aboutme:31379
ブルックナーの曲が好きだというのもあるが、彼の「ロリコン」と「数を数えたがる」という強迫症にも興味をそそられる。……えー、自分がそうだといってるわけではないからね。(^^;まぁ、現代とは何かと違う事情もあるだろうし、と同時に現代そういうものがクローズアップされないかも気になる。
JRF 2007年12月31日 (月)
ブルックナーの曲が好きだというのもあるが、彼の「ロリコン」と「数を数えたがる」という強迫症にも興味をそそられる。……えー、自分がそうだといってるわけではないからね。(^^;まぁ、現代とは何かと違う事情もあるだろうし、と同時に現代そういうものがクローズアップされないかも気になる。
JRF 2007年12月31日 (月)
去年ほとんどブログ記事を書かなかった。でも、そのわりには満足している。これぐらいのペースでいい。来年はもっと少なくなるだろうが、それもそれでいい。他のことに集中する年にしたい。
JRF 2007年12月31日 (月)
数学ができればいいな。毎度言っててできないから、来年もできないかもしれないけど。
JRF 2007年12月31日 (月)
先日、募金活動をやっている人を見た。ただ通りすぎた。私はいつも躊躇する。私のようなものが寄付をするというその偽善性に。ときに寄付することもあるが、よほどやりやすくないと寄付できない。周りに違う「空気」があれば、普段そんなことを気にしない私も、それにかこつけて寄付しない。
JRF 2007年12月31日 (月)
ネットの寄付もそうだ。PayPalはかなり躊躇する。一度「失敗」したことがあり、それから長く使っていないだけに。わずかばかりのお金しか出せないのに国際送金も難しい。クレジットカードを新たに登録するなんて信じられない。
JRF 2007年12月31日 (月)
私にも出せる機会はあった。その多くをスルーしてしまった。誰かれにどれだけとはいえない。でも感謝はしている。ああ、なんと素晴らしき世界よ。私は二重の意味で与えられている。この幸を分けあう必要はなくても、いつか還元できるようになりたい。それは私の希望である。
JRF 2007年12月31日 (月)
今年も社会から見ればほとんど何もできなかった。来年はさらに社会から見えなくなるかもしれない。「いつかっていつ?」すまない来年も待ってくれ。内からの批判はもうあまり感じるところがなくなった。でも、もう一歩進みたい。
JRF 2007年12月31日 (月)
人々にとって来年がいい年でありますように。
JRF 2007年12月31日 (月)
私にも。
JRF 2007年12月31日 (月)
昼の四方は、日に依るわけだが、これは夜ほどはっきりとしたものではない。基本は人の働きで時を知り、のちに方位を知るということになるのだろう。つまり、陽の四方はたまたまあう人の「動き」により知るわけだ。ならば、四隅というのは四遇または四偶が元ではないか。
JRF 2007年12月30日 (日)
というか隅という字自体、すみという意味より人がたまたま出会う街角という意味があったのではないか。…それはないか。
JRF 2007年12月30日 (日)
そういう動きによって時間を見てるように見える物理的現象ってあるんだろうか?相対性理論?いや、全体がそもそもあって、自らの動きが時間に影響するというやつはないか…と。
JRF 2007年12月30日 (日)
八という数字にはあと八天という意味もあるかもしれない。肉眼で見える水金火木土+日月で七天、あと他の星で八天。でも、彗星や流星があるからな。八天というのは確定的数字じゃあない。でも、今や惑星の数に関しては憲案だった冥王星が除かれたために八天になっているんだよね。
JRF 2007年12月30日 (日)
それは確定的。
JRF 2007年12月30日 (日)
「八方」が四方+四隅というのは偽ではないか。地図によくある長方形では四隅は方位としてほとんど意味をなさない。むしろ、三方を表現できる12方のほうが八方より実要的なくらいだ。
JRF 2007年12月29日 (土)
「八方」の原義は、陰陽の四方をあわせて八方ではないか。昔は方位磁石はなく、天体により方位を見た。昼と夜で方位のはかり方に違いはあり、また方位に求められるものも昼と夜で違った。
JRF 2007年12月29日 (土)
そして「八方」にはさらに玄義があり、それが四方+天地+今昔ではないか。四方を拡張して六方と気付くのは簡単だが、時間軸というものまで想像するにいたるには超えるべきものが大きい。今の人は4次元の考え方などあたりまえだが、昔はこれはかなり難しい考え方だったのではないか。
JRF 2007年12月29日 (土)
ところで、その玄義の「八方」にも陰陽があると念じてみるとそれは何次元になるのだろう?
