aboutme:36840
不満感があったとき、ちょっと下痢させてやれ…とかいうコトワザみたいなものがあるとか…。あまり罪悪感もなく。ちょっと思いあたることがあるんだけど…。いやいや、ウカツなことはいうべきでないな。←書いてるじゃん。
JRF 2008年1月31日 (木)
不満感があったとき、ちょっと下痢させてやれ…とかいうコトワザみたいなものがあるとか…。あまり罪悪感もなく。ちょっと思いあたることがあるんだけど…。いやいや、ウカツなことはいうべきでないな。←書いてるじゃん。
JRF 2008年1月31日 (木)
「職人」のワザにちょっとした。不満を持つことがあっても、人は尊敬した上での指摘でなければ、生活の中でいつか、しかえしをされるのはあたりまえ…。って、あわわ。だから、そういうことじゃないって。
JRF 2008年1月31日 (木)
黙する仲にも互いに敬意を持つ。これ大事ね。…って、まぁ、そうなんだけどドツボにはまっていってる気が。
JRF 2008年1月31日 (木)
とりあえず私は主人ならぬ下僕的立場にあるが、そういう身としてもダメなものはダメと気をつけていかねばならない。そう自戒しよう。…って説教くさいか。
JRF 2008年1月31日 (木)
大事なのは信用。そうだから、これまでの話はまだはっきりしてない段階で、何かあったように扱うということで、私が信用をだいなしにしていた。この点は間違っていた。
JRF 2008年1月31日 (木)
ちなみに、今日の夕食のおかずは餃子でした。
JRF 2008年1月31日 (木)
ずっと前にNHKの名曲紹介のビデオの背景として何かの液体をビン詰めする工場が映ってることがあって、その工程の一つとして人が4,5本に1本くらいの割合で何か(気体)を入れているというのがあった。
JRF 2008年1月31日 (木)
何なんだろうとずっと不思議に思っている。分散を大きくしても意味はないはずなのに、試験機器でも試すのだろうか。わざと品質を落として、他のもののブランド価値を高めてるわけでもないだろうし。
JRF 2008年1月31日 (木)
味の平均値を下げるかわりに、保存期間の平均値を上げる操作なのかなぁ。でも、そういう操作がなされているというのも何とかそればわかるような気もするんだが。……どうやって見破ればいいんだろ?
JRF 2008年1月31日 (木)
グラフで見れば山が二つできるはずだが…。そうならないようにしてるってことなのか?
JRF 2008年1月31日 (木)
久々に手書きで微分した。解の公式すらアンチョコ(オイラーの贈物)を見て確かめた。頭の中だけの計算じゃいまいちだ。なんといっても手を動して解くと爽快感みたいなものがある。
JRF 2008年1月30日 (水)
餃子で嘔吐感って…。私がおそらく食べすぎで、よくなるやつとはまた違うのだろうな。
JRF 2008年1月30日 (水)
気付いてみるとウチの周りの自販機で紅茶のストレートを売ってるのはキリンの午後ティーしかない。別にそれで困らないけど…。物価高?
