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2006年2月 4日 (土)

錬金術

金は、希少であるが、化学的に安定し比重が重いため分離が容易であり、ほとんど錆びず、人が加工しようと思えば石器でも加工できるわりに、多少の衝撃でも形が崩れない程度の硬さはある。

しかし、これらの特徴は農業生産にも武器にも適さない。金は、近年になって導電率の良さが着目されるまで、決して実用的な金属ではなかった。
そうであるにも関わらず、金が価値を持っていたのは、その美しさという非「実用的」な理由の需要が十分に大きく、かつ、供給の絶対量が常に少なく、化学的に安定しているために需要の回復期まで「美しさ」という価値の根拠が保持されたまま待つことができるからである。

人間には、自分が、ある物をある価値で手に入れた以上、その物について状態変化がなければ、もう一度同じ価値で売れるはずだという信念がある。ただし、この信念は、市場での流通量が一定である場合のみ成り立ち、革新や季節変動に基づく大量供給によっては崩され得る。

ある意味で、言葉通りの「錬金術」が成功しても、その技術が広まった時点で、金の価値はなくなる。「錬金術」はもし成功しているならば、その手法は秘されなければならない。「錬金術」の方法論は「金の価値」という外部条件があって初めて意味がある。この点が自ら価値を生み出す普遍宗教との根本的な違いである。

「錬金術」で象徴される宗教技術には二つの側面がある。一つは、金のように決して「実用的」ではないものに永続的な価値があることを、人々に認めさせるための方法という側面(金を作り出すという側面)。もう一つは、秘術を秘術として伝達するための組織法という側面(金は作れないと思わせる側面)である。

時に秘術とは作れないはずなのに作れると「思わせる」方法であったりもする。
更新: 00/??/??
初公開: 2006年02月04日 16:52:38

2006-02-04 16:52:38 (JST) in 経済的動機付け | | コメント (0) | トラックバック (0)

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