JRF 2007年12月29日 (土)
…とそのような雑談を病院でしたりするわけだ。いいのかなぁ。
JRF 2007年12月29日 (土)
フラット化というやつなんだろうな。Web発信における自分の位置をどうも見失う。それなりの「有名人」と同列に思えるような感じで、自分の書いたものが表示されちゃうから、無意識に誤解してしまう。
JRF 2007年12月26日 (水)
誤解するのが無意識なのはあたり前なんだけど、なんていうのかな、自分が高い位置にいないというのをいつでも意識できるんだけど、意識しないと平等に見てしまってる……というか…。
JRF 2007年12月26日 (水)
あと自分の意見は良く見えてしまうから、並列に置かれてても、自分がすごいように思ってしまうという面も、すこしあるかもしれない。
JRF 2007年12月26日 (水)
常識さえあれば、昼出歩く私が、文字どおり「おかしな人間」であることはわかるだろう。ひとりごとはたまにあるが、奇声を発することはない。一度道で「電波」を受信したみたいになったことがあるが、退院後一度きりだ。でも、私を「怖い」と思ってる人もいるだろうな。
JRF 2007年12月26日 (水)
まぁ、いい。明日は病院に定期面談にいく。雑談するだけだが、家族以外と話すのは、こういった機会だけで、これがストレス解消になっている部分はあると思う。こういう機会がある社会に感謝しよう。
JRF 2007年12月26日 (水)
「賢者の贈り者」を久しぶりに読んだ。下世話な話だが、いまでも質は機能しているのだろうか。いざとなって売ったとき、一万円以上の価値のあるものなんて持ってない。
JRF 2007年12月25日 (火)
PCとか家電もタダじゃないってレベルだろうからな。
JRF 2007年12月25日 (火)
ツヴェルガーの絵本、学生の頃はすごい好きだったのに、今見るとよくわからなくなっている。じゃあ、いらないかというとそういうわけでなく、昔の感覚をとりもどしたい、とっといて、またいつかわかる日が来るかも、とか思う。
JRF 2007年12月25日 (火)
えー。海外住宅に関する複雑な金融商品を引き受けた国家ファンドとときまして、特に来年に向けた政府シグナルとときます。そのココロは?せんきょ多くて、いみん不明になるでしょう。おあとがよろしいようで。ってよろしくないよろしくない。
JRF 2007年12月25日 (火)
いかんな。鬼が笑うというやつだ。
JRF 2007年12月25日 (火)
姥捨て山に誇張があったとして、それを真実と感じたあの昭和の感覚は、幽霊を信じるようなものだったのだろうか。
JRF 2007年12月24日 (月)
働けないから死ぬ人がいる世界で、捨てられた人がどう暮らしていけるというのか。
JRF 2007年12月24日 (月)
黒船の幽霊が出る!船がお参りしないと祟りがあるぞ。とか。
JRF 2007年12月24日 (月)
UFOへの対処ですか。沈香衛星とかいうやつじゃないんですかい。それもさいきんは打ち落とせるそうで。とか。
JRF 2007年12月24日 (月)
海外で損した分を肩代わりしてやるんですかい。飛ばした皿は勝手にワレるものですよ。ごしょうタタる。
JRF 2007年12月24日 (月)
特に意味はない。書いてみただけ。
JRF 2007年12月24日 (月)
船の話は、船が定期的に巡らねばならない。ようなときは、積荷が少しでもあったほうがよく、いろんなものが積めただろうなぁ。でも、食物を積んでも、ニュースとしては意味があったぐらいだろうなぁ。とか思う。
JRF 2007年12月24日 (月)
どこにも書かなかったから、今ついでに書いちゃうけど、牛を使った実験とかするには世界的にいい環境なのかもね。全頭検査は体制として何らかの形で引きつぐ国があっても良かったんじゃないかと思ったり。既得権益を生むには期間が短かすぎたかな。