JRF 2008年1月29日 (火)
「未成年のタバコ」と「結婚前のセックス」って、もちろん、後者のほうが重いけど、そう答えると処女崇拝とか保守的とか言われかねない。別にセックスが悪いわけではなく「結婚前の妊娠」が中絶するにしろ産むにしろ、いろいろその後を考えるとまさに「重い」わけで。
JRF 2008年1月28日 (月)
まぁ、嫉妬もあるけどね。でも、そのバイアスが大きいとも、この場合は思えない。
JRF 2008年1月28日 (月)
読みやすいものだけ読んで、それでも時間がつぶれている。ような気がする。まるで、安い本はやたら買うのに高い本は避けていて、安っぽい知識しか身につかない状態のようだ。どう変えていけばいいのだろう……。
JRF 2008年1月28日 (月)
一つには自分で「実証」しようとすることが必要なのだろう。でも、それができなくなっているんだよなぁ。そこをなんとかすべきなのか、それとも別の方法があるのか…。組識の中の一員なら、それを誰かに託すという道もあるのだろうが、さしあたり私にはない。ネットを利用して…も私にはダメだった。
JRF 2008年1月28日 (月)
友人か…。うらやましいな。私はいつも黙っているだけだ。こういった思いを積み上げていけば、いつか、いつのまにか、変わっているという日が来るだろうか。
JRF 2008年1月26日 (土)
ニートとして生きてきた責任は、もちろん私にある。先日のことは、ある「偶然」を禄につなげようともくろんだことになるが、「偶然」によってこの道を選んでしまった他の者より多くの安心感を得ようというのは、あまりにも甘い考えであった。弱くなっていく自分を認めざるをえない。
JRF 2008年1月26日 (土)
光ディスクの盤面が緑色がいいというのは、レーザーの赤の補色が緑だからというのではなくて、反射光の光が目にやさしいため最終的に人の眼で製品をチェックするとき眼が疲れにくく、それが異常の検出に役立って工程が改善されやすいからとかいうローテクな理由だったりして。
JRF 2008年1月26日 (土)
過度に正しくあろうと振るまってしまうことがある。それはあてつけに近い。あてつけられた人の無意識的な心のきずにならないかとあとから考える。でも、きっとそういう態度もその人にとって目新しいものではないだろう。今となってはそうであることを願う。
JRF 2008年1月25日 (金)
実はある給付の相談に行った。きっぱり断わられた。
JRF 2008年1月24日 (木)
手続きだけでも親が元気なうちにと思ったが、ダメだった。まぁ、他の人とのかねあいを考えると、当然なのかな。
JRF 2008年1月24日 (木)
誰かのバイアスに連なったほうが、記事にハッとできる機会が増えるんだろうか。
JRF 2008年1月23日 (水)
メタ情報への補助金とネット従量制への緩やかな移行がつながらないか?「適切」なメタ情報が付加できた「割合」に応じて補助金を増減すれば良いのではないか?通常のWeb利用に関しては割合はほとんど変わらないと想定すれば、バイナリなどのダウンロードを狙い打ちにできる。
JRF 2008年1月22日 (火)
補助金よりも、許認可権を用いたバーターのほうがエレガントに感じる。そんな寡占社会。まぁ、昔ながらの補助金じゃダメなのはあたり前だけどね。当然、私は消費税の還付とからめるのだけれども。
JRF 2008年1月22日 (火)
ポイントは政府が情報を買うということ。これが情報の基礎価格にならないか。なっていくように圧力をかけられないか。というのが視点。
JRF 2008年1月22日 (火)
私のこういった考え方が10年遅れなんだろうな。
JRF 2008年1月22日 (火)
なんつーか、自分はけがれてるなぁ。出力にノイズのりまくり。まぁ、今さら…。
JRF 2008年1月21日 (月)
[アイデア] ひとことを書くとき、現在の感情を示す表情の絵文字を最初に選択するようにする。絵文字は多めに。そういうメタ情報があることで、あとで振り返ると感情の波がわかるようになる。とか。
JRF 2008年1月21日 (月)
ユーザーにふさわしいCMを出しやすくなるとか。
JRF 2008年1月21日 (月)
今日見た夢はグロかった。途中まではファンタジーマンガみたいだったような気がするが、ゲーム『女神転生』の生体練成みたいなものでマンガ『ブラックジャック』に出てきた無頭児のようなものが生まれたところで目が覚めた。
