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2007年12月9日 - 2007年12月15日

aboutme:28944

つまりメンヘラーは去れ…か。予想はしていたけど、そうなっていくんだろうな。有料ココログがいつまでもってくれるか。私が払えなくなるのが先か。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28942

うざがられてる…って。あなたのような人がそういうなら私ャどうなるの。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28865

義を求めればまず散るべし…か。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28863

義は築くもの。信は城くもの。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28861

信はまこと。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28860

義はまもり。

JRF 2007年12月15日 (土)

aboutme:28841

私は脱落していく。かえりみれば元から脱落していても、今そこに思いがいたるようになると、涙も出そうになる。

JRF 2007年12月14日 (金)

aboutme:28658

今からでは遅いが、来年は、ある種のprofessionalityを身につけることを目指そう。

JRF 2007年12月13日 (木)

aboutme:28657

セカイはこれから大変だろうに私は世事にさらに疎くなろうとする。これまでと同じく誰かがどこかで反応するだろう。それはもうそれでいい。

JRF 2007年12月13日 (木)

aboutme:28656

若いときにやっとくべきだったと高悔することになるんだろうけど修行せんといかんのだろうなぁ。

JRF 2007年12月13日 (木)

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aboutme:28654

私のときは過ぎた。おおげさに言えばそんな気のするこのごろ。それでいい、とするか、それでいいと思いつつも敢えて反抗するか。影響力がまったくない人間なのだから選択肢は一つだ。あがいて醜態をさらすしかない。

JRF 2007年12月13日 (木)

aboutme:28453

報酬のある「労働」をしなければならない。その思いを圧し殺してきた。ときどき辛くなる。淡々とやり過ごす。

JRF 2007年12月12日 (水)

aboutme:28451

がんばっている人はただしい。そうでない私はこの先どれだけ「罰」を受けねばならないのだろう。ある程度確定している部分もあるが、まだ、目に見えてないから実感がわかない。

JRF 2007年12月12日 (水)

aboutme:28445

起信論は脇におこう。年末までに読むつもりだった他の本を読んで時間があれば再チャレンジしよう。

JRF 2007年12月12日 (水)

aboutme:28441

私は他の人より大量に時間を消費しているのに、どうしてこう何もできないんだろう。

JRF 2007年12月12日 (水)

aboutme:28429

起信論における「法」の意味がはっきりしない。「如」も「ありのまま」で本当によいのか……。

JRF 2007年12月12日 (水)

aboutme:28184

ダメだな。過去書いたものを引っぱり出して、起信論の考察の足しにしようと思ったが、うまくつながらなかった。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28180

人間の心の本性が清浄としても、無意識なアーラヤ識を認めれば煩悩から逃れられないとできる。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28179

公共事業って実は正精進の姿ではないか。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28177

八正道考。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28176

これこそ人が求めるもの。方便が姿とすべきものである。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28175

正しい記憶として人々の中にあって縁となり、正しい注意を、修行者がいわなくとも、人々が引き起こすようになる。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28174

正しい言葉で人に語りかけ、正しい行いで接する人を救い、正しい生活態度で人に見えにくいところでも人の模範となり、正しい努力で将来あるかもしれない問題に事前に手をうっておく。以上によって、

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28173

正しい見方で物事をとらえれれるようになったら、正しい思索で正見を活かす方法を考案する。それにもとづいて

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28172

「一切」すべて「知」ることができないからこそ縁起なのである。一切知者というのは、目にうつる事象すべてを被覆するように見える体系を提示できる者のことをいうのだろう。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28171

十二縁起考。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28169

それをいいものと見なそうと心に決めること。それは自らへの方便と知る。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28168

それを己れにかえり見たとき老死が避けられないことから、誰しも生への執着を悟ることができる。誰しも自然には悟っている。目をそこに向けることはできる。それがいいか悪いかは別として。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28167

六処は外界に触して受(受信)する。受によって識を得ない愛(あればほしいという条件反射)がうまれ、愛を肯定するうちに取(常にほしいという中毒的欲望)が生まれ、取が持続して満たされることを識することで有(自分のものとして有り続けているはずだという知覚)となり、有の名色が生となる。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28166

無明である以上、結局は行(行動の生起)によって決するしかない。行は何者かに識(認識)されるが、識のためには名色というタグによって六処からくる情報をふりわけねばならない。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28161

だが、そう言っては動機付けとして正しくない。この「方便」を語るべきは限られた状況のみということかもしれない。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28160

私は、執着を捨てるとは、因縁は無限に続くことを知り、適度なところで判断を下すしかないことを覚えることと考える。言も行も一切方便である。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28158

本来空を「執着を捨てよう」に繋げるのは無理がある。つまり、本来空だから執着したって無駄であるというならば、執着しなくても無駄であるということになる。ただ、ほとんどの人がこの説明で納得していたことを見ると、動機づけとしては機能しているのだろう。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28141

昔は語学留学がしたかった。ちょうど私の研究の中心がイギリスの大学にあったから、イギリスに行きたかった。が、もう年齢的にキツい。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28140

目的のない旅は行く気がしない。実は海外にも行ったことがない。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28137

「愛」を外延的に支持するために何が必要かに似ているのかな。遺伝的な関係がなくても親子の愛はあるが、遺伝的関係があるがゆえに「諦め」がつく場合がある……とかいうのっ同じような感じで。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28136

そもそも「起信論」を読むのは「タメをつくりたい」ということだった。それはある種の執著をつくることだ。もちろん私は解脱した人間ではないので、執着がないわけはない。そこと関連付けて「信」を形成していくということか。

JRF 2007年12月10日 (月)

aboutme:28034

急がないのがいい。けど、そういってると数学を避ける口実を見つけてしまうのがこれまでだった。

JRF 2007年12月 9日 (日)

aboutme:28033

12月は仏教関連に集中するか、それとも数学にうつるか。悩むところ。

JRF 2007年12月 9日 (日)

aboutme:27982

真如が善いと思えるのは善行を積む菩薩が目指す故、浄い故か?理想を追うことに疲れた者が求めるが故か?論の学習者が学習の動機に立ち戻るためか?

JRF 2007年12月 9日 (日)

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