JRF 2007年12月24日 (月)
手術が可能なくらいの大きな動物で、何を実験できるか私にはわからないけど。
JRF 2007年12月24日 (月)
シリコンを入れるというのとこういうのを組み合わせられないかなぁ。とか思ったこともある。
JRF 2007年12月24日 (月)
シリコンの中に何か入れてね。
JRF 2007年12月24日 (月)
で、それが人の口にも入るかもしれないわけだ。
JRF 2007年12月24日 (月)
コントロールする地域があっても良さそうに思うけど。
JRF 2007年12月24日 (月)
よたよた。こういうことしてるとまた病がぶりかえすかも。注意しないと。まぁ、読んでる人はいないだろうから気楽に書いてるけど、何らかの方法で読んじゃった人は深刻に受けとめないでね。
JRF 2007年12月24日 (月)
ただの思いつきだもん。
JRF 2007年12月24日 (月)
まともな意見とかならブログに書くだろうし。
JRF 2007年12月24日 (月)
今日の朝ぐらいから、背中の心臓の裏側あたりの筋肉がピリッとすることがある。寝違えたか…というような痛み。
JRF 2007年12月24日 (月)
痛みはほとんどなくなった。
JRF 2007年12月24日 (月)
自分「達」で何とかやっていくしかない。…というのは私にとってはほとんど迷妄でしかない。だが、私を見て私の家族などはそういう感想は持っているだろう。
JRF 2007年12月23日 (日)
それは結局自分達で何とかしていることに他ならないわけだが、じゃあ、私は何ができるの?少なくとも私の親などは自分で何とかしてきたように私は見てましたよ。
JRF 2007年12月23日 (日)
ああ、そうなのか「自分達」という枠をひろげれば、私のようなものもいたのだから、きっとなんとかなるんだな。というのが迷妄の一つ。
JRF 2007年12月23日 (日)
「火垂るの墓」を観た。駅で死んでいる人を見たのはきっと事実だろうとして、それは「中二病」のなせるわざだったのだろうか?
JRF 2007年12月23日 (日)
いや、重要なのは自分が、自分達が何を創るかだ。できると思った自分にこだわっても何もできなかったが、今すぐにそこから道を違えてもどうなるわけでもない。……かどうかはわからないが、今はそう思おう。
JRF 2007年12月22日 (土)
キッカケが欲しい。が、同時にそれを恐れる自分がいる。何より、キッカケとなりうべきものはすでにそこかしこにあって、私がそれを見ないようにしているだけだ。…そうわかったふりもする。
JRF 2007年12月22日 (土)
我ながら重傷だな。タハハ。あー、涙を出したい。
JRF 2007年12月22日 (土)
ワーキングプア…か。そうならなければ社会化はない。私はワークしていない。私は社会に属さない。ブログを書くのはワークではない。人に認められないワークがあるとしても私のものは到底そうではない。…が、そうだと思いたい。ああ。
JRF 2007年12月22日 (土)
そう思うときチラと見て「ここにワーク」と安易に誘うものを憎悪もしたくなる。…いや、それはすでにない。
JRF 2007年12月22日 (土)
まるで呪詛だな。このまま終るわけにはいかないか。
JRF 2007年12月22日 (土)
人は肉のもの。頬根うずけば笑み干借るべし。難弥陀のさわに蝶も浮く。我は食ってわすらん。ワスララン。
JRF 2007年12月22日 (土)
霊があろうがなかろうが、霊を約束したものの責任感は残る。そのときの気持ちを察するにそれは支持したい。
JRF 2007年12月22日 (土)
だが、その責任感ゆえにどこまでのことを「許す」か。世代を越える覚悟は求められるだろう。
