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2008年1月20日 - 2008年1月26日

aboutme:35966

光ディスクの盤面が緑色がいいというのは、レーザーの赤の補色が緑だからというのではなくて、反射光の光が目にやさしいため最終的に人の眼で製品をチェックするとき眼が疲れにくく、それが異常の検出に役立って工程が改善されやすいからとかいうローテクな理由だったりして。

JRF 2008年1月26日 (土)

aboutme:35965

ニートとして生きてきた責任は、もちろん私にある。先日のことは、ある「偶然」を禄につなげようともくろんだことになるが、「偶然」によってこの道を選んでしまった他の者より多くの安心感を得ようというのは、あまりにも甘い考えであった。弱くなっていく自分を認めざるをえない。

JRF 2008年1月26日 (土)

aboutme:35957

友人か…。うらやましいな。私はいつも黙っているだけだ。こういった思いを積み上げていけば、いつか、いつのまにか、変わっているという日が来るだろうか。

JRF 2008年1月26日 (土)

aboutme:35752

過度に正しくあろうと振るまってしまうことがある。それはあてつけに近い。あてつけられた人の無意識的な心のきずにならないかとあとから考える。でも、きっとそういう態度もその人にとって目新しいものではないだろう。今となってはそうであることを願う。

JRF 2008年1月25日 (金)

aboutme:35604

手続きだけでも親が元気なうちにと思ったが、ダメだった。まぁ、他の人とのかねあいを考えると、当然なのかな。

JRF 2008年1月24日 (木)

aboutme:35602

実はある給付の相談に行った。きっぱり断わられた。

JRF 2008年1月24日 (木)

aboutme:35307

誰かのバイアスに連なったほうが、記事にハッとできる機会が増えるんだろうか。

JRF 2008年1月23日 (水)

aboutme:35306

私のこういった考え方が10年遅れなんだろうな。

JRF 2008年1月22日 (火)

aboutme:35305

ポイントは政府が情報を買うということ。これが情報の基礎価格にならないか。なっていくように圧力をかけられないか。というのが視点。

JRF 2008年1月22日 (火)

aboutme:35303

補助金よりも、許認可権を用いたバーターのほうがエレガントに感じる。そんな寡占社会。まぁ、昔ながらの補助金じゃダメなのはあたり前だけどね。当然、私は消費税の還付とからめるのだけれども。

JRF 2008年1月22日 (火)

aboutme:35255

メタ情報への補助金とネット従量制への緩やかな移行がつながらないか?「適切」なメタ情報が付加できた「割合」に応じて補助金を増減すれば良いのではないか?通常のWeb利用に関しては割合はほとんど変わらないと想定すれば、バイナリなどのダウンロードを狙い打ちにできる。

JRF 2008年1月22日 (火)

aboutme:35093

けっこうひきずって、脈絡はいいがたいけど、昔書いた絵を思い出したり、なくしていた眼鏡を探し出したりした。現代における無意識的不安感ってどういう絵になるんだろうとか考えた。

JRF 2008年1月21日 (月)

aboutme:35092

今日見た夢はグロかった。途中まではファンタジーマンガみたいだったような気がするが、ゲーム『女神転生』の生体練成みたいなものでマンガ『ブラックジャック』に出てきた無頭児のようなものが生まれたところで目が覚めた。

JRF 2008年1月21日 (月)

aboutme:35080

ユーザーにふさわしいCMを出しやすくなるとか。

JRF 2008年1月21日 (月)

aboutme:35076

[アイデア] ひとことを書くとき、現在の感情を示す表情の絵文字を最初に選択するようにする。絵文字は多めに。そういうメタ情報があることで、あとで振り返ると感情の波がわかるようになる。とか。

JRF 2008年1月21日 (月)

aboutme:35072

なんつーか、自分はけがれてるなぁ。出力にノイズのりまくり。まぁ、今さら…。

JRF 2008年1月21日 (月)

aboutme:34952

正確には最近だけではない。ときどきそういう症状が出てくる。波があって、今は、その波がきている状態。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34950

