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2006年3月29日 (水)

名目賃金と実質賃金 − 失われた10年は残業に課税すべきだった

大竹文雄のブログ: 若者の所得格差拡大》を読みました。私に初歩的な誤解があるのかもしれませんが、名目賃金と実質賃金の理解に違和感があり、提案なさっている施策に賛同できませんでした。

お時間があれば大竹先生以外の方でも私の理解を直していただければと思います。

まず、確認なのですが、インフレであれば物価が上昇するわけですから自然に実質賃金は下がる。逆にデフレであれば自然に実質賃金は上がる。のですよね?
インフレには労働者の名目賃金の上昇が必要なのでは?


>
インフレのもとでは労働者は実質賃金の切り下げを受け入れやすい。


これは、本来の実質賃金の低下を補うための名目賃金の上昇が、その低下すべてを補わなくても納得がえられるということでしょうか?

このとき労働者の需要は予想よりも減退するわけですから、たしかにそこだけ見ればインフレ抑制の効果はあるのかもしれません。しかし、名目賃金の上昇以上に物価上昇があるわけですから、企業の投資余力は増えるわけで、この部分はインフレを促進する効果となります。

過去のインフレ時を考えてみると、むしろ労働者の実質賃金の低下は放置されたまま名目賃金の上昇が図られず、投資余力だけが増える結果、インフレが加速されていたのではないでしょうか?

インフレが放置される状況では、何らかの事情で金利による貸弊量の調節ができず、投機を抑制できていなかったと思います。また、労働者の名目賃金を引き上げても実質賃金が維持されるレベルに留まるなら実質的な消費需要は変わらない。ならば、インフレに対抗するには労働者の名目賃金を引き上げて投機資金へまわる分を減らしたほうが良い。……と思うのですが。


日本型名目賃金低下を受け入れさせてはならない


まず、日当が維持されたまま労働時間が増える場合、これは本来名目賃金の減少に相当するはずですよね?

> デフレ環境では、実質賃金を引き下げるには、名目賃金の低下を受け入れる > 必要がある

名目賃金抑制の妥当性については確かにそのとおりだと思うのですが、日本では事実上、サービス残業が黙認されています。上によれば、サービス残業の増加は観測こそされませんが、「実質的には」名目賃金の低下につながっています。名目賃金の低下は受け入れられているとも言えます。

例えば、最終需要が減少しているのに、何らかの事情で金利が高く維持されているため、投資が難しくなっているのならば、一時的に名目賃金を低下させて投資余力を確保する必要があるかもしれません。

しかし、金利があり得ないくらい低く設定されているのに、過去債務の圧縮のみが優先されて投資が減少したため、需要が不足し、物価下落により既雇用者だけで見れば実質賃金が上昇しても、失業の増加で社会全体としては実質「収入」がむしろ下落しているというのならば、サービス残業の増加による名目賃金の下落は失業の加速、すなわち、デフレを加速する効果しかないと思います。

この場合、賃金カットをして企業そのものの投資余力を増やしても過去債務の圧縮にまわるだけです。むしろ、国が残業に特別に課税することで、国が名目「賃金カット」をし、さらに、その部分を失業者の教育資金などに回して、失業者の需要維持を図ったほうが良いと思います。バラマキ政策ではありますが、国から民間への規制の分割移転(天下り)による高コストな日本型ワークシェアリングよりは効果的でしょう。

注1
規制緩和は時代的な要請だと私も思います。「行政による人治」から「ルール+自動処理+マシンの監査」への規制のはりかえは必要でしょう。

注2
「日本型ワークシェアリング」とは規制が行政からはなれても、新たな規制団体が作られるだけで、新規参入がない、または、技術を用いた解決が法令や公開されないルール(ソフトウェアの仕様など)により過度に困難にされて新規参入の意味がないため、競争がおこらず、談合体質が自然に生じることを指しています。

