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2008年6月15日 - 2008年6月21日

aboutme:60706

まぁ、努力してるところは努力してるんでしょうが…。ってどんな「努力」だ。はぁ、そういうのがわからないトシのとりかたをしているからなぁ、私は。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60705

フィルタリングに関して補助金の話が出てるんでしょ?

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60704

キーワードに関して広告がうてるなら、適当なキーワードについての関連の話題(文章広告?)も表示できるだろうに。そういうところで「文化人」を雇ったりしないのだろうか。(そろそろIT産業も政治の季節に入っていってるんだろうし…。)

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60698

昔も似たような思いがあっただろう。…街の歩き方の問題なのかなぁ?

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60695

その辺、他のセカイも見えるようになるべきなのか…はわからないけど、何か知る方法があるんだろうか?ブログキーワードとかっておそらくそういう目的だったんだろうけど、私にはどうも使えないという印象しかないし。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60694

ランク王国のランクとAmazonのランクって全々印象が違う。もちろん、そういうものだってのはわかっているのだけど、ネットで普通に「生活」というのはアレだが、「生活」していると見えてないものに驚きすらある。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60590

そこはビミョーにしたい我儘な私。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60588

この辺、共有する宗教とかを援用できればラクなんだろうけど。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60584

あぁ、いや、正直に書こう。つまり精神病に関する問題をボカして書こうとすると、私はどうしてもホラー風味の手法を使わざるを得ないということなんだと思う。補足すると、逆に医術的に書けるかを考えると、知識不足だし、責任を持てない、だから、ホラー風味の手法に頼ることになる、ということ。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60571

って単に私がホラー風味が好きってだけなんですが。

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60570

何気なく書いているのに、読み返すと怖いことになってるってことあるよね。…あるって言って!

JRF 2008年6月21日 (土)

aboutme:60566

「シンクロニシティ」を自分への反応と思う不毛さが、私から薄れていってくれるなら、うれしい。でも、まだまだ、そういったことを探してしまうことが続くのだろう。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60507

しかし、過去の「ひとこと」検索ができないのは、やはり不便だな。Google で検索しやすいように、ページ構成とか変えてページの取得をしやすくすればいいのに。まぁ、そういったことは他のサービスと組み合わせてってスタンスなのだろうけど。

JRF 2008年6月20日 (金)

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aboutme:60506

「自己愛が足りないというのは違うなぁ。むしろ過剰なほどだ。そうやって自分を支えている面がある。ただ、隣人愛どころか他の人への愛(性愛)を知らないがゆえに、自己愛もまた成熟してないということはあるかもしれない。」だからわからないのはある意味当然なのだと考えよう。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60505

やはり愛敵がわからない。「敵を敵として愛する、のは、優越感にむりに浸ろうとする倒錯だろうか、殺し合いを競争とむりやり誤認し矮少化しているだけなのだろうか、そういう状況になったという運命を受け容れる自分を愛するナルシシズムなのだろうか。 」という考えに私は戻るべきだろう。

JRF 2008年6月20日 (金)

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aboutme:60503

愛には嫉妬を考えるべきだし、愛憎がともだってあるものという認識も間違っていないのだから、それだけで何かが解決するといったようにとれることを書くのは、考えが足りなかった。人類補完計画じゃないんだから。

JRF 2008年6月20日 (金)

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aboutme:60502

昨日のは、ある事実についての反発が無意識に作用したものだったのかもしれない。それこそ「平常心」ではあり得なく、狂気に近いものだった。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60449

いやいや、つながれるんですよ。私に関してはそう信じます。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60448

効率性というものを重視している社会でなくなっていないものがあるとすれば、それは必要だったものなのですよ。何かの「たたり」のような強烈な意志かもしれませんし、悲しみに適応した結果かもしれませんし、そういう物は残っていっていいのですよ。愛敵で社会がつながれるならね。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60447

