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2008年10月26日 - 2008年11月1日

aboutme:86127

私はわかってない、わからないはずなのに最近、室内楽をよく聴いてる。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86126

あと8月29日に書いた「悪が区別できない」というのを合わせると、自分以外の部分の責任も問われる。集団が、罪を貯めて、他者が「自由」に引き出せる信託を作ってしまう。…それは効用会計的に表せるか?

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86125

ちょっと前の考え方を持ち出すと、暴力を損害賠償請求権に結びつけ、それを信託と結びつけることになるか。暴力をした者にたいてい請求はできない。むしろ、自分が神に対して犯した罪に関して、神が損害賠償を他者を使って行うというふうに認識される。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86124

比較可能でないことがある…それは当り前だけど、それをロジカルに表していくと矛盾がどこかに生じることがある。そこを割り切って2つだけにし、神さまと自分で会計できると考えるということかな。でも2つである理由があるか?3つとか4つとかでも良さそう。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86123

神さまの所有するところはどんな資産も効用になるわけではない…。逆に人が必要のない資産に価値を見出せるのは少なくとも交換価値があるからで、そういったことが考えられないのは、神さまがまるで交換価値というものがない別の星やド田舎に住んでいるみたい…。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86122

維持費というものも効用で会計するなら、金額で測るのではなくマイナスの効用で測ることになる。ただ、何の基準もないと比較できないので、資産を失うようなものにはその資産の額で捉えるのが前提となるといったところか。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86121

維持費はそれほど厳密ではなく、何らかの態度があれば存続することもある。まるで時効がかからないようにいつも債務の確認をさせるみたい。…「誠意を見せろ」って、エラい、こすっからい神さまだな。

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86120

暴力によって維持費の支払いが滞っても問題はない。逆にいうとそれ以外の場合は関係が「破壊」される。…「破壊」といっても許しがあるわけだから、質流れのようなものと違って、何かが奴隷にされたり、囚われたりすることに相当するのかな。そうされるのは「本当の自分」?

JