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2008年8月24日 - 2008年8月30日

aboutme:76658

少年A(エース)10月号の付録のハルヒちゃんの占いシャーペンがちょっと気に入った。禁則事項連発してますか、私は(^^)。易までするのはどう考えても手に余る。岩波新書「易のはなし」がおもしろかったりするけど。

JRF 2008年8月30日 (土)

aboutme:76655

「爻の象」って「チョメチョメのショー」って読むんだろうか。

JRF 2008年8月30日 (土)

aboutme:76654

先の問題、ノアの問題意識なのかもしれない。ヨブよりずっと前という点で、神義論の派生ではなく、神義論が派生なのかもしれない。

JRF 2008年8月30日 (土)

aboutme:76506

なかなか pop できない。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76505

じゃあ、それを特定の誰かに向けることができるというのは、高いエントロピーのエネルギーを低いエントロピーの特定の仕事にするようなものだから、「区別できない」というのは本質的なことなんじゃなかろうか。「熱力学第二法則」が悪いんだという人の気持ちがわからないでもない…か。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76500

「誰か」が悪をなしているというのはエネルギーを発散させてエントロピーを増やしている状態に擬せられる。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76499

高い地位にあるだけで人を責めたりしていないか。高いところにあるというだけで「神」を責めていないか。人だけの社会で高い地位にあるから逃れられてしまうようなことがあるのに、いい立地に住んでいて災厄を免れやすいということが許されないのか。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76498

だから、その応報として間違った部分を人が人を責めることで補う、という論につながる。しかし、じゃあ、人が人を責めるとき「区別」できているのか、災厄と同じことをしていないか。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76497

→ 悪が「誰か」を区別せず、かといって人全体に平等に何かするわけではないので、別の誰か「だけ」が他の誰かの応報により苦しむ。…という解答。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76496

誰かが悪いことをする → 何者かが怒り応報する → しかし「何者か」は「誰か」を特定できない、というか、特定しようとせず、人や class に対して報いようとする →

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76494

災厄がなぜ「私」に及んだのか。応報はあると考えたいけれど、そこまで悪ではない「私」がなぜ?…神義論の派生ともとられる問題。一つの解答として、「悪が区別できないから」というのが考えられる。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76488

すごい湿度に感じるな。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76479

そういう感じ方は、微妙に転生への信仰を隠しているようにおぼえて避ける人もいるかもしれないけど、先の笑いを審級に結びつける考え方をすれば、転生まで持ち出す必要はない、…はず。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76478

嘲笑された私が哀しいのではなく、嘲笑する者の性が哀しいわけでもなく、嘲笑そのものが哀しみ表現、過去の何ものかの哀しみの発露だと見られるようになったら、ナカーマ。面倒くさい感じ方だけど、自己防衛の面になるときもあるから、そういう感じ方もつかう。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76470

録画していたソウルイーター第21話を観た。パスばっかりされるのも辛いか。歪むな。未読もタグも moderator もとなってその周辺も造るとなるとエラいコストだしな。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76463

[アイデア] …とするとアバウトミーのひとこと欄(等)に必要なのは、moderator (削除等の権利共有者)がコメントごとに指定できる、それだけでなく、Javascript から指定できる、こと。…かな。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76459

ただ、random や balance はブラウザ側でできるし、「秘書」が信用できないことがあると考える以上、ネットの先にまかせるべきではない。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76458

シンプルなトイプログラムだが、秘書が機械になってもこれは有効、上の moderator に関してもそう。moderator に関しても random_mail_redirect や balance_mail_redirect ができたほうがいい。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76457

そこで何(十、百、千…)回かに一回は random に秘書を通さずメールを受けとることで、秘書にプレッシャーをかけるというイメージで作った。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76456

random_mail_redirect は来たメールについて、一定の確率でのみ指定された宛先に送り、あとは捨てるというもの。balance_mail_redirect だけだと秘書が結託した場合、重要なのに届かないメールが出てくるかもしれない。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76455

そして、過去の配送記録から、できるだけリストの中の人に平等に配分する機能もあった。これは「検閲」を行う「秘書」に仕事を分担するというイメージで作った。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76454

balance_mail_redirect は来たメールについて、用意されたリストの中の一人(二人等にもできる)をランダムに選んでそこを宛先とするというもの。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76453

昔、こういった問題の対処に関して私は random_mail_redirect, balance_mail_redirect というプログラムを作ったことがある。公開しなかったし、実用に具す機会がなかったが。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76452

ただ、moderator を作るとすると、今度は moderator の横暴が問題になるか。ネット型スパムフィルタの問題と同じ。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76451

とすると、moderator がいたほうがいいか。削除などの権限を欄主と共有する者。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76450

また、機械が責任を負うと言っても実際に削除しているのは結局、欄主だと映るのは精神衛生上よろしくない。責任転嫁をしたい。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76449