効率性を追求していけば、差別というものはしだいになくなっていくはずなんですよ。人というのは元来平等なんだから、差別なんてなくしたほうが効率的だ、例えば統計的に、そうでないように見えたとしても、それは平等の割り切り方が間違っているだけなんだ。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60446

愛があり、愛敵があり、さっきのような「表現の自由」があれば、結局のところ「差別の解消」というのは効率性の問題でしかない。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60445

私はね。実は最近、「差別」という言葉を使って何かを求める者が嫌いなんだ。だから、あえて言ってしまおう。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60443

そこには「愛敵」となってしまったものが許されてなければならないだろう。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60442

救いに前提を求めるなら、私は「表現の自由」と述べよう。それは現代の立派な「表現の自由」ではない。敵味方となった者が集って、あえて抑圧の中、最後に未来のために「何か」を表現する。「それだけ」の自由、現代ではむしろ難しくなった自由である。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60441

これも悲しい答えの一例なのかもしれない。でも、愛敵があるなら、ありえるなら、それでも救いはあるのではないか。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60440

平等とは「割り切り」である。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60439

私にとっては答えは決まっている。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60438

その悲しみを前にして、平等とは本当にありえるのだろうかと思う。敵に直面する国と、穏やかな国、その軍、軍人ではない市民達、そこに平等というのもがあるか。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60437

平等とは何だろう、と思う。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60436

「命の重みに違いがある」ということを平気で言っていないとは言わない。それはさっき「ツンデレではない」と言ったのと重みは違うが同じことだ。でも、そこには人の深い悲しみがある。その人のものでは今、ないかもしれないが、悲しみがある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60435

だから、今、遅くなったけれど、ここに書いても意味はないけど、書いた。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60434

でも、たとえ外から見て確かにそうなっているとしても、そういう現実があったとしても、その現実に気付きながら日々漫然と生きていたとしても、この大切なことについて「そうでない」と感じる思いがあるなら、そう言うべきだった。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60433

それは欺瞞だ。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60432

そのとき私は「それは違う。人の命の重みに違いはない。」そうテレビに向かって叫んでも良かった。そうすべきだったと今は思う。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60431

以前、日本人ならわかってくれるだろうという文脈において「人の価値は違う。先進国の住人と途上国の住人とでは命の重みが違うのだ。」ということをある外国人が語っているインタビューを観たことがある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60430

むしろ、重婚状態を想起しても、愛敵のようなものがあるから大丈夫なのだ、そこに「永遠の愛」、そんなものが、と今思うかもしれないが「愛」があるのだ。ともう一段階踏み込んだところで説明を試みたほうが、私にはしっくりくる。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60429

妻が再婚をしたとき、天国での夫婦生活はどうなるかという神学的話題がある。それに人は天使のようになるのだからと答えるのには違和感がある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60427

そういう姿勢に今の私は感じるものがある。そしてこれからもそうでありたい。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60426

選ばれた人がどうこうというかもしれない。選ばれていない人のように見える人もいるかもしれないが、でも、いっしょに祈りを捧げている。いや、みんな救われるでほんとうはいいのですよ。いや、それは自分がいうことではない。いろいろあったけど、そのすべてをかけて祈るんだ。……

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60424

私は、コルボ盤とクリュイタンス盤では、建物の教会の外と内の違いのようなものを感じる。外から見ると清く、確かに清い祈りをささげることはできる。でも、建物の教会の内にはいろいろな人があり、人生がある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60423

私はフォーレのレクイエムはコルボ盤ではなくクリュイタンス盤が好きなのですよ。そして最近のお気に入りはトスカニーニ盤のヴェルディのテ・デウム。コルボ盤が好きな人は、プーランクのスターバト・マーテルとかどう聴くんだろうか。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60422

そこで知るべきなのが愛敵の教えなのかもしれない。なんというか、つまり、大人になって、その嫌悪感をごまかすことができるようになる前に、自覚して愛の属性をもった行動をなすということが、必要なのではないか。…何のために?より純粋な精神を保つために!って…

