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2009年2月16日 (月)

道を語り解く − 教え説くのではなく

易経』(繋辞上伝)

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一陰一陽これを道と[]う。これを継ぐものは善なり、これを成すものは性なり。


道の先に目的地があっても道がそこで終わるわけではない。でも道を往く私には終りはあって、一生があって、一年があって、一日がある。あるとき立ち留まって逡巡する。この光陰をどうしのぐべきなのか、と。

自分には知識も、努力によって身につく能力もないことをときに感じる。私が人に伝えられる価値があることを何か言っているとすれば天賦の才からのものだ。ただし、ここでの「天賦の才」とは一般人とは優れているということをまったく意味しない。ただ時と場所を得て論を継いだだけのことだ。それが善かったとなるならありがたい。

意味があるように見えるものに意味はない。その意味がないものに意味をこめていくのは自分だ。…こういう「道」を説く言説に昔はよくつまづいた。今も嫌いじゃない。ただ、「自分」が「意味をこめていく」というのは少し違うか。それほど能動的であることを私はよしとはしなくなった。自分があることで意味が残余していく。それは確かでもなく、確かであることを願うでもなく、でも、習い性のまま寝て起きるうちに何かをなしていて、自分が願っていたことに気付くこともあり……。
私は到底[とうてい]「普通の人」でありえないが、普通のあり方の一つとして affirmative (肯定されうるよう)にならなければならない。そしてそれは特別な成功がこの先あるからという形ではもうありえまい。そんな私に社会がどう affirmative に接することができるかを考えていかねばならない。私の道をまず私が肯定しうるように書き下せれば、と願った。

肯定され「うる」ということは、肯定されがたくあるということ。むしろ、[くだ]ってきた人を「反射」すべきと期待されるだろう。そのような人がなぜか私に、私の書いたものに、遭う場面があるとして、私は「地道さ」を身につけておかねばならない。それは普通の地道さであるわけがない以上、憎むべき地道さでなければならない。

「道を説く」と言う。私がこれからしようとする行為だろう。だが、誰かをさとそうとするでもないのに、「説く」と書くのはしっくりこない。いや、そもそも一般に、道に関してはわかっているという目線から何かがとかれることはなく、とくことで、とく者も道を探り、とくという行為を選び選ばれていっているのではないか。

今の私は「道を解く」と書きたい気分だ。私は話しながら、書きながら、そうでないかと解いていってるのだ。もちろん、普段からこう書けば、道は数学のように解くものという誤解を生むことになるのでよろしくはない。

「道を語り解く」でどうだろう。くっつければ「語解」、ごかい…誤解と同じ読み…。いや、それでいい。今の私はこれでいい。私が道をといていることが[]りかかっているとき、私は「道を語り解」いていると想おう。


参考

易経』(高田 真治 & 後藤 基巳 訳, 岩波文庫, 1969年)

易のはなし』(高田 淳 著, 岩波新書, 1988年)

なぜ人を殺してはいけないのか [ JRF の私見:税・経済・法 ]》。左では宗教に言及しないで倫理を導こうとしています。

アバウトミーひとこと欄》 2008年01月10日, 02月29日, 09月04日, 09 月06日, 09 月24日, 2009年01月10日, 01月20日。このエントリは、だいたいひとことを寄せ集めてつくりました。
更新: 2009-01-24
初公開: 2009年02月16日 14:30:46
最新版: 2009年02月19日 14:08:05

2009-02-16 14:30:42 (JST) in はじめにお読みください, 中国思想, 道を語り解く | | コメント (0) | トラックバック (1)

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