注3
農場へのトラクターと農薬の導入などでも見られた「中抜き」現象へのケアも必要かもしれませんが、同年齢層で日本型ワークシェアリングするのではなく、例えば、資産課税を強化した上で法を複雑化して脱け道をつくり、プライベートバンクのようなサービスから利益を上げやすくするなど、税や社会保険の制度を使って「中抜き」された層とその上の層で収入を分けあうようにする方法なども考えられます。



最後に

>
デフレでもなかなか低下しない教育費、住宅ローンについても、デフレに応じて負担を減らすことができるような制度を組み込むことが必要だ


もし、これを銀行への公的資金導入時に主張なさっていたなら、私も渋々賛成したかもしれません。

しかし、これから金利上昇を目指そうというときに、このような制度を組み込むのは、逆に、現在と同水準の教育を受けるための総費用を高くしたり、住宅ローンのコゲつきが消費者にまわされるシステムにされてしまうのではないかと心配です。

電子申告が普及し、現在の銀行システム・証券システム・保険会社のシステム程度であれば誰でも低コストで参入できるぐらい IT 環境が整備され、そういったサービスに関しては理念や信頼が勝敗を決するぐらいになれば、そのようなものも考慮すべきなのかなとは思います。


結論として、大竹先生の「第一」「第四」の施策については同意できますが、「第二」「第三」については、今のところ私の理解する限りでは、似てはいますが違う意見を持っていると思います。


参考


雑記:IT 革命とデフレ(1)―自由主義的改革としての「ゆとり教育」》の最後でも似たようなグチを書きました。


MSN毎日インタラクティブ:労働時間法制:ホワイトカラーにも残業代適用除外 厚労省》という提案については、「残業」ではなく「標準時間外労働」ならホワイトカラー労働も、現在対象外の「研究」も課税の対象にして「標準時間外労働特別課税」を先に実行するなら、やって良いと思います。

なぜなら、それらの労働は本質的に人材不足で、一時的にでも長時間必要なのはどこかに管理能力の欠如がある(本人達でないこともある)からで、そこに課税して教育資金に回すのは、理論上、それらの人材と管理のできる人材の供給を増やすことにつながります。このような観点からは、むしろそれらを優遇するべきでないからです。

なお、これはサービス残業を減らすことが目的の一つなわけですから、当然、税務当局に申告されなかった労働時間は、仮に厚労省が黙認していた場合も、脱税として摘発の対象とすべきです。

上ではデフレ期を想定していますが、サービス残業が表の数字として現れてくれば、それは名目賃金の上昇として観測されます。また、それにより失業が減少すれば、通常、その賃金は既雇用者と同等以下になるはずですので、平均値である名目賃金は低下しますが、実質「収入」は上がり、企業の投資余力を弱めます。これらの効果が、増税による賃金減より大きければ上の議論からインフレ時にも妥当な政策となります。

つまり、これまでサービス残業があり、失業者が増えた日本においては、これまでもこれから当分の間も、このような政策は有効だと思います。


ちなみに、もっともやってはいけないのは、残業代の単純な引き上げです。力のある労働者はますます残業を増やそうとする一方で、これまでサービス残業をしていた人は、増えた実残業時間分の残業代に対応するため、申告する残業時間を減らすか、サービス残業を増やすことになるでしょう。


更新: 2006-03-28, 2006-04-16, 2006-04-26
初公開: 2006年03月29日 02:13:23
最新版: 2006年04月26日 14:33:13

2006-03-29 02:13:23 (JST) in 経済学 | | コメント (3) | トラックバック (1)

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受信: 2006-04-16 18:36:12 (JST)

コメント

更新:参考の節に「労働時間法制」に関する記述を足しました。

投稿: JRF | 2006-04-16 16:08:18 (JST)

更新:トラックバックを送り返し、先の記述に続きを足しました。

投稿: JRF | 2006-04-16 19:52:40 (JST)

更新:残業代の単純引上には反対である旨を足した。

投稿: JRF | 2006-04-26 14:32:07 (JST)

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