JRF 2007年12月22日 (土)
私は何かといたらないな。でも、これ以上を望むのも難しい。この自分で何とかやっていくしかない。
JRF 2007年12月22日 (土)
タタカわなければ、勝利はない。って…いや、いいけど。そろそろ自分達がこの「知識のなさ」のまま、まかされなければならない事態に向きあわねばならないのだから、どこで圧力かけるべきかよく考えよーよ。って私が言っても無意味だけど。
JRF 2007年12月21日 (金)
オーディオ誌に広告出してる海外リーフリプレイヤーメーカーってないのかな?フリーオの広告とかstereo誌に出てたら笑うよね。今度立ち読みしよう。
JRF 2007年12月21日 (金)
努力が足りない私。すっかりそこに「甘え」ていて、もう動けない。もっとできただろうに…と思うことも少なくなった。
JRF 2007年12月20日 (木)
世の人のイカリを見れば、私の「甘さ」ばかりがキワ立つ。
JRF 2007年12月20日 (木)
リージョンフリーでない家電を買うオレってほんとにバカだなと思う。そこまで海外に出ることを意識する自分のオロカさも嘆かわしいけど。著作権者様はエラいからしかたないけど。
JRF 2007年12月20日 (木)
まぁ、どうせ買えないもののほうが多いから、考えるだけムダか。
JRF 2007年12月20日 (木)
鋭い論説を書ける人が、別に持ち出さなくても良い偏見を持ち出すのに驚く。外国が見方を造り上げるということを自分で述べているのに、それにわざわざ載っかるようなことを書くのはなぜかと邪推してしまう。
JRF 2007年12月18日 (火)
鋭いことを書ける人が「右翼」であるのは、まあ社会のしくみからいってあたりまえのことなんだろうけど。
JRF 2007年12月18日 (火)
私は鍛えられてない「左」なので、右っぽいことを書いちゃうこともある。
JRF 2007年12月18日 (火)
いずれにせよ。そういうのを気にしだした段階でオワっているわけだが。
JRF 2007年12月18日 (火)
最近家電を買ってないねと父がいう。買い物用の車を買い換えようと母がいう。年金をどうしようとの問いに私が黙る。
JRF 2007年12月18日 (火)
来年の目標:「Amazon は一月、1万円まで」。専門書は二冊で限界になるけど、自分の読むペースを考えたらそれぐらいでちょうど良いはず。でも、そうすると洋書は買えないな。来年1年くらいはそれでもいいか。
JRF 2007年12月18日 (火)
洋書の専門書はここ何年も買ってないし。
JRF 2007年12月18日 (火)
『新約聖書』使徒言行録第16章、吉田敦彦『日本神話の源流』第3章、トルストイ『光あるうち光の中を歩め』のラストを読んだ。他にも読んだが、そこに少し感じるものがあった。でも、だからといって何か論を建てられるわけでもない。
JRF 2007年12月17日 (月)
『千字文』から吸収できるものがなかった。…というか私の感性が枯れているのだと思う。そういう焦りからいろいろとりかかってるから。
JRF 2007年12月16日 (日)
私の詩人脳が死んでるというか、そんな感じ。ハイクなんてムリっすよ。
JRF 2007年12月16日 (日)
mCn の combination がカプセル化だと思った過去。なぜそう思ったのか悩む。…いやある程度はわかるんだが、昔の感覚を思い出せない。
JRF 2007年12月16日 (日)
恥かしいものをみると、つい照れてみるのをやめてしまう。子供だな、おれ。
JRF 2007年12月16日 (日)
何をすればいいんだろう…いや、だいたいの目標はある。でも、目標を設定したときの感覚がとりもどせない。モチベーションを失っている…というのとも少し違う。
JRF 2007年12月16日 (日)
何識がないというのだろう?
