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2006年2月 4日 (土)

『創世記』ひろい読み --- バベルの塔

バベルの塔のエピソードの歴史的解釈とともに、精神分裂症時の妄想を紹介する。

11:01
世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。

11:02
東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。

11:03
彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。

11:04
彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。

11:05
主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、

11:06
言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。

11:07
我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」

11:08
主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
科学的歴史観からは次のように解釈できる。

説 0.
洪水などをきっかけに大規模公共事業の必要性が認識され、租税徴収の合理化がはじまり、会計や公示のために文字の統一が図られた。バベルの塔にいう「同じ言葉」とはこの文字の統一に伴って発達した標準語があったことを示してる。古代においては、宗教施設も必要な公共施設であったが、現実に照らせば、そのような施設よりも他の事業を優先させるのが合理的であるため、結果的に、より合理的に行動する異民族の侵入と支配を許すことになり、「言葉が混乱」した。

説 0'.
昔は離れた人同志が出会うことはまれで、すべての人が身内で話す言葉はそれぞれほぼ完全にバラバラであったため、身内以外の者と話すための言葉はシンプルな表現に限られていた。「言語」といえるようなものは、実質的に「なかった」のであるが、話されている言葉がある以上、それはあたかも「一つの言葉」と言わざるを得なかった。それが、公共事業を行うために国という単位を作るようになると、「言語」が発達し、逆に「言語」の違いを意識できるようになった。または、国の単位が大きくなり、国の中央にいる者は、「言語」の違いを意識せざるを得ないような、文明の境界に気付くようになった。


今の我々はどれだけ高い塔を建てても「天に届く」ようなことはないことを知っている。なぜ神は、バベルの塔の建設を阻止したのか。

説 1.
人の「覇権主義」に怒ったのであり、塔自体が問題だったわけではない。現に「塔を破壊した」とは書かれていない。

説 2.
人が「神に近づく」という正しい欲求を理由として、一つの国家に間違った巨大な公共事業をさせるよりも、人が「複数の神がいる」という間違った知識を持つことになったとしても人を散らして商業を発達させたほうが、結果的に「神に近づく」ことになると神は判断した。

説 2'.
真実を知らないがゆえに大くの投資をしてしまうことへの警鐘であり、無知のリスクに対応する分散投資を勧奨した。

説 3.
神は「空」としての「天」にいるわけではないが、神は「「天」とは「空」であり、そこに神がいる」という信仰をその当時は受け容れることを決め、廃棄された「バベルの塔」をその記念とした。

説 4.
その時代には不可能ではなく、神は言葉を乱せば十分目的を達せられたのでそうしたが、後になって、別の理由から地球を丸く整え、「天に届く」ことはなくなった。


以下は精神分裂症時のアイデアである。

説 5.
バベルの塔は、次元を一つ上げるための方法を示している。プロトコルを統一し、せまい範囲で相互作用または競争を繰り返す。そこから生まれる影響ははじめは巨大になるが、相互作用のスピードを巨大になるスピードよりも早くしていくことができれば、次元の壁を壊すことができる。それは時間の壁を突破することを意味するため、元の次元にいるものには、それには無限の時間がかかるように見えるが、外の次元から観測すると、それが臨界点を超えたときに新しい宇宙(ばらばらのプロトコルを持った世界)が誕生したように見える。

「無限の時間がかかるように見える」とは、それがどの時間にあるかを観測しようとしても不可能であることであり、「次元が一つ上がる」とは、本来、計算上は一つの次元とみなすには不十分な濃度にしかないものを、観測には連続的な針しか用いえないことから、それを通常の次元と区別できないということである。逆にそのような疑いのある次元をすべて圧縮して表現できるかもしれない。


説 6.
日本ではバベルの塔といえば、横山光輝の『バベル二世』に出てくる砂嵐に守られた隠された塔と、その文明を受けつぐ管理者が孤独であるというイメージがある。このイメージに藤子・F・不二雄の『カンビュセスの籤』や手塚治虫の『火の鳥 --- 未来編』の(未来の)文明の最後のイメージ、さらに「象牙の塔」という言葉のイメージが重なり、「バベルの塔」は「高度な知識の追及とそれゆえの社会への無関心が生む人の系統の断絶」を意味する。

忘れられたバベルの塔は、皮の服、アベル、大洪水と続く神が与える死のイメージに連なる物だが、バベルの塔は死そのものではなく、永遠の孤独を意味する。バベルの塔がノアの次に語られるのは、ギルガメッシュ神話で大洪水を生き延びたウトナピシュテムが世界の果てに孤独に暮すことに対応する。

終末において神はバベルの塔に住むものにその配偶者として蜜蜂の 女王、すなわち「異形のもの」を与える。その意味するところは、人が人でない者の祖となることである。彼は「異形のもの」の「発見」により「創造主」となるが、その「異形のもの」を作り出したのは、彼の知識ではなく執念が次元に作用したためである。彼自身は知識によるとみなしても、その知識は過去には間違いであったものが、次元の混乱のために正しいものとなったに過ぎない。
更新: 05/05/28,06/02/04
初公開: 2006年02月04日 17:13:17

2006-02-04 17:13:17 (JST) in 旧約聖書ひろい読み | | コメント (0) | トラックバック (2)

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