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2006年2月13日 (月)

不完全性定理: 「真」「偽」「わからない」

記号論理学入門の講座をある程度長く習うと、最後のほうでゲーデルの不完全性定理について学ぶことがあると思う。

欧米流の「真」「偽」ですべてを結着するような考え方は間違いで、論理では「真」「偽」「わからない」の三値を考えるべきだなどという意見を見ることもあるが、不完全性定理とは、これを支持するように見えて、実はこれを否定するような定理なのである。
「不完全性定理」とは、いってみれば、ある程度複雑な(、といっても普通の理論には必ず含まれている簡単な数学を記述する表現力がある)論理体系では、ある命題が「真」であるか「偽」であるかを証明できない場合がある、すなわち、どうやったって「わからない」場合があるというものだ。

つまり、ある「命題の真偽」は証明できないが、「ある「命題の真偽」が証明できない」ことは証明できることがあるというのが不完全性定理の骨子である。プログラマならば、すべての真偽を証明するプログラムを書こうとすると必ず無限ループに陥るプログラムになることが示せると言えばわかりやすいか。

不完全性定理そのものは、哲学的インパクトは別として、定理として利用されることは少ない。しかし、その証明において開発されたテクニックは、命題ではなく、理論体系そのものをフォーマルに扱うとき必要とされる重要なものである。


「真」「偽」「わからない」という三つの値を使って推論を行おうというのは「三値論理」といって実際に研究されていた(る?)もので、特に表現力を必要としない模式的な推論では有用なものではあるのだろう。

しかし、ある程度議論が複雑になれば、「わからない」という値は意味のないものになる。

なぜなら、「真」「偽」がわからないときに「わからない」という値を割り振ろうとしても、「「真」「偽」がわかるのか「わからない」のか」がわからないという状況が必ずでてくるというのが、不完全性定理の教えるところだからである。


真偽を探究する者の前には自然にわからない部分が現れる。それは「わからない」という真理に辿り着いたのではなく、その人の状態がそうなったに過ぎないのだ。
更新: 06/01/30
初公開: 2006年01月30日 14:11:07

2006-02-13 23:07:59 (JST) in ストーリー, 論理学 | | コメント (1) | トラックバック (0)

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コメント

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投稿: Helga | 2007-05-15 05:37:16 (JST)

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