でも、削除や変更を行う API というのはコストが高い。また、ほんの少し複雑な API でも API の更新にユーザーが対応するのが難しくなる。API を使う「者」は限ったほうが対応がしやすい。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76448

自由なタグと「パス」「非表示」「未読」の特殊タグを分けるのは後者は新着管理などの特殊な処理を前提とするため。あと、すべてのユーザーに状態を表示するときは欄主の情報のみを載せればいいが、「非表示」「未読」はすべてのユーザーが選べるべきだな。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76447

機械が責任を負ってくれるなら、削除もあっていいかな。削除、パス、非表示、あとは未読(化)が必要かな。あと欲を出すなら、「それらとは別に」自由なタグを付けられるようにならば良い。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76446

…そう考えると API の公開には、一般的に機械「的」処理の了解の含みがあると言えるのか。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76445

ある人のコメントをすべてパスするとか、ある単語が含まれていれば読まないようにしている、とかいうことがあることをシステムの側で広く認めていることを示すためには、API でパスの機能を公開しているべきだ。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76444

コメントにパスを「集計」する機能まではいらない。ひとこと欄に対するコメントはもちろん他の人も読んでいるが、ひとことを書いた人が主なターゲットとみなせるので、その主な人のみ「パス」がなされたか表示されれば良い。「欄主の状態:パス」とか「欄主はパスを選択しました」とか表示する。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76443

個々のコメントに関しても「パス」ボタンが欲しいと思った。「パス」と書けばいいというのも真理だが、それだとトゲトゲしいし、ボタンがあるということはシステムの側でパスすることがあることを広く認めていることを示していると見える。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76345

まぁ、その、自分の審級となっている者の感覚を接いでいる部分の現れだから、そんなふうに思える、と言えば言えるのだろう。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76343

笑いはわからないと書いたことがある。正直に告白すれば、笑いに、自分を含め笑う人を超えたものを感じる。なぜ、あなたは笑ったのか、私は笑っているのか。そして、そう考えて黙ってしまうことの無意味さ。時間が感じられる。

JRF 2008年8月29日 (金)

aboutme:76329

プロフィールを更新し、「また、手近に書いた長文を分割してひとこと欄に出すことがあります。そのため私のIDをコンタクトに追加なさると「コンタクトの新着」欄が、私のひとことだらけになってしまうことがあります。私のIDをコンタクトに追加するのは、あまりおススメできません。」と足した。

JRF 2008年8月28日 (木)

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aboutme:76320

所得税の非課税を法人税の損金算入にからめないかわりに、消費税の課税仕入れのほうで加減するのは、前いった枠組をはめるなら可能かもしれない。ただ、やや無原則な感じもするので、将来的な消費税制の展望をつくってそこから、還付というロジックを出す。……って、似たような枠はありそうだな。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76313

王をはじめ自尊心の領域を守ることがうまくいきすぎている場合、それと対照となる十分な健康情報の開示が必要なのかもしれない。たとえば、肉体を「展示」することは、そういう文脈で捉えるべきなのかなぁ…と幽かに思い及んだ。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76311

スタックをちょっと侵犯して、その前の部分の気分を取り戻して…。プライバシーを私生児などの「生命」に直結した場合、できるアプローチとして健康情報の積極的な流布がある。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76307

自戒を込めて。何かが正当化を「している」というとき、自分は「している」前のものを不当と感じている。その不当性は、そのときは自明に思えていて、実際そうであるのだろうけれども、必ずといっていいほど、似た事案で不当かどうか判断しかねるものが現れてくる。それは心のどこかに置いておくべき。

JRF 2008年8月28日 (木)

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aboutme:76305

この問題は一端、置いておきます。レジスタに気分だけ残してスタックにプッシュ。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76283

しかし、それでも後者の(自尊心の)問題は残っている。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76282

「元気なお年寄り」は、「必要とするお年寄り」が来たら「彼が私に声をかければいい」と思うかもしれない。でも、それなら、元気なお年寄りもまず声をかければいいのである。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76281

「正当な理由」にみせかけるとすれば、前者の問題について状況が変わったと説明することになるだろう。高齢者の人口が増え、元気なお年寄りに譲るより、必要とするお年寄りに譲るべきときがあとから来るかもしれない、という予想が妥当性をもっている。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76280

まず、ここでの「常識」の理由を考える。若年の者のほうが注意力がある、または、それを鍛えるべきである、と考えられているのが一つ。高齢者が、自尊心より、または、トラブルになる可能性を考え、自ら要求することを避けているのが一つ。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76277

では、どうアプローチするか。話は変わるが、お年寄りに席をゆずるべきとき、「高齢者から声をかけるようにする」よう呼びかけてはどうかと考えはじめている。もちろん、それは「常識」ではない。しかし、正当な理由があるとみせかけることもできるのではないか。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76274

