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JRF on 『創世記』ひろい読み − アダムの再婚

snail もう何年も前のコメントに今さらですが、補足説明です。

すべての「寿命の長い奴ら」が部族名かについては上に書いた通りですが、ことこの記事の「アダム」に限定すると、言及しておくべきことがあったようです。

それは、イサクの長子、ヤコブの兄のエサウが「エドム」とも呼ばれていることです。その「エドム」ははっきり部族名(や地方名)となります。ヘブライ語では基本子音のみで表記するのですが、このエドムは、アダムとほぼ同じつづりになります。英字アルファベットで書けば、アダムは adm のようにつづり、エドムは adom のようにつづります。 エドムの名付けの理由のところ(創 25:30)で「赤いもの」から名が付けられるのですが、そのつづりは adm となっています(正確には hadm、h は定冠詞)。

ただ、エドム人と「人類の始祖」アダムとの関係については、聖書が書かれたとき、どれほど意識されていたかは私にはわかりません。似た名前なのに、二者を結びつけるそれらしい言及は聖書にはないからです。それ以上の学識は当然のごとく私にはありません。

不十分だと思いますが、私からできる説明は以上です。2008年にコメントを書いたあと、そういえばとエドムのことにも気付いたのですが、良い機会がなく、長い間、そのままにしていました。最近、聖書を読みなおしていて、この質問を思い出したので、説明を書くことにしました。気付いていたのに、補足が遅くなって、すみません。

(ひょっとすると、「匿名」様は、このことへの言及を解答の試金石にしていたのかもしれません。そうだとすれば、私は失格者ということになりますね…。)

投稿: JRF | 2016-03-27 19:48:50 (JST)

JRF on 「ヨブ記」を読む

pen 更新:主にエリフの発言に対する「私の答え」を書き加えた。その他も少しいじっている。

投稿: JRF | 2015-05-01 17:49:01 (JST)

JRF on 『創世記』ひろい読み − ヤコブの一神教

bud 更新:typo 修正のみ。主に、ルビがらみの typo を修正した。

投稿: JRF | 2012-05-29 05:11:57 (JST)

JRF on 仏教への教義:十二縁起と八正道

despair 「あ」様、まず、この人の訪れの少ないサイトにコメントをありがとうございます。何がきっかけでそこまでお怒りかは存じません。わかってやっていらっしゃるのかもしれませんが、《『新約聖書』ひろい読み - イエスはサタンか》に私は、「悪」によって人と人が争っているならば、争い続けられるだけの余裕が、「悪」の繁栄の余地を提供することになる…といったようなことを書いています。悪をにくんでのコメントならば、まずはお怒りを鎮められますよう。

また、「差別的表現」を使われてます。それなりの支持者がいるがゆえの影響力を感じてのことでしょうから、それは宗教者の功労を別の者の力をより増すために使うようなものです。《教義の内発性と外部の影響》に書きましたが、宗教者そのものは末端の者以上に真剣な思いを抱いているものでしょう。その思いが社会で歪んだ形となり、それが当人にも歪みをまたらすことはままあるかもしれません。

いずれにせよ、扇情的なコメントを書き散らすだけでは火に油を注ぐだけです。このようなことはおやめなさい。

ただ、このようなコメントが今書かれたということは、私という個人がよく考えるべきことがあるのかもしれません。それが何かははっきりしませんが、警鐘として心に留めたいと思います。

「あ」様のご多幸を願います。

投稿: JRF | 2011-11-28 17:22:27 (JST)

on 仏教への教義:十二縁起と八正道

創価学会の教えは間違っちょんじゃら!!!!!!annoyannoyannoyannoyannoyannoy
潰すぞコラannoyannoyannoyannoyannoyannoyannoy
在日朝鮮人の考えやろが!!!!annoyannoyannoyannoyannoy
はよ朝鮮かどっか帰れやannoyannoyannoyannoyannoyannoyannoyannoy
汚れるんじゃらannoyannoyannoyannoyannoyannoyannoy

会員の人
創価学会に騙されちょうぞ!!

