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2006年2月 4日 (土)

魂の座

意志の働きが、脳の動きによって説明できるようになった場合、霊魂がどのように意志を持つかが問題となる。次のようなモデルが考えられるだろう。
説 1.
神の記憶モデル

人の霊は、神の中の記憶のようであり、それは、人を包むようにはじまり、ニューロンに至るまですべてを被覆して定義される。神の中の記憶であるから、それは完き人であるばかりでなく、人の理想状態であるかもしれない。
説 1'.
自然の霊的記憶モデル

人の霊は、他人や自然物の霊の中に記憶として残る。それは、単に人の記憶や物理的根跡をいうのではなく、いってみれば、目に見える事象を根拠としそれを包むように霊的次元が存在し、その霊的次元の中に「縁」の局所的集積として「人の霊」のようなものが弱く定義できる。この霊的次元を時間軸に拡張することで輪廻も説明できよう。
説 2.
霊的肉体モデル

人は死ぬと、人が決して確認できない微小な「霊」が、新たに与えられる霊的肉体の脳に移し換えられ、そこで意志を構成することになる。
更新: 04/08/??,05/03/21
初公開: 2006年02月04日 16:51:34

2006-02-04 16:51:34 (JST) in 神学・教学 | | コメント (1) | トラックバック (1)

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受信: 2011-07-09 00:09:19 (JST)

コメント

note アバウトミーで魂に関する議論をしました。そちらへリンクもご参照いただければと思います。

投稿: JRF | 2008-10-01 12:20:07 (JST)

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