それはある種の自尊心、自分だけしかわからないことがある、自分がかかえなければならないことがある、といった心として表現される。それが事実である必要はない。プライバシーとは自尊心の領域とほぼ同義であると私は言ってしまう。しかし、それは社会が事実を知るべきでないことを意味しない。

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76272

プライバシーは私生児の生命を意味することがありうる。本当にプライバシーが必要な状況というのは確かにあるが、人はときに無意識的にそのような状況を擬したダミー行動を行う。その自由としてプライバシーを主張できるべきだ。

JRF 2008年8月28日 (木)

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aboutme:76268

「高度なシステム」がある状況での「ダミー行動」は権利としてすら認められるべきである。それは「迷惑」とすべきではなく、問題の表出ととらえるべきである。ダミー行動ですり抜けられることは犯罪者の本気に対抗できない。迷惑でかたづけられる表出は、幸運なのだ。

JRF 2008年8月28日 (木)

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aboutme:76266

確率変数の独立性に関して、Cochran の定理なるものがあることを知る。 これで懸案にとっかかりができるか?

JRF 2008年8月28日 (木)

aboutme:76105

朝、左膝の調子がおかしかったが、…だいたい大丈夫かな?違和感は…両膝ともあるな…。

JRF 2008年8月27日 (水)

aboutme:76029

…違うな。そうじゃない。予防線はりすぎだ >> オレ。

JRF 2008年8月27日 (水)

aboutme:76027

…いずれにせよ、私は勉強不足だから。……これまでもそうだし、今も、何かと思うようにできてない。

JRF 2008年8月27日 (水)

aboutme:76026

福利厚生費の損金算入と所得税を関連づけるのはかなり難しいと思う。所得税のほとんどが非課税になる人の分の福利厚生費を特別視するというのは、論理的ではあるけど、実現が難しいのでは?

JRF 2008年8月27日 (水)

aboutme:75920

不安だけがつのる。あまり良くない状態なのかもしれない。

JRF 2008年8月26日 (火)

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aboutme:75918

「これぐらいなら/このままなら、大丈夫だろう」の「これ」「この」の内部にはゾッとするものが含まれうる。その私への表出を私は捉えられない、捉えても心に留められない、今きっとそうであるだろう。私は何を見過ごしにしましたか。

JRF 2008年8月26日 (火)

aboutme:75565

不安は反作用のようなもので、それを今考えている問題につなげただけだ。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75563

それでも世の中が好転しているなら、そこには、そうでなくてもできる人の意思があるのだろう。(なんだろう…。この不安は…。プライバシーが意味してきたものってなんだ。)

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75562

金があるもの、または、知識があるものから、というのはヒドい発想ではあるが、知識が「ただ知っていること」を意味するなら、まだ救いがあるようにはできる。ギリギリの選択…でもないか。逆なんだろうな、知識がないことを受け容れようとすることができる、ということの意味することは。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75557

…といずれにせよ、私の解釈のいきすぎの責任逃れなんですが。^^;)

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75555

興奮剤にはならないという知識からすると、逆に興奮剤として使えたことの奇跡性が問題となっていったから、訳(や本文の伝承)が変わっていった、というところで落ち着かせるべきかな。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75553

本文からだとすると、考えにくいが、木の張型を使った異教祭儀との関連または批判があるのだろうか。まだらやぶち、山羊や羊というものに異教の影響を受けた信者群をなぞらえているとか…。地方の祭りとしては聖書が書かれるころはまだ残っていたとか…。…この推察は苦しいか。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75551

他に問題のある部分が多いなか、そこまで「矛盾」を押し徹すものは何だろう。ドグマが隠れているのだろうか。……。これが新共同訳の問題なら、ひょっとすると、ユダヤ教会からキリスト教会が分離したことと関連付けられている可能性があるけど…。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75550

)ゆえに、ヤコブは興奮剤よりも「魔術」を使ったと読めたほうが望ましい。…そこであのような記述になっている…違うかな…。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75549

つまり、ヤコブが興奮剤を使って、水を飲みに来たラバンの羊の種を「盗んだ」とはしたくない。さらに、そのような行為は「盗み」でなければならないと、ヤコブの時代のモラルは関係なしに、強硬に主張する者がいた。(陰謀論的だが。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75548

責任を転嫁するようで心苦しいけど…。私に新共同訳のヤコブの繁殖が魔術的なものと読めてしまったというのは、単なる興奮剤と読ませたくないという意図があったからではないか。

JRF 2008年8月24日 (日)

aboutme:75493

ちなみに、私は「ら抜き言葉」は「れ足し言葉」である説を採る。「食べうる」の「うる」が「売る」との混同を避けるため衰退し、「食べえる」となったが、これが e という母音が二つ重なるため、わかりやすく r 音が足されて「食べれる」となったという説。もちろん「れる」との混同も前提。

JRF 2008年8月24日 (日)

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