JRF 2008年1月21日 (月)
けっこうひきずって、脈絡はいいがたいけど、昔書いた絵を思い出したり、なくしていた眼鏡を探し出したりした。現代における無意識的不安感ってどういう絵になるんだろうとか考えた。
JRF 2008年1月21日 (月)
この思いをつきつめれば、なんと、嫉妬だろう。この嫉妬を抑圧してしまってよいのか…。この嫉妬を利用すれば今とは違う行いだってできるはずだ。この嫉妬と争って、勝って、憐れみをこうぐらいになれたら…。が、やはりやり過ごす…だけになろう。
JRF 2008年1月20日 (日)
昨晩あたりから左下腹の腸か膀胱あたりにキリリとした痛みがある。
JRF 2008年1月20日 (日)
家族が入院したとき、私は祈ることしかできなかった。非合理的な願いを強く想っただけだった。仕事を手伝うことなどさらさらできなかった。ただ、病院を移るときほんの少しベッドを支えることで役に立てたような気がすることが私にとっての支えとなっている。
JRF 2008年1月20日 (日)
本当にそれはたいしたことではなく、何もできない自分を慰めているにすぎないことはよくわかる。でも、そういう機会があったということは、ああ、感謝せねばならないのだろう。
JRF 2008年1月20日 (日)
イスラム教についての解説書を読んでいたとき、アシュアリーの三人兄弟についての問答というものがあった。「長男は正しい信仰者として、次男は不信仰者として、三男は幼くして死んだ場合、長男は天国の最上位に、次男は地獄に、三男は天国の最下位に行く。なぜ次男や三男が生まれたか」というのがある
JRF 2008年1月20日 (日)
次男を生き延びさせた理由としては、次男が不信仰者となることで、その周りのものが信仰者になったからであるという答えが可能である。ただし、ならば、なぜ不公平に次男を創造したかが問題となる。
JRF 2008年1月20日 (日)
それは、三男を死んだのは、他の人の自由意思の結果により、三男が不信仰者として一生を終わるしかなかったのに対し、次男にはもっとマシな選択肢があったのだが、それを選択しなかったのである。と答えることができる。
JRF 2008年1月20日 (日)
だが、私もこの答えに違和感を持っている。
JRF 2008年1月20日 (日)
もちろん、自由意志論だからどうとかいう理由づけもできるのだろうが、そういうことじゃない。この違和感はE.キューブラー=ロス『子どもと死について』を読んできるときにも感じたものだ。
JRF 2008年1月20日 (日)
誰かの死によって「私」が生きることになる。その考えが辛いのだ。
JRF 2008年1月20日 (日)
いや、きっとそう考えることで、強くなる人もいるだろう。だが、あえてそこに冷静さを求めれば、その人はそうでなくても強く生きれただろうということだ。
JRF 2008年1月20日 (日)
何かキッカケが必要で、それが誰かの「死」だったということはあるかもしれない。でも「死」だけしかキッカケにならないなんて悲しすぎるし、きっとそうでない方法があるはずだと思う。
JRF 2008年1月20日 (日)
もちろん、それを受けいれることで強く生きている人はゆらぐかもしれない。でも、誰かの死によって外面的には弱くなったからと言って死が活かされていないということはない。(何が「強」くなったかは、内なる「魂」の問題というやつかもしれない。)
JRF 2008年1月20日 (日)
何より、生きている人間にとって「私」のために誰かが死ぬことが予定されているなんて、そう、呪いたくもなるじゃないか。
JRF 2008年1月20日 (日)
呪いたくなる…自らを、だ。
JRF 2008年1月20日 (日)
だから…「だから」かどうかは関係ないけど…生きていて欲しい!
JRF 2008年1月20日 (日)
だが、同時にE.キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』で得たのは、死の受容が周りにとっても必要だということだった。
JRF 2008年1月20日 (日)
そこには「分裂」した思考、非合理的な想いがある。いや、非合理的なままにしておきたい想いがある。
JRF 2008年1月20日 (日)
(この「地」に立って活きる人に、そしてただ生きる「私」にも、「うみ」がよろこびにもだえ、「雪」ハれる明日がありますように。)
JRF 2008年1月20日 (日)
私も彼も彼女がそうあろうとするように、その想いを強くできますように。