JRF 2007年12月16日 (日)
義はまもり。
JRF 2007年12月15日 (土)
信はまこと。
JRF 2007年12月15日 (土)
義は築くもの。信は城くもの。
JRF 2007年12月15日 (土)
義を求めればまず散るべし…か。
JRF 2007年12月15日 (土)
うざがられてる…って。あなたのような人がそういうなら私ャどうなるの。
JRF 2007年12月15日 (土)
つまりメンヘラーは去れ…か。予想はしていたけど、そうなっていくんだろうな。有料ココログがいつまでもってくれるか。私が払えなくなるのが先か。
JRF 2007年12月15日 (土)
私は脱落していく。かえりみれば元から脱落していても、今そこに思いがいたるようになると、涙も出そうになる。
JRF 2007年12月14日 (金)
私のときは過ぎた。おおげさに言えばそんな気のするこのごろ。それでいい、とするか、それでいいと思いつつも敢えて反抗するか。影響力がまったくない人間なのだから選択肢は一つだ。あがいて醜態をさらすしかない。
JRF 2007年12月13日 (木)
セカイはこれから大変だろうに私は世事にさらに疎くなろうとする。これまでと同じく誰かがどこかで反応するだろう。それはもうそれでいい。
JRF 2007年12月13日 (木)
今からでは遅いが、来年は、ある種のprofessionalityを身につけることを目指そう。
JRF 2007年12月13日 (木)
起信論における「法」の意味がはっきりしない。「如」も「ありのまま」で本当によいのか……。
JRF 2007年12月12日 (水)
私は他の人より大量に時間を消費しているのに、どうしてこう何もできないんだろう。
JRF 2007年12月12日 (水)
起信論は脇におこう。年末までに読むつもりだった他の本を読んで時間があれば再チャレンジしよう。
JRF 2007年12月12日 (水)
がんばっている人はただしい。そうでない私はこの先どれだけ「罰」を受けねばならないのだろう。ある程度確定している部分もあるが、まだ、目に見えてないから実感がわかない。
JRF 2007年12月12日 (水)
報酬のある「労働」をしなければならない。その思いを圧し殺してきた。ときどき辛くなる。淡々とやり過ごす。
JRF 2007年12月12日 (水)
そもそも「起信論」を読むのは「タメをつくりたい」ということだった。それはある種の執著をつくることだ。もちろん私は解脱した人間ではないので、執着がないわけはない。そこと関連付けて「信」を形成していくということか。
JRF 2007年12月10日 (月)
「愛」を外延的に支持するために何が必要かに似ているのかな。遺伝的な関係がなくても親子の愛はあるが、遺伝的関係があるがゆえに「諦め」がつく場合がある……とかいうのっ同じような感じで。
JRF 2007年12月10日 (月)
目的のない旅は行く気がしない。実は海外にも行ったことがない。
JRF 2007年12月10日 (月)
昔は語学留学がしたかった。ちょうど私の研究の中心がイギリスの大学にあったから、イギリスに行きたかった。が、もう年齢的にキツい。
JRF 2007年12月10日 (月)
本来空を「執着を捨てよう」に繋げるのは無理がある。つまり、本来空だから執着したって無駄であるというならば、執着しなくても無駄であるということになる。ただ、ほとんどの人がこの説明で納得していたことを見ると、動機づけとしては機能しているのだろう。
JRF 2007年12月10日 (月)
私は、執着を捨てるとは、因縁は無限に続くことを知り、適度なところで判断を下すしかないことを覚えることと考える。言も行も一切方便である。
JRF 2007年12月10日 (月)
だが、そう言っては動機付けとして正しくない。この「方便」を語るべきは限られた状況のみということかもしれない。
JRF 2007年12月10日 (月)
無明である以上、結局は行(行動の生起)によって決するしかない。行は何者かに識(認識)されるが、識のためには名色というタグによって六処からくる情報をふりわけねばならない。
JRF 2007年12月10日 (月)
六処は外界に触して受(受信)する。受によって識を得ない愛(あればほしいという条件反射)がうまれ、愛を肯定するうちに取(常にほしいという中毒的欲望)が生まれ、取が持続して満たされることを識することで有(自分のものとして有り続けているはずだという知覚)となり、有の名色が生となる。