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60421

ツンデレではないが、というかツンデレではない。私も思いあたることがあるのだが、「好きな人をいじめる」という構図があるが、それとは別に、思春期になったときに本気で生理的嫌悪を表すことがある。大人になって、その魅力に気付けたとしても、そのとき嫌いであることは本当だということがある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60420

愛の実践とはときにそのようなものではないか。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60419

いやらしいかもしれないが、「愛敵の教え」というものをそこで見ている顔に思い浮かべたとき、あえて愛を心に再び燃やす。それも愛の方法として間違ってはいなかったのではないか。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60418

でも、愛というものが「築いて」いくものであり、こう離れそうな予感があるときに、あえて性愛を求めて確かめようとする、それはいやらしいかもしれないが、そういう機能を「基礎」として人は与えられている。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60417

「いや、それはおかしいだろう。」最初そう思った。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60416

エリザベス・サンダース・ホームについての話をあるブログで読んだとき、「捨てられた」子供を育てるのに、「敵を愛する」という言葉を使っていた。

JRF 2008年6月20日 (金)

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aboutme:60415

この辺り夫婦愛については、実感はほとんど想像でしかないのだが…。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60414

じゃあ、何に愛を感じているかと自問していると、性行為という「基礎」がある…とも言えないこともあり、子供を通して愛を発揮している…とも言えないこともあり、人によって、それぞれに愛のカタチを見ているのだと思う。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60413

そうやってある愛というものは、誓ったときに想像したような「永遠の愛」の姿からは変質したもので、それでもやっぱり「愛」としか言えないようなものがそこにある。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60412

永遠の愛というもののために祈ることがあるかもしれない。でも、結婚を過ぎてゆく性愛というものは、子供が生まれたり(生まれなかったり)、身内の不幸があったり、知らなかったことを知ってしまったり、マンネリになったり、浮気などもあったりして、それでも愛というものを「築いて」いく。

JRF 2008年6月20日 (金)

aboutme:60387

参考文献。思っていたところに記載なし。左手に本の重みがのしかかる。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60386

ちなみに、サムエル記下ではダビデの嫁ミカル、血のつながってない前王サウルの娘が、子を設けずに死ぬわけだが…、王の相続というのはいろいろな形が世界中にあるわけだから、いろいろ参考にできることはあるのだろう。でも、キリがないとも言えるわけで…。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60384

でも、それを外から見た場合、そこに、その関係に「平常心」があったか、という捉え方でいいのではないか。などと思う。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60383

いろいろ言えばいろいろ言えるのだろうけど、「自分の気持ちを共有してくれていたか」が問題なのだろう。「気持ち」というのは考えや、ただの感情じゃなくて…、同じことをするわけではない、同じ覚悟であるはずもない、けど…いや、「魂の共有」とか冗談めかしていっちゃうとアレだけど。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60381

私は争う者というのは働かないことそのものを攻めたりはしないのではないかと思うのですよ。旧約聖書サムエル記上30章でダビデがとどまっていた兵士にも同じ報奨を与えた、それを良いことだと思うような感覚は、ワレワレにもあるでしょう、と。もちろん、それに甘えてしまってはいけないが…。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60378

水着問題なんてのがあったが、やはり、あれは「これでは戦えない」という実感が向けられたのだという認識はあっていいのではないか。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60377

もちろん、こういう感覚が、「それわかります」とは言えない人もいる、と、それが自然である。自然であることがイイとかワルイとかいろいろあるが、自然である。と。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60376

何か突出した心象によって構成される部分というものを人は決して共有しえないんだ。共有できると思ってしまっては、なんというか、「失礼」ですらあるというか、失礼なのは自分の出自に対してというか、そういう感覚。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60374

いや、本人の中で、メンタルなモデルを自信とかプライドで捉えている、そういうコトバを使って説明するというのはいいのですよ。でも、それを見て驚嘆するワレワレは兵常心、じゃなかった平常心しか辛うじて見出せない、という態度を取るべきではないか。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60373