JRF 2008年1月20日 (日)
誰か特定の人を想定してものを書くと、かなりあいまいになるなぁ。
JRF 2008年1月20日 (日)
最近、コーヒー(牛乳入り)をのむと胃がもたれる。いや、もたれるというのとは少し違うが、反芻しやすくなる。缶コーヒー(カフェオレ、カフェラテ)だと大丈夫なんだけど…。
JRF 2008年1月20日 (日)
正確には最近だけではない。ときどきそういう症状が出てくる。波があって、今は、その波がきている状態。
JRF 2008年1月20日 (日)
力強い人がいる。たとえ折れそうであっても自らを支えようとしている。いろいろ思う。ただ、私も強くありたいと願う。
JRF 2008年1月19日 (土)
皿は円盤とは限らない。
JRF 2008年1月18日 (金)
手を広げすぎないように、自分をおさえていかないと。また、結局何もできていない、とか、中間目標がなかなかクリアできない、なんてことになる。
JRF 2008年1月18日 (金)
他の人の書いた文章の間に明らかに違う文体で書かれた自分の文章を読んだ。どこにあるかを想定せず読んだので不意に、それゆえ客観的に読めた。なんていうか、私は「障害」のある人なんだなぁというのがよくわかった。
JRF 2008年1月18日 (金)
↓は並べた人へのイヤミじゃない。私のはどこに置いてもそんな印象を受けそうな感じだから。
JRF 2008年1月18日 (金)
ブログ妖精ココロ。実は興味があるんだが、固めの雰囲気を保ちたいので私のブログには置きたくない。アバウトミーで使えるようになったらおもしろいのに。
JRF 2008年1月18日 (金)
睡眠薬を減らしたが、どうもうまく寝れてない気がする。特にこの数日、かなり短い時間で目が覚めてしまっている。昨日は精神科の医師がいうところの「ハイな状態」でいろんなことを考えすぎてしまった。関連付けとかもしすぎた。
JRF 2008年1月16日 (水)
ゲームの「ぷよぷよ」と『複雑係を解く確率モデル』に載っていた自己組識化臨界現象とアニメ「CLANNAD」のEDと昔サークル誌に私が書いた平面グラフのランダム作成と脳と三細六麁が、関連を付きそうで頭の中でぐるぐるまわっている。いけない兆候。
JRF 2008年1月16日 (水)
悪平等という言葉を使う者がいる。私が彼らにくみすることは決してないだろう。しかし、平等なシステムが築けないということを恐れるが故に、自分が助けたいという思いも臆病となって抑圧し、特別な理由を求めすぎていないかとは危惧する。
JRF 2008年1月16日 (水)
反省する。そんなもってまわった言い方せずに一歩踏み出せばよいではないか。とにかく行動しはじめることだ。…でもその言葉を自戒とせず、私は私を再び抑圧する。
JRF 2008年1月16日 (水)
aboutmeの自分の書いたひとこと、検索できたらいいのに。はてブみたいに日付けごとに見れたらいいのに。でも、そういうことをわざとできなくしているのがこのテのサービスなのかな?
JRF 2008年1月16日 (水)
統合失調症になったとき私があったのはイエスではなかったな。もっと古いものというかもっと古くからいて現代にもどこかにいそうな人格が「神」をきどっていたというもの。あれが、ああいったものでも、私の何かを反映しているのだろうな。
JRF 2008年1月16日 (水)
名前の由来は…かなりあいまいってこともあるし、ヒミツだが。jrf のハンドルにあとからいろんな意味を見出してしまって、ときどき悦に入っている。
JRF 2008年1月16日 (水)
ほんと自分が好きな? >> オレ。昔誇ったことは恥となるばかりで、今や、まったく何も誇ることなどできないくせに。
JRF 2008年1月16日 (水)
故エリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth K¨ubler.Ross)の新刊『子どもと死について』(On children and death)と『死ぬ瞬間の子供たち』(Living with Death and Dying)は別物であることが判明。
JRF 2008年1月15日 (火)
『子どもと死について』は旧『新・死ぬ瞬間』の模様。むちゃくちゃまぎらわしいが、『死ぬ瞬間の子供たち』という訳が原題と離れすぎていたのが問題か。ひょっとすると日本語題での反応を知ってロスが新しい本を書いたのかな?