最近、コーヒー(牛乳入り)をのむと胃がもたれる。いや、もたれるというのとは少し違うが、反芻しやすくなる。缶コーヒー(カフェオレ、カフェラテ)だと大丈夫なんだけど…。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34936

誰か特定の人を想定してものを書くと、かなりあいまいになるなぁ。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34894

私も彼も彼女がそうあろうとするように、その想いを強くできますように。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34893

(この「地」に立って活きる人に、そしてただ生きる「私」にも、「うみ」がよろこびにもだえ、「雪」ハれる明日がありますように。)

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34892

そこには「分裂」した思考、非合理的な想いがある。いや、非合理的なままにしておきたい想いがある。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34891

だが、同時にE.キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』で得たのは、死の受容が周りにとっても必要だということだった。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34890

だから…「だから」かどうかは関係ないけど…生きていて欲しい!

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34889

呪いたくなる…自らを、だ。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34887

何より、生きている人間にとって「私」のために誰かが死ぬことが予定されているなんて、そう、呪いたくもなるじゃないか。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34886

もちろん、それを受けいれることで強く生きている人はゆらぐかもしれない。でも、誰かの死によって外面的には弱くなったからと言って死が活かされていないということはない。(何が「強」くなったかは、内なる「魂」の問題というやつかもしれない。)

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34885

何かキッカケが必要で、それが誰かの「死」だったということはあるかもしれない。でも「死」だけしかキッカケにならないなんて悲しすぎるし、きっとそうでない方法があるはずだと思う。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34884

いや、きっとそう考えることで、強くなる人もいるだろう。だが、あえてそこに冷静さを求めれば、その人はそうでなくても強く生きれただろうということだ。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34883

誰かの死によって「私」が生きることになる。その考えが辛いのだ。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34882

もちろん、自由意志論だからどうとかいう理由づけもできるのだろうが、そういうことじゃない。この違和感はE.キューブラー=ロス『子どもと死について』を読んできるときにも感じたものだ。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34872

だが、私もこの答えに違和感を持っている。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34871

それは、三男を死んだのは、他の人の自由意思の結果により、三男が不信仰者として一生を終わるしかなかったのに対し、次男にはもっとマシな選択肢があったのだが、それを選択しなかったのである。と答えることができる。

JRF 2008年1月20日 (日)

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aboutme:34870

次男を生き延びさせた理由としては、次男が不信仰者となることで、その周りのものが信仰者になったからであるという答えが可能である。ただし、ならば、なぜ不公平に次男を創造したかが問題となる。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34868

イスラム教についての解説書を読んでいたとき、アシュアリーの三人兄弟についての問答というものがあった。「長男は正しい信仰者として、次男は不信仰者として、三男は幼くして死んだ場合、長男は天国の最上位に、次男は地獄に、三男は天国の最下位に行く。なぜ次男や三男が生まれたか」というのがある

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34866

本当にそれはたいしたことではなく、何もできない自分を慰めているにすぎないことはよくわかる。でも、そういう機会があったということは、ああ、感謝せねばならないのだろう。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34864

家族が入院したとき、私は祈ることしかできなかった。非合理的な願いを強く想っただけだった。仕事を手伝うことなどさらさらできなかった。ただ、病院を移るときほんの少しベッドを支えることで役に立てたような気がすることが私にとっての支えとなっている。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34856

昨晩あたりから左下腹の腸か膀胱あたりにキリリとした痛みがある。

JRF 2008年1月20日 (日)

aboutme:34854

この思いをつきつめれば、なんと、嫉妬だろう。この嫉妬を抑圧してしまってよいのか…。この嫉妬を利用すれば今とは違う行いだってできるはずだ。この嫉妬と争って、勝って、憐れみをこうぐらいになれたら…。が、やはりやり過ごす…だけになろう。

JRF 2008年1月20日 (日)

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