自信とかプライドという言葉を使うのに違和感がある。じゃあ、それはどういうか、というと、私は外から見るときは、「平常心」と言えばいいのではないか、と思う。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60372

クーラーを着けてしまった。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60362

いや、ロマンチストであることを否定できないのですよ、私は。テレッ

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60361

ああ、でも「愛」は自然なものにしたい、という一種の信仰みたいなものが私にもあるのだなぁ。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60360

(まぁ、「この国」の未来を考えると、ある種の一夫多妻を肯定する論理も必要ではという判断も少し入っているかもしれない。)

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60359

だから、逆説的に、配偶者でなくても配偶者以上に有利になる相続を認めてしまったほうが、同性婚を認める社会へ変な圧力をかけずにすむかなぁ、と思ったシダイ。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60357

でも、それを認めて、今の税制のまま放置すると、自分の配偶者を育てるというおかしな方向に圧力をかけてしまわないかと心配なのである。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60356

いや、もちろん、税逃れという側面があるのだが、それがモラルに与える影響である。同性愛というもの自体がモラルに反するという見方ももちろんあるが、同性婚を認めようとなったときは、その愛を重視するということになると思う。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60355

つまり、同性婚で子供をもつといったとき、それは「養子」という形態をひろく認めることになるわけだが、でも、問題は、相続のことを考えると「養子」として登録するよりも、成長するまで待って「配偶者」として相続させたほうが有利ということになる。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60354

これは同性婚というものを認めようという議論を聴いていても思ったことだが。同性婚における問題の一つに相続がある。その配偶者相続が課税逃れに近いのではというのももちろんあるが、問題はそれと絡んだ「養子」相続にある。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60352

王質相続とでも呼ぼうか。ある程度の公共性(といっても親族的公共性で十分だが)をもった財産について、配偶者に対する相続よりも有利な相続を認めるべきでは?親または親族の総意を条件とし、公的一時接収もありえるかわりに。王の財産が相続するようなことを一般に認めるべきではないか。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60349

あ、いや、先のは冗談のつもりだったんだけど、ちょっと本気にもしてしまえそうな感じもする。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60344

男の「萌え」とは「コロス」ことを極度に否定する現代の克己心の一表現なのではなかろうか。

JRF 2008年6月19日 (木)

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aboutme:60343

「萌え」というのは愛敵の精神なんじゃなかろうか。もちろん、二次元美少女が敵なのではない。「そんなもの」に性的錯乱すら感じる「自ら」こそが敵なのである。それと折り合おうとしてそれを殺すのではなく、宥めたりスカしたりする。

JRF 2008年6月19日 (木)

aboutme:60229

…と疎外された私がいう。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60228

本音として教えられたことを本音と受けとったらダメでしょう。そうであるようには振るまわないとその場に居られないかもしれないけど。もちろん、教え方が自分で悟るようにしたとしても、それを教えようとしている限りは同じことでしょう。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60212

というか、何年か前なら自分がそれにコミットしなければと身構えた…。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60204

でも、これはそうあって欲しいという私の願望でしかないな。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60203

「こうでしょう」というのと「それは違うのですよ」というのが、別々の話ともなって非同期的に交錯する。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60202

ああ、あと「捏造写真」についてはそれが「イメージ映像です」と記せば、あとは文学的問題ではないか、と思う。映像証言的なものを適切に扱っていれば、あとは、百年、二百年といったあとになるかもしれないけど、文学が解決していくことではないか、と。文学は意外な境界の越え方をする。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60197

悲しいけど。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60196

人口動態に関しては、世界的に見ても時代を先取りしていたという評価になっちゃうかもしれないからな。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60195

冗談ですけどね。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60194

うーん、しかし、未来の人はここ前後30年ほどの日本の人口動態のグラフを見て何を思うのだろうか。現れるべき山が現れる気配すらない…って、どんな「暴力」があったのか、と。まぁ、いいんだけどね。あと我々の世代以降の者は10才以上年下の異性と結婚したら即犯罪でいいんじゃないか、とか思…