JRF 2008年1月15日 (火)
散髪に行ってきた。しかし、家で見る鏡と外で見る鏡、映る姿が違うよなぁ。家ではまぁまぁ見れるカオだと思ってるのに、外で特にふと気づいたときに映った顔の醜いこと!家ではすましてみてるってことなのかなぁ。目が全体にいってないとか。
JRF 2008年1月15日 (火)
ハルヒに島津冴子!(^^)見てみたい気はするな。
JRF 2008年1月14日 (月)
↓は質問にあった選択肢。別にそう決まったとかいうことではない。
JRF 2008年1月14日 (月)
ブログやサイトがいきなりアクセスできなくなるのはツラいな。知ってる人じゃないんだけど、心配(?)にはなる。
JRF 2008年1月14日 (月)
核物理学がおそらく拓いたモデルは、時代的に社会保障の現代化に影響しているんじゃないだろうか。臨界後の遅発臨界で制御するとかそういうイメージで。
JRF 2008年1月14日 (月)
確率モデルのパッと見た印象は…モデルが簡単でコンピュータ上での仮説検証はしやすいが、実際の予想に使うにはパラメータに恣意性が高すぎるため役に立たないだろう。…というものだった。
JRF 2008年1月13日 (日)
『複雑系を解く確率モデル』(香取真理)を読んでそうなのかなと気付いたのは…モデルが「意味を違える」ような状態すなわち臨界や相転移があるとき、特殊な動きをするため、そこを捉えれば予想に補完以上の意味をもたせられることがある。…ということ。
JRF 2008年1月13日 (日)
あとそれはより一般的な「大数の法則」のようなものにつながるのではないかという示唆。フラクタル次元or乱数を用いた操作で空間をなす次元におけるくりこみの大切さの示唆。
JRF 2008年1月13日 (日)
α同値とスケール変換が用語の使い方が似てて、じゃあ、β崩壊にβ簡約が対応してて何とかすれば…とか思って調べたけど、それほどの対応はないな。そもそも崩壊だったらα崩壊もあるわけで、それはスケール変換とはおそらく関係がないわけで。
JRF 2008年1月13日 (日)
まあ、陽子と中性子は同数減るけど。
JRF 2008年1月13日 (日)
医師との相談の上、長い間かけて睡眠薬を少しずつ減らしている。今マイスリー5mgを半錠、レンドルミン0.25mgを1/4錠にしている。最近レンドルミンを1/2錠から1/4錠に減らしたが、ようやく慣れてきた。元日からはじめて途中1/2錠に戻したりもした。
JRF 2008年1月12日 (土)
起きたあとの眠たい感じは少し良くなった気がする。
JRF 2008年1月12日 (土)
ただ、少し心配な症状も薬を減らす前からある。皮膚に乾いた発疹が少し出ることだ。本来関係がないはずだが、私の場合、そういうのがでるときは精神にも問題が出ることが多い。私はよく発疹が出るのだが、それとは違うものなのだ。
JRF 2008年1月12日 (土)
帯状疱疹のものに近いと私は感じている。まあ、帯状疱疹のような痛みとか広がりはないのだけれども。
JRF 2008年1月12日 (土)
発疹をかいてしまったときの皮のむけかたが帯状疱疹のものと似ている。
JRF 2008年1月12日 (土)
「イメージによる進化」の記事、書きかえたときに途中意味不明になっているところがあるのに気付いているのだけれども、直していない。そこだけでなく、全体的にもう少し直したいと思っているから。
JRF 2008年1月12日 (土)
書きかえたときに、宗教側からすると少し眉をひそめるような要素をとり入れすぎたという反省があって、もう少しレトリックで「奇跡」のようにうけとられるような記述にしたい。というのがある。
JRF 2008年1月12日 (土)
ニセ科学批判とかあるけど、私はコンピュータ上で論理をチェック済みの証明というものを研究していたから、その立場からすると、チェックのない理論というのは、ニセ科学も同じじゃないかというのはある。
JRF 2008年1月11日 (金)
もちろん、自分がそれ以外の部分でやってる研究まで、厳密にチェックできないから、自ら限界を認めざるをえないんだけど、でも、私が研究していた当時から相互の論理チェックや新規性のチェックに問題があると見られていて、
JRF 2008年1月11日 (金)
それを解決するには、すべての研究が究極的には厳密な論理チェッカーでチェック済みになる。というのが理想としてありえるという思いがある。現実は難しく、その分野があまり発展していないことを見ると気も弱くなるけど、でも理想としては私は今も抱いている。
JRF 2008年1月11日 (金)
ふぅ。それはいいとして。前歯を治療のため削り、仮歯を差すことになった。唇をかむクセが昔あって、今もたまにかんだりしちゃうんだけど、そのときちょっとフシギな感覚があるな。
JRF 2008年1月11日 (金)