JRF 2007年12月10日 (月)
それを己れにかえり見たとき老死が避けられないことから、誰しも生への執着を悟ることができる。誰しも自然には悟っている。目をそこに向けることはできる。それがいいか悪いかは別として。
JRF 2007年12月10日 (月)
それをいいものと見なそうと心に決めること。それは自らへの方便と知る。
JRF 2007年12月10日 (月)
十二縁起考。
JRF 2007年12月10日 (月)
「一切」すべて「知」ることができないからこそ縁起なのである。一切知者というのは、目にうつる事象すべてを被覆するように見える体系を提示できる者のことをいうのだろう。
JRF 2007年12月10日 (月)
正しい見方で物事をとらえれれるようになったら、正しい思索で正見を活かす方法を考案する。それにもとづいて
JRF 2007年12月10日 (月)
正しい言葉で人に語りかけ、正しい行いで接する人を救い、正しい生活態度で人に見えにくいところでも人の模範となり、正しい努力で将来あるかもしれない問題に事前に手をうっておく。以上によって、
JRF 2007年12月10日 (月)
正しい記憶として人々の中にあって縁となり、正しい注意を、修行者がいわなくとも、人々が引き起こすようになる。
JRF 2007年12月10日 (月)
これこそ人が求めるもの。方便が姿とすべきものである。
JRF 2007年12月10日 (月)
八正道考。
JRF 2007年12月10日 (月)
公共事業って実は正精進の姿ではないか。
JRF 2007年12月10日 (月)
人間の心の本性が清浄としても、無意識なアーラヤ識を認めれば煩悩から逃れられないとできる。
JRF 2007年12月10日 (月)
ダメだな。過去書いたものを引っぱり出して、起信論の考察の足しにしようと思ったが、うまくつながらなかった。
JRF 2007年12月10日 (月)
真如が善いと思えるのは善行を積む菩薩が目指す故、浄い故か?理想を追うことに疲れた者が求めるが故か?論の学習者が学習の動機に立ち戻るためか?
JRF 2007年12月 9日 (日)
12月は仏教関連に集中するか、それとも数学にうつるか。悩むところ。
JRF 2007年12月 9日 (日)
急がないのがいい。けど、そういってると数学を避ける口実を見つけてしまうのがこれまでだった。
JRF 2007年12月 9日 (日)
清染ではダメだ。中染と呼ぶべき…。でもなぁ。浄に善の価値を見出しているとすれば、染はけがれでも不当ではない。善の価値を実は見出していない…というのは行き過ぎだよな。
JRF 2007年12月 8日 (土)
染は一切中染。清汚は染の相。ただし清の相があるからといって浄心からくるわけではない。
JRF 2007年12月 8日 (土)
真如と真如法をわけたらうまくいく……こともないか。
JRF 2007年12月 8日 (土)
こうやって少しずつ概念を消化していかないと。
JRF 2007年12月 8日 (土)
親知らずを抜いたところ頬の内側の肉が痛い。抜いた傷がうずくのか、縫ったところが引張られて痛いのか。判然としない。親知らずを抜いたのは二本目で、実は縫うのは生まれてはじめてなんで、この痛みからは縫ったところでは?と推測するのだが…
JRF 2007年12月 6日 (木)
うがいしたとき糸状のものが出てきた…。ひょっとして縫ったところの糸がほどけた or 肉をひきちぎったか?
JRF 2007年12月 6日 (木)
痛みはむしろマシになったので大丈夫だとは思うが…
JRF 2007年12月 6日 (木)
「染」を「けがれ」と訳すのは語感として強すぎるのではないか。「清染」というべき対抗概念が必要ではと思った。
JRF 2007年12月 6日 (木)
浄さと清さは違い。小川の水が浄く、水道水は清いといった感じ。浄心を求めるとき清く染まることがあるといった具合。
JRF 2007年12月 6日 (木)
清さに染まるといったほうがいいか。
JRF 2007年12月 6日 (木)
読んでるのは「大乗起信論」。
JRF 2007年12月 6日 (木)
最近自分にタメがないなぁ…と思って「起信」の言にひっかかって読んでる。
JRF 2007年12月 6日 (木)
もちろん「清染」もまたありうべきものの一つであるのだろう。そのような屋号を名乗ってる方もあるようなので……。
JRF 2007年12月 6日 (木)