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60193

それでも永遠でないのは摂理が自然にできたものと区別がつかなくなるから…。という執り成しで折り合えたらなぁ…。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60192

「たたる」というのは行き過ぎた表現だった。たたりがあっても人は折り合って生きていく。百代なら折り合う方法が儀礼的どころか機械的になっているかもしれません。百万代なら、それは「たたり」と「折り合い」が摂理とすらなっている…と。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60133

エッチなことを想像するのも姦淫だという説があるけど、誰かが姦淫していると想像させる(噂話をひろめる)ほうがより重い「姦淫」だろう、それこそが罪だと考えるなら、悪い幻想でつつむのは「姦淫」のような文脈で捉えるべきではないか。…などと考える。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60132

それを私は個人のレベルではやってしまったことがあったような…。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60131

幻想を構築するのは、それがなりたい自分だというなら、あまり良くはないけど、ありなのかな、という気はする。ただ、相手にない罪を着せてまで、相手を悪い幻想でつつむというのは、意図的にやれば百代、百万代たたられてもしかたがないことだとは思う。

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60129

「実力」を小さく見せる必要はないし、そうすべきではないのだろうけど…。顧みて、私なんかは「実力」を日々見せてるとは思う。その上で「たいしたことないでしょ」とおそらく真実を述べる「慎しみ」は、まぁ、あってもいいでしょう?

JRF 2008年6月18日 (水)

aboutme:60120

私なんかでは「思う」だけなんですけどネ。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:60119

それでも力に頼ってはいけない。私は、中国共産党が「勝利」したのは、日本以外にも「理想」を担える者がある。そういうふうに「権力者」に見せれたからではないか、などとも思っているのです。自分に「力がある」と「相手」に見せる必要があると思うのは、今も思い上がりではないかと思うのですよ。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:60115

まぁ、キホン私はわかってないのだけどネ。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:60114

いや、違うな。「現れる」というのは部分的な印象を与えすぎるかもしれない。全体の構成の中から「ああ、そうなのか」といった回想が起こるというか…。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:60113

以前聴いた他のCDは、良いと思うところなどほとんどなくて、どこがブラームスなんだろうとも思ったんだけど、これは淡い中でもごっとブラームス的(と私に思える)主張が現れる。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:60110

ブラームスのドイツ・レクイエム、第1曲の mit Freuden のところ、まるで白壁に花が淡く咲いていくようだ。宇野功芳氏のオススメのバレンボイム盤が 1050 円なので買ったが、私にとってアタリのようだ。

JRF 2008年6月17日 (火)

aboutme:59969

少しずつ改善しようとはする。力不足がほとんどどうにもならないことは、悟ってるケド。

JRF 2008年6月16日 (月)

aboutme:59967

ああ、ホント、わかってないヤツだな >> オレ。えーん、だからってもうどうしようもないじゃないかあ。また、見当違いなことを書いてたことに気づいたのですよ。

JRF 2008年6月16日 (月)

aboutme:59965

あまり関係ないタグでブクマするのは気がひけるが、タグの数を増やさないために私の関心が近いものをとりあえず付けているという面がある。が、やはり無理があるので、ここでつぶやいてストレス解消。

JRF 2008年6月16日 (月)

aboutme:59851

そういうことして自分の精神がまたおかしくならないか、ちょっと心配だけど、最近は耐性ができたのか、わりと平気だから…。むしろ怖いものみたさ(っていったら相手があるから失礼になっちゃうかな?)がある。

JRF 2008年6月15日 (日)

aboutme:59850

私の使っている象徴に近いものを見せている方がいるのを知った。いわゆる偶然の一致なのだろう。メッセージはおそらく私とは何の関係もないとは思う。でも、ここは奇縁を喜んでCDを買ってみるか…。

JRF 2008年6月15日 (日)

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