自分には知識も、努力によって身につく能力もないことをときに感じる。私が人に伝えられる価値があることを何かを言っているとすれば天賦の才からのものだ。ただし、ここでの「天賦の才」とは一般人とは優れているということをまったく意味しない。ただ時と場所を得ただけ。
JRF 2008年1月10日 (木)
啓示によって道をしるなんてものでもない。あえていうなら啓示によって生かされていると感じるだけだ。
JRF 2008年1月10日 (木)
むろんそれは錯覚でしかない。
JRF 2008年1月10日 (木)
それとは違う錯覚だが、私に人が驚いていると思いたいときがある。それは事実でなくとも精神的に私を支え、思考を容易ならしめる。
JRF 2008年1月10日 (木)
「なぜ 殺」がまた質問されてるのか。みんなが書いているから、私が書いたものはかえりみられることはない。まとめようとしても「個人的」にしかまとまらないから、まぁ、いいことなんだろうな。
JRF 2008年1月10日 (木)
メタ情報に補助金を!DRMに課税を!という記事を書こうかと迷っている。
JRF 2008年1月 9日 (水)
プロバイダがレーティングなどの勝手なメタ情報を付すことを受けいれ、PCに青少年保護などの対策をしたとき補助金を渡す。ただし、そのためにはユーザーは政府からクーポンをある程度の頻度で取得し、それをプロバイダに契約とともに提出しなければならない。…とか。
JRF 2008年1月 9日 (水)
もちろん、プロバイダがクーポン取得を偽装しないように、物理的にクーポンを発行するか、暗号を用いた通信を必要とするようにする。PCに細工も必要かもしれませんね。毎日、クーポンを渡す必要があるとすればどない…と。
JRF 2008年1月 9日 (水)
単純なコピーのほうが簡単なのだから、DRMをするということには、強い担税力がありますね。…と。で、DRMを有効であらしめるためにはソフトウェアアップデートが必要でしょう。そこで何か調べる手段ができるかもしれませんね。
JRF 2008年1月 9日 (水)
とりあえず音楽ファイルとかについては消費税に上のせするような形で徴収し、企業内の書類等のDRMについては申告をもとに納税していただく。
JRF 2008年1月 9日 (水)
メタ情報のマイナスの課税に関しては基本「ロボット」について適用はないのが原則、実際の利用について報告があった場合は勘案する。で、DRMを使ったとみられる通信量に関しては、プロバイダに統計の公表をうながす。と。
JRF 2008年1月 9日 (水)
もちろん、狙いはP2P課税と暗号通信課税なわけだが。
JRF 2008年1月 9日 (水)
当然、それが今できないのは問題があるからだが、そこを突破する一打にしよう…と。
JRF 2008年1月 9日 (水)
ネット上から強制削除がありうるという話になるのかもしれない。そのときでも、プロバイダが知りうるときは、他のユーザーも「中立」に取得することはできるようにしておき、そのユーザーがマスコミ等にネタを売ることができるようにはしておくべきではないか。
JRF 2008年1月 8日 (火)
さあ、今月のAmazon、だいたい1万円使ってしまったぞ。これでガマンできるか。
JRF 2008年1月 7日 (月)
治療中の前歯。その上のハレがなかなか治らないので、より深く堀る(?)治療がなされた。神経に触れる治療らしくめちゃくちゃ痛かった。
JRF 2008年1月 7日 (月)
それが治療後に痛んだのだが、その痛みが左右奥歯のほう(特に治療した歯の間)の痛みをひきだしたように感じた。神経がつながっていてうまく痛みの元を定位できていないのか、または歯がおれたときなどに自然治癒(神経を殺す?)を導き出す反応なのか。たぶん前者と思うがどうなのだろう?
JRF 2008年1月 7日 (月)
家の外で子供が泣いているとき、私の目の前で子供がこけて泣き出したとき、私は何もしなかった。基本的な理由は、近くに親がいたし、または、そう想定できたからだが、それで良かったかという思いが強い。その判断が間違っていて私が非難されるなら良い。
JRF 2008年1月 7日 (月)
しかし、「そのような社会」としての空気が受容されるなら、辛い。ともに男の子だったから、私の「甘え」の類推から放っておくのが良いと判断した。罪ほろぼしというか自分の気持ちを宥めるために少し離れてから振り返ったり、泣き終ったあとのぞいたりしたが、あれで良かったのか…。
JRF 2008年1月 7日 (月)
ゴミが道に捨ててあるとき、拾うかどうか迷って拾わないときが多い。罪悪感がある。近くにゴミ箱があるかどうかでかなり判断が変わるんだが…。
JRF 2008年1月 7日 (月)
シマノフスキの交響曲3番も4番もそれぞれにすばらしい。
JRF 2008年1月 7日 (月)
「はい、おわりましたヨ゛!」って終り方がいやらしくて良い。
JRF 2008年1月 7日 (月)
頭痛?がする。気持ち悪い。風邪か?