投稿: あ | 2011-11-28 02:46:56 (JST)

ああ on 仏教への教義:十二縁起と八正道

創価学会とかいうふざけた宗教作んなちゃ!!!!!
マジふざけんなannoyannoyannoyannoyannoy
はよ潰されろannoyannoyannoyannoyannoyannoyannoy!!!!
ゴミ
ゴキブリ
寄生虫

投稿: ああ | 2011-11-28 02:43:07 (JST)

JRF on 悪の犠牲の「自動人形」にも救いあれ

moon1 人が生きられる限界は 120 年ぐらいといいます。80 年ということは平均としての人間を考えるということでしょうか……。20 年に足らず死ぬ者がいて、でも、たいていは 70 年ぐらい生き、普通 100 年は超えられないなと知りつつ、とりあえず自分はまだ生きています。平均としての大枠で見れば、ほとんどの人は自動の範囲にあるのかもしれませんが、「誤差」のうちのいいほうを選んで生きれたのですから、その意志は自分のものでしょう。

ずいぶん自動的に働いていると考えたときがあっても、あれは自動ではなかったと振り返ることがあります。「自動化された挙動」を、つきつめた「短時間」として発見するのは僥倖なのでしょう。

わけのわからない文章になってしまいました。私にとって「短時間」の一つが今なのかもしれません。いつかこの文章の本意を知る一生になればうれしいです。

コメントありがとうございました。

(call/cc に関するひとこと↓をふと思い出しながら……。)
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/114758

投稿: JRF | 2010-01-11 17:16:59 (JST)

鹿 on 悪の犠牲の「自動人形」にも救いあれ

人生80年としたら、ずっと自動人形なのだろうか。ある短時間だけ自動だが、その自動化された挙動にどう対処するかが問題かと思います。

投稿: 鹿 | 2010-01-10 10:57:51 (JST)

JRF on 『創世記』ひろい読み − ヤコブの一神教

think 更新:「現代の遺伝に関する知識を持った我々にはまだらでない家畜からまだらなどの家畜が産まれることに驚きはない。…」と「ある解釈によれば、ヨセフは、親戚に産みの遅い羊を押しつけたヤコブに生まれた産みの遅い母からの子である。」を追記した。

投稿: JRF | 2009-03-16 17:23:54 (JST)

JRF on イメージによる進化

despair 更新:ほとんど意味不明になっていた冒頭部の改善を主にした。以前書きかえたときに、宗教側からすると少し眉をひそめるような要素をとり入れすぎたという反省があって、もう少しレトリックで「奇跡」のようにうけとられるような記述にしたかったのだが、今回は、そこまで大幅な改善はできなかった。

投稿: JRF | 2009-01-24 17:25:56 (JST)

JRF on 魂の座

note アバウトミーで魂に関する議論をしました。そちらへリンクもご参照いただければと思います。

投稿: JRF | 2008-10-01 12:20:07 (JST)

JRF on 『創世記』ひろい読み − アダムの再婚

coldsweats01 「匿名」様への解答ではなく、主に他の訪問者への補足になるかと思いますが、この記事で「アダム」を部族名と考えた場合について考察します。

この場合、最初のアダムと再婚したアダムは「別人」であるという解釈ができます。そして、部族なので、再婚したほうのアダムの相手が人間か近親かというのはあまり問題ではなくなります。ただ、「再婚」が、部族長の再婚のことか、「同盟」関係の見直しなのか、といった観点はでてきます。

一方、最初の「物語」がついたアダムも部族だとした場合、この記事と同様な問題が出てきます。アダムの集団を複数にするのはどういう者達かという問題です。「説2」のように獣のようなものを集めてアダムという(人間)集団にしたんだ、または、「説3」のように同時にたくさんのアダムを並行して創ったんだ、そして、象徴として物語がある、という解釈が考えられるでしょう。

私は支持しませんが、集団となってはじめて人間(アダム)なんだというのは、興味深い見識とは言えるでしょう。

投稿: JRF | 2008-08-27 16:38:02 (JST)

JRF on 『創世記』ひろい読み − アダムの再婚

think あり得ると思います。ただし、具体的な物語のある「族長」の物語を敷衍して、(現代でも古代でも)個人名として読んでいる人のほうが多いだろうことは、最初に述べおかさせてください。

暦の問題ではないかとも個人的にはよく思うのですが、あまり肯定する意見を見ません。おっしゃるような部族名や王朝名と考えないと、不自然なほど長く、暦の問題にはできないという判断があるのかもしれません。

基本的には私の理解を超えた問題です。

ただ、一点、このサイトの標題である「宗教と動機付け」という側面から判断したことを申しますと、(前半部の名が)部族名であると主張することによって、後半部もそのようなものだと考え、一つ一つの人名の物語を分けて考える傾向がついてしまう可能性を誰かに与えてしまうことがあることにご注意ください。

確かに、創世記等には複数(派)著作説があったり、ご指摘のような解釈がありえるとは思いますが、一方で、一つの人名に「作者」がかけた思い、また、そう解釈してきた人々の営みがあることを忘れないようにしてください。…いや、「ください」というのは自戒です。

別々に解釈することで何かを得た人もいるし、これからもあるかもしれない、とは覚えておきたいと思います。今回の質問で私が気付きました。

「匿名」様には不十分な解答かもしれませんが、いろいろな文献等にあたれば、私に問うよりもはるかに、すばらしい知識に出あえるでしょうから、私の解答は、上のとおりとさせてください。

コメントありがとうございました。

投稿: JRF | 2008-08-27 00:07:01 (JST)

匿名投稿 on 『創世記』ひろい読み − アダムの再婚

shadow創世記の最初に出てくるやたら寿命の長い奴らって、個人名ではなく部族名、と言うことはないでしょうか。

匿名投稿 | 2008-08-26 19:39:35 (JST)

JRF on 仏教への教義:四諦の独自解釈

更新:「追記」の部分に「が、もちろん、その意図はない」を足した。これがないとその意図があるかのように思われるかもしれないことに気付いたため。

投稿: JRF | 2007-12-30 22:57:54 (JST)

JRF on 仏教への教義:四諦の独自解釈

更新:「追記」をした。かなり初期のものなので大きく手を入れようかと思ったがやめ、wikipediaへのリンクを足してリスト項目名(「苦諦」など)を付けた以外は、追記にとどめた。

投稿: JRF | 2007-12-21 23:18:14 (JST)

JRF on 正教とロシア革命前夜:『カラマーゾフの兄弟』の『大審問官』を読んで

更新:最後の解説部分に加筆し、事実解説だけでなく意見を鮮明に出した。

投稿: JRF | 2007-06-08 17:21:57 (JST)

JRF on 『創世記』ひろい読み − ネフィリム

更新: 説 3' を足した。

投稿: JRF | 2007-03-12 11:52:43 (JST)

JRF on 『新約聖書』ひろい読み --- イエスはサタンか

更新:大幅に加筆し、解釈の構造さえあらためた。このブログの最初のころの記事だったので元はあまり読める文章ではなかった。今でも読みにくいかもしれないが、マシにしたつもり。

投稿: JRF | 2006-12-25 21:53:38 (JST)

JRF on シミュレーション・アーギュメントを論駁する

コメントありがとうございます。

正直に申し上げれば、私自身「証明」という言葉を理性的なことに限らず「証し」すること全般に使っていたため、「神の存在証明」が理性的な導出に限られるというのは少し違和感をおぼえます。

私はすべてのものに神を見出すことは美しいと思います。それを汎神「論」と理性的な考えに傾けて捉えるのは何か違っていると思います。でも、「何が違っている」と言ってしまって理性に傾くこともイヤな感じがします。一神教の歴史を少しカジった私には危うさすら感じさせます。


私は統合失調症になり、自らが神ではない造物主になったと想ったり、または神ではない超人に列せられたと想うという病的妄想に陥ったことがあります。それはいろいろなことを悟らせようとする体験に思えましたが、それは「悟り」というよりは禅でいう「魔境」に近いものだったのでしょう。

私は「悟り」を覚えません。他の人が「俗」にいて「悟る」と言われると何かおかしなものを見るような目で見てしまいます。

ただし、私も帰納的に学ぶことはよくあります。これも広い意味では悟ることなのでしょうね。

帰納的にわかったと思ったことを演驛的に、または「必然的」に何かを導けるだろうとして、よくわかっていなかったことに気付くこともあります。これも広い意味では悟ることなのでしょうね。

帰納すらできないこともあります。相手は自分にわかる言葉を話し自分はわかったつもりになっているのに、何一つそこから言葉をつむげないことにもどかしさを感じることがあります。これも広い意味では悟ることなのでしょうか?

一般法則論者様のページを見ました。

私は今の段階では一般法則論者様を誤解するしかないのかなと「悟り」ました。

2004年10月28日
> 「神」の存在証明では無くて、「仏」(ホトケ)の存在証明でも、「何か偉大な存在」の存在証明でも、実は良いのです。

2004年11月28日

> ・神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みが分かる
> 神の存在証明をすると、こういう問題が自動的かつ必然的に解けることになります。

このページを読んでどう思われましたか?

この論議においてシミュレーションをする者は一般法則論者様の言葉では「神」になるでしょう。このページを読んで、その者「達」がどういう意図を持っていると想像できますか?またはその「意志」は自然法則やエネルギーで語ることができますか?それ以外でも何か「悟る」ことができましたか?

こちらのサイトにまた寄っていただいたとき、お暇があれば、そのあたりの感想も教えていただけるとうれしいです。

(読み返してみるとこのコメントは少しキビしい言い方になっているように思います。遠まわしに感想を尋ねているだけですので、ご気分を害されたなら私のコミュニケーション力不足です。ご容赦ください。)

投稿: JRF | 2006-11-29 20:01:45 (JST)