Amazon、3週間から5週間となっていたものが1週間かからずに届く。うれしいが、出費というか我慢の予定がくるう。「とりあえずそれが来るまでガマン」とか思ってるから。
JRF 2007年12月 5日 (水)
貧困層へのバラマキに否定的な印象をあたえようとする人がいるが、それができるなら経済的にもプラスなはず。消費税でバラマキを支えて良いなら、あとの問題はいってしまえば二重取得の排除のみだと思うんだが。この見方を否定するなら義務的な社会「保険」などやめて税にすればいい。
JRF 2007年12月 4日 (火)
公的年金ではできないけど私的年金ならできるというのは、「錬金術」的なものがないとすれば、海外の資産を使えることが大きいのだろうか。でも、その海外として今の新興アジア諸国を見込んでいるなら、人口構成からいってとてもイビツなものになるのではないか。
JRF 2007年12月 4日 (火)
地代を得るのも雁行型ってか。
JRF 2007年12月 4日 (火)
親知らずを抜いてきた。だんだん傷がいたくなってきた。
JRF 2007年12月 4日 (火)
左翼とか右翼とか何を気にしてるんだろう。私はそういうのに疎い、というか、知らないからなぁ。「怖い」というのならわかりやすいんだけど。
JRF 2007年12月 4日 (火)
事実認識を質すのも大事だが、雰囲気に乗って間違うことも必要なことだと思うんだが。それが後々誰かがそういう雰囲気を造っていたことを記録に刻むことになる。
JRF 2007年12月 4日 (火)
古代法の勉強は早々にキリあげないといけない。宗教法にまで足を踏み入れたら抜け出せなくなる。
JRF 2007年12月 4日 (火)
といっても、私はローマ法やゲルマン法は知らないからなぁ。沿革は誰かにお願いするということで。
JRF 2007年12月 4日 (火)
つーか。他のことをやろうとしているので、その辺は見てられないということ。
JRF 2007年12月 4日 (火)
暴君ハバネロのスープ。こういうの欲しかった。が、辛ラーメンで足りてるといえば足りてるからなぁ。
JRF 2007年12月 3日 (月)
グリーンスパンの本、私的年金のすすめがどういうことなのか悩んだ。あと中国における移動を結果ではなく原因として述べていることも興味深かった。何を狙っているのか。
JRF 2007年12月 3日 (月)
フォーレ 弦楽四重奏曲がなかなか良い。なんというかフォーレの室内楽曲からはブルックナーを感じる…。ブルックナーの室内楽曲にはあまり感じなかったもの…。私がブルックナーの交響曲に求めるものがここにある…というか。
JRF 2007年12月 2日 (日)
タイガー…といえば。タイガーアッパーカットだよな。常識だよ。
JRF 2007年12月 2日 (日)
音楽のわかる人の批評はすごいな。昔からクラシックが好きだと言ってたんだから、吹奏楽部かオケラには入っておくべきだった。楽器はムリだとあきらめてしまうんじゃなかった。
JRF 2007年12月 2日 (日)
今からでも間に合うというのは、楽器の場合かなり苦しいからな。
JRF 2007年12月 2日 (日)
親の年賀状つくりを手伝った。いや。ほとんど私がやる。というか父親の分は私がやって、母親の分は「そこクリックして、ドラッグして」とか指定しながらやった。
JRF 2007年12月 2日 (日)
こだわりもあるだろうから、動かしたりぐらいは自分でできたほうが良いと考えて暇のある母親には操作を教えようとしたのだが……。
JRF 2007年12月 2日 (日)
教えているというプレッシャーがいやなのか。かなり適当なところで妥協してしまうのを見る。
JRF 2007年12月 2日 (日)
逆に私のこだわりが強すぎるのだろうか……。そんなことはない。液晶画面からのイメージに慣れてないから、あきらめるのが早いのかな……とか思ったり。
JRF 2007年12月 2日 (日)
本人達は納得している。いや、私がほとんどやったからこそ納得しようとしているんじゃないか。とかチラっと思ってしまう。少し辛い。
JRF 2007年12月 2日 (日)
「加害妄想」の一種だな。
JRF 2007年12月 2日 (日)
頭痛は起きたら治ってた。
JRF 2007年12月 1日 (土)
さあ、1日になったからAmazonで買いまくったぞ。といっても一万以内だが。抑えたんだよ。そのレベルに。あーでも冷静になると変な買い方しちゃったかもしれない。
JRF 2007年12月 1日 (土)