JRF 2008年1月 6日 (日)
私がこんなところで「哲学」するのは、他じゃ恥をかくだけだから。ここじゃ別に浮いてても良いと思っているから。…ということは私はアバウトミーをなめている?
JRF 2008年1月 6日 (日)
また数学ができない一年になるかな…。
JRF 2008年1月 5日 (土)
平等を支配を通じておこなえば、支配者とそうでない人の間に格差を生む。そうでないという方法で平等というものはほとんどありえない。また達成された平等には「地域差」が必ずあり、その間にも格差はある。支配のない状況でそれをなだらかにできるなら、そもそも支配などいらなかったはずである。
JRF 2008年1月 5日 (土)
ルソーじゃないけど、不平等起源というのは所有にあり、分業があり分業による無理解から人から見た怠惰が生まれうる以上、所有の概念は生じざるを得ない。不平等もある。平等論というのは支配の納得を得させる方法論でしかないのではないか。
JRF 2008年1月 5日 (土)
おっとまた適当なこと書いてたな。「1週間」というのに根拠はなかった。人それぞれの事情があるからどれぐらいは目安にしかならないし、それ以前に私はそういう期間を判断できる人間ではない。私がそう書いたのは自分の体験の辛さからみて一週間ぐらいはキツくならなかったというだけだ。
JRF 2008年1月 4日 (金)
ところで医師はこういう期間をどうやって算出するんだろう?私のような症状が出た人にいつからそういう症状が出たか聞いた期間と、普通の人に、そういう症状があったことがあるかを聞いて病院に実際に通う必要のあった人の割合とかから算出するのかな?
JRF 2008年1月 4日 (金)
シマノフスキぐらいの調性や無調はあって、現代曲でもう少しドイツっぽいやつないのかな。
JRF 2008年1月 4日 (金)
昔からデジャブとはちょっと違うが、あ、これ夢で見た光景だ、注意しないと…と思うことがある。もちろん、それは夢で見たというよりもある光景を過去に結びつけているとかそういうことなんだろうが。で、そういうのが最近あったのにどうもそれを活かすことができなかった。
JRF 2008年1月 4日 (金)
最近の私は不安を自分のものとしていない。精神分析(?)の本『死ぬ瞬間』を読んでいて、そういうことじゃないかと気付いた。でも、それを取り戻そうとするのが良いことなのか。ある意味「死の準備」に向けた一歩を踏んだだけなんじゃないかとか思った。
JRF 2008年1月 4日 (金)
「数を数える」というと統合失調症になったとき、「無意識」の体に触る動きを数えることで「神々」と交信できるという妄想があった。あごを二回触ってしまったらある神がイエスといった、というふうに。
JRF 2008年1月 3日 (木)
これは意識的に何回というのを考えてないのに数えてみると、何がしかの意味があると主観的には感じられるというものだ。むしろ意識的にはそういうもの見ないようにして、ただあとからふり返って数を数えているだけなのに、「正しい」答えになっていると感じられた。
JRF 2008年1月 3日 (木)
その経験は「統合失調」というよりは「精神分裂」であった。最初は自分が意識していたときのみ「交信」できていたのが、除々に交信が「要求」されるようになった。説明しづらいが、そういう症状がでてきたら、安易に「交信」しないほうがいい。1週間ほど続くようなら医者に相談してみるべきかも。
JRF 2008年1月 3日 (木)
あけましておめでとうございます。
JRF 2008年1月 1日 (火)
かつて書いたメモが全々わからなくなってる。前もそうだったが、いっそうひどくなったな。まぁ、ゆっくりとりもどしていくさ。とりもどせる範囲内で。できるだけ絶望的にならないように自分を支えながら。
JRF 2008年1月 1日 (火)
適当に書いたなぞかけがまちがってるのに気付く。恥ずかしい。あと道歌とか渋い質問があって驚いた。
JRF 2008年1月 1日 (火)
でも、そういう恥かしさは昔から変わらない。私の「知ったかぶり」は今さらどうしようもない。そこを抑圧する気も、意識的には、ない。
JRF 2008年1月 1日 (火)