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2006年2月 4日 (土)

仏教は無神論か

仏教は無神論であるといわれることがあるが、仏教は神や霊魂の存在を否定はしない。ただ、出家者は、神や霊魂の存在を必要条件として、儀式や道徳を導くことがないだけである。仏教の教義は、神がいようがいまいが、人々が究極的に求めるものとして設けられている。

出家者が神や霊魂を信じていてもかまわない。ただ、違う神を信じる出家者どうしが神のことを語りあえば、しばしば、より大切なことを見失いがちになる。そのような出家者にとっては、仏教の教義に基づくことこそ、そういったことを避けるための方便となる。仏教は、こうして、その土地に残る宗教と結び付き、発展してきたのである。

ただし、このような態度こそが、神をないがしろにするものであると考える宗教もある。もし、出家しようとするものが、そのような神を信じていたのならば、人々の幸せのために、敢えて外道に堕ちよと説かねばならない。一神教の信者にすれば、この点を指して無神論というのだろう。
更新: 01/02/09
初公開: 2006年02月04日 16:34:44

2006-02-04 16:34:44 (JST) in 仏教 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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