンク
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コーヒーにはかならずといっていいほど牛乳を入れます。砂糖は入れません。紅茶にはレモンスカッシュ(CCレモン)を入れたり、アップルジュース+牛乳というのがお気に入りです。
しかし、最近、カゼをひいたとき、体力を付けようとホットミルクを飲みました。私はホットミルクに限り、砂糖を入れることにしているのですが、ちょうど、砂糖が近くに見当らなかったので、苺ジャムをかわりに入れました。
こ・れ・が、なかなかおいしい!
近ごろは一日に一度はジャム入りホットミルクを飲んでいます。
更新: |
06/01/29 |
初公開: |
2006年01月29日 20:55:39 |
2006-01-29 20:55:39 (JST) in グルメ・クッキング 近況 | 固定リンク
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学生当時、私は、流行していたオブジェクト指向プログラミングの考えを記号論理学に持ち込むことをまず目標とした。
2006-01-29 20:18:37 (JST) in 論理学 自己紹介 | 固定リンク
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ある大学の大学院を修了後、その大学のテリトリー内でいまでいうところの引き込もりになりました。引き込もりになってから何年かたったあと、精神分裂病にかかり、入院。……退院後、実家に戻りました。(最近、月刊コミックエースの「NHK にようこそ」で似たような展開があり、笑えませんでした。)
それから、ある国家資格を取るために予備校に通っていました。計算に関する部分は人なみにでき、その部分は試験にも合格しました。しかし、記述する問題で大きくつまづきました。
ほとんど記憶した法律を書くだけなので、記憶力と、何より書くスピードが求められるのですが、もともと汚ない字をいくら崩しても、そのスピードが出ないため、模試において平均点も取れないほどの成績に甘んじ、試験にも失敗しました。
現在失意の中、次の方策を練っているのですが、結局のところもとの引き込もり状態とあまりかわらなくなっています。年齢もかなり高いので「焦り」というものも正直、昔ほどではないのですが、焦らなければならない身の上です。
更新: |
06/01/28 |
初公開: |
2006年01月28日 21:02:49 |
2006-01-29 20:18:17 (JST) in 自己紹介 | 固定リンク
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初めは鍵を掛けられていた個室も、すぐに鍵がなくなり、1 週間ほどで 2 人部屋に移り、2,3 ヶ月で閉鎖病棟から一般病棟(といっても精神病院内だが)の 2 人部屋に移り、何ヶ月か後に 3 人部屋に移った。私は「早く退院したい」と訴え続けたが、そのごとに「すぐに退院できます」と諭され、「退院のメド」として示された期間が過ぎるごとに、部屋の移動があるだけであった。
2006-01-28 21:24:00 (JST) in 精神分裂病 | 固定リンク
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いわゆる 911 の米同時多発テロを契機として 2001 年 10 月 5 日ぐらいから発症し、10 月中旬の国内での狂牛病の発覚や、12 月 1 日の愛子様誕生を過ぎ、12 月 8 日に両親の手によって引き渡されるように入院した。
2006-01-28 21:08:48 (JST) in 精神分裂病 | 固定リンク
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かつて「精神分裂病」と呼ばれてきたものが、今では「統合失調症」と呼ばれるようになっています。
「精神」が「分裂」するというのは残酷である、または、「精神」が「分裂」するようなことはない、というのがその理由でしょう。
しかし、実際、そうなってしまった者には、むしろ、その病気の残酷さを表す言葉が用いられ、残酷さも含めて社会に隠すことなく理解され、その治療法や予防法の研究に大くの財が投じらたほうが良いように感じます。
「病は穢れであり、穢れは避ける」べきという考え自体が間違っているのであり、「病は恐れるべきであるが、共存する」べきだとして対峙していただきたい。
「認知症」という言葉と同じです。「痴呆」を何の害も表現しない「認知症」と詔り直すのではなく、「痴呆」は「痴呆」のまま恐怖とともに受け留め、その恐怖を軽蔑に転嫁することなく矜持したまま、人間性への信頼に基づく笑顔とともに共存することが必要なのではないでしょうか?
更新: |
05/03/21,06/01/28 |
初公開: |
2006年01月28日 21:04:53 |
2006-01-28 21:05:15 (JST) in 日本語論 精神分裂病 | 固定リンク
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