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2006年1月29日 (日)

失業の理論

日経新聞 (01/08/15 - 01/08/17) 『やさしい経済学 基本のきほん』のコーナーで「失業に克つ」という題で橘木俊詔 教授の記事があった。この著者は「日本の経済格差」という著書もあるので、わざと論争的なことを書いているのかもしれない。

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ケインズは、……労働組合の圧力によって賃金が下落しない性質に注目し、働きたいのに職が得られない「非自発的失業」の存在を示唆した。


違うのではないか?
ケインズは、ミクロにおいて他の労働者に比べて相対的に賃金が下落しないように労働者がするのは当然であり、むしろ通貨下落による物価上昇(実質賃金低下)には従うことが多いということを述べている。

……貨幣賃金に関する闘争は、主として実質賃金総額の各労働者集団間への分配を左右するものであって、雇用一単位当りのその平均額を左右するものではない。

……いかなる労働組合も、生計費の上昇するたびごとにストライキを行おうなどとは夢にも思わないから、彼らは総雇用の増大に対して、古典派によって彼らに責任があるおみなされているような障害をつくり出してはいないのである。 (ケインズ『一般理論』1 編 2 章 3 節)


また、「非自発的失業」についても、使用者が必要以上に賃金を低いレベルで留めておくために需要が不足することで起こることを示唆していたのではないか?

このようにして古典派の伝統に従う著述家たちは、彼らの理論の基礎をなす特殊な想定[非自発的失業が存在しない]を見逃したために、表面に現れる失業(認められた例外は別として)は、基本的には、失業している人々が彼らの限界生産力に相応する報酬を受け取るのを拒否したことによるものでなければならないという、……結論に、不可避的に追い詰められたのである。(ケインズ『一般理論』1 編 2 章 4 節)


つまり、「非自発的失業」とは、限界生産力に相応する報酬を受け取れないことであり、仮に雇用されていたとしても、彼の限界生産力に比しては非自発的に生産ができず報酬を受け取っていない、すなわち、失業しているということだと思う。

非自発的として数えられる雇用量は、雇用可能人数を示すのではなく、どちらかといえば、生産可能でありながら、生産されない未実現生産量を表しているのではないだろうか。


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インサイダー・アウトサイダー理論は、インサイダーを現在雇用されている人、主として労働組合員と定義し、アウトサイダーを現在失業しており、求職中の人とみなす。インサイダーは職に就いているので所得を得ている。自分に失業のリスクがない限り、雇用に不安はないので、関心は自分の賃金を上げることだけである。アウトサイダーは所得がないので、たとえ低い賃金であっても雇用されたいという希望が強いと見なせる。ただ、その希望を表明する場は非常に限られている。


雇用されうるアウトサイダーが存在する状況では、インサイダーは雇用に不安があるので、サービス残業を増やすことで賃金を減らすことに協力しがちである。このような労働者は、雇用不安から貯蓄性向が高くなり、消費のための時間をかけられず、本来すべき自分の能力への投資ができなくなる。そのため、マクロには消費が減るために投資を増やすことができず、ミクロには個人の貯蓄が増えても起業につながる発明がおこりにくくなるため、実質的な資産運用成績は減る一方になる。

また、そもそも賃金が低く抑えられているために、労働者は名目的な賃金の減少に対する余裕が少ないような消費の仕方(たとえば生活を切り詰めて住宅ローンを組むなど)をしているため、名目的な賃金の減少だけはとめようとする。このようなことを解決するためには徳政令が必要になる。

アウトサイダーは、雇用されてしまえば賃金を増やす方法があると信じるため、雇用時には低い所得を受け入れるという意見には賛成だが、失業の恐怖を一番よく知っているので、賃金を増やせるチャンスがあれば、もっとも過激な方法をとることに躊躇しなくなるだろう。

アウトサイダーが、表明する場が限られているのは、使用者が評価しやすいものを評価するからである、すなわち、使用者にとっての機会費用が大きすぎるからである。


「自発的」アウトサイダーがいる場合は、低い賃金であるがゆえに「生活保護」というアウトサイダーになることを選択していると言え、この場合は賃金が下がれば余計にアウトサイダーが増えることになる。

一人の労働者を育てるのにも社会は、様々な投資をしているものだが、自発的アウトサイダーは、その投資を回収できるほどの仕事を提供する有能な使用者(自営業の場合は労働者に一致)がいないために存在していると見なせよう。これは、労働者が有能な使用者になれるよう教育できなかった社会の失敗である。


労働組合に属さないものは、出世という形での賃金の上昇を希求する。ストックオプションの普及により、そういった層の賃金そのものを押さえることができたがゆえにインフレなき経済成長があったのではないか。おそらく、ストックオプションによって、株式へと投資が偏重したために、安易に商品市場に参入する素人投資家が相対的に少なくなったからだろう。だとすると、むしろ、賃金下落を受け入れるべきなのはストックオプションをもらうような労働者、たとえば、役員であったり、株主であったり、経営コンサルタントであったりするのではないか?

マクロ経済学でいうところの労働者には、企業から報酬をもらっている人はすべて含まれるので、法律的には労働者ではない役員も株主も経営コンサルタントも含まれる。(同時に彼らは、意思決定に参加できるという意味で使用者でもある。)

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賃金は企業とインサイダーの労使交渉だけで決定されるので、アウトサイダーの考えは無視されがちで、賃金は高くなる傾向がある。一方、現在よりも低い賃金が選ばれれば多くのアウトサイダーを新しく雇用することが可能となり、失業者数を減らすことができる。しかし、インサイダーはそこまでの連帯感がないので、賃金は低くならない。従って、企業は新しい人を雇用できず、失業率は下がらないのである。


現在よりも低い賃金が選ばれれば、多くのインサイダーが消費を手控え、また、場合によっては自己投資を回収できなくなり(、例えば自己破産などして)、失業するようになる。すなわちアウトサイダーが増えることもある。

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効率賃金仮説は、労働者の生産性や働きぶりは賃金に比例する、ということに注目する。企業は一部の有能な労働者の賃金を高くすることによって、企業の生産性を高めて競争力の強化に励むのである。


比例かどうかはわからないが、「生産性や働きぶりの期待」と「賃金」が正の相関を示すような外観を作ることで動機づけをしようとはしているのだろう。

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賃金支払額の多くが有能者に向けられるので、企業に余裕資金がなくなり、新しい人を雇用する能力が低減することになる。従って、失業率は下がらない。ただ、効率賃金仮説の現実妥当性に関していえば、現在は賛否両論であるといってよい。


賃金支払額の偏りが期待されたほどの十分な生産性の上昇につながらなければ、新しい人を雇用する能力が低減することになる。よって、失業率を下げるためには、「有能さ」をはかる別の基準を設けることが一つの選択肢になる。

なぜ、こんな人間が管理職なんだということが現実に散見され、その人間のかわりに複数の人間を雇うことで雇用が増えることは事実かもしれない。ただし、雇用数の変化だけを見れば、そのマクロ経済に与える効果は無視しうるほど限定的であろう。
更新: 01/08/17
初公開: 2006年01月29日 03:00:34

2006-01-29 03:00:34 (JST) in 経済学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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