P2P を用いた作業履歴流通の可能性
現在、違法コピーの温床でしかない P2P (peer-to-peer) ネットワーク。しかし、「ファイル共有」という仕組は Web の普及によって皮肉にも損われた Internet の頑健性を復活させるものと見ることができる。
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歴史の中に記録が散逸するのを防ぐ
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私が勉強していた記号論理学は、数学基礎論と研究領域を広く共有する。そのため「基礎論」の中に含まれる純哲学的な考えに触れることもしばしばあった。
そこでは、研究記録の歴史性がかなり真剣に語られていた。謂く。遠い未来になった場合に、研究の成果が破壊や忘却によって失われるかもしれない。そういった時代を経て、なお、記録を残すには、石板に記録し地中に埋めるぐらいしかないのか。残された記録を将来の人に解読可能な形で残すにはどうすべきか。等々。
SF みたいな話だが、もちろん、実際にはそれがそのまま語られるのではない。当時普及していた電子記録媒体 CD-R が経年変化にそれほど強くないわりに、図書をスキャンしたものを CD-R にして本を捨ててしまうことがあったが、さすがにそれは問題があり、少なくとも CD-R を定期的に更新する体制が必要だ。とか、解読可能性を学習理論やゼロ知識証明のようなものとからめて語る。といった具合である。
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回線増強とプライバシーの強化から逆に脆弱になったインターネット
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インターネットはよく知られているように軍が主導して作られたため、一部の機能が麻痺しても他でカバーする多重分散化ができるように設計されていた。
WWW の登場によって、クライアントサーバー型のサーバー側への情報の集中が起こったが、当初はそれでも、回線容量が少なかったので、人気のあるコンテンツについては複数のサイトにミラーリングする配慮がなされていた。しかし、時が経過し、回線増強がなされるにつれミラーリングの必要性はどんどん薄れていった。
昨今のプライバシーや著作権保護の強化により、キャッシュファイルが残せなかったり、検索エンジンにひっかからないサイトが増えて検索エンジンサイトにページが蓄積されないようになったりした。
インターネットの特徴としての多重分散性は薄れてしまった。
もちろん、バックアップの重要性が認識されてはいる。しかし、同じ地域や同じ管理者グループのバックアップは歴史上しばしばあった「政治的な破壊」に意味をなさないことが多い。
このような変化は、歴史的散逸から記録を守るという点ではマイナスである。情報はより手軽に手に入れられるようになったが、それを分散保存する機会は減少してしまったのだ。
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木を隠すには森の中、情報を隠すには……
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この状況を再び戻す力を持っているのが、P2P 技術である。実際いくつかの P2P システムでは NetNews や掲示板を発展させて、それをファイル共有している物もある。
P2P は大量のファイルを共有することを目的とするが、やはり著作権の扱いに問題があることが多いためか、匿名性も求められる。ファイルの伝送速度と匿名性の強化はトレードオフの関係があるが、ある意味意外なことに、実は、今日、使われている多くのシステムは伝送速度を上げることを重視して、匿名化にそれほど労力をかけていない。
著作者側にある程度の技術があり、その気になれば、侵害している者の情報を集め、特に何度も発信源となっているようなところは、かなり特定することも可能であり、それをプロバイダに照会して訴えることもできるのである。
ところで、私が問題にしているような記録は、一つ一つは現在 P2P で共有されるデータよりもはるかに小さいものである。しかし、正直なところ、一般ユーザーにとって、そのような記録は保持したいようなものではないため、サイズが小さいのに真っ先に消す対象とされてしまう。
皮肉なことだが、多重分散化のため記録を共有してもらおうと思ったら、むしろ、それらを暗号化し匿名性を増したほうが良さそうなのである。違う情報を同じハッシュ番号を持たせるなどしてバンドル(抱き合わせ)にし、あとから暗号解読するまでは、自分に必要なデータがどれだけ入っているかわからないようにしたほうが分散化にとっては好ましいと思われる。
もちろん、バンドルして「売り付ける」ためには魅力的なエサも必要となる。トレードオフがあるのでサイズの大きなデータといっしょというわけにはいかない。そこで、例えば、電子振込依頼書やシリアルナンバーを匿名の相手に送るなど、匿名性を生かしたサイズの小さなコンテンツを大量に伝送するようなことが求められるだろう。
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作業履歴の共有、「言い換え」の学習に対する効用
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大量に伝送することが可能で、余計なデータまで共有するのならば、一部の人しか興味のないような作業履歴を共有することも許されるだろう。
作業履歴は差分によって構成されるが、流通させるときは作業履歴そのものの差分を流通させ、その差分の中から自分に必要な属性を持つ作業履歴を自らの環境に再構築していけば良い。
もちろん、そういった記録を共有すると、作業途中で起こした恥ずかしいミスも共有されてしまう。そういう部分は緩い暗号化をしておけば良い。そのような暗号を解いてしまうような時代や機関にまで秘密にするのは、諦めてしまうというのも悪い選択肢ではないだろう。
そのミスが誤字脱字のたぐいであれば、あまり意味はない。しかし、それが言い換えなどであった場合は、歴史的には有用なデータとなり得るのだ。未解読言語などでは、似ているが違う表現が、他の部分の解読に光をあたえることがしばしばあるからである。
また、それほど未来の話じゃなくても、暗号化されたまま即日赤の他人に共有され、それを著者も、暗号化されていれば他者も改変できなくなることから、裁判などに使う証拠としては高い能力を認めることができるだろう。
以上の話は未だ妄想の域を出ない話である。ただ、《私がブログを書き始めた理由》で書いたように、今現在作っているのはテキストを HTML にするツールである。差分をとることに関しては、HTML よりもテキストのほうが好都合であり、レイアウト情報も学習にとっては有用であることから、学習にとっては HTML や、それに変換できるテキストのほうが良い。私自身は、多少、そういったことに留意している。
更新: | 06/02/03,2006-03-16 |
初公開: | 2006年02月04日 01:02:18 |
最新版: | 2006年11月09日 08:13:58 |
2006-02-04 01:07:08 (JST) in 情報工学・コンピュータ科学 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
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Winny によりダウンロードしたファイルを実行して、ある種のスパイウェアに感染する事件が取り沙汰されている。他のスパイウェアと同様にある程度の範囲にあるデータを無分別にネットワーク上に送信するが、他のスパイウェアと違い、その PC にある特定の P2P ソフトを介在するため、送信先の管理者に対策を求めることが難しいことにある。 (ちなみに「スパイウェア」という言葉だが、私は自然に発生し、まだ一... 続きを読む
受信: 2006-03-16 05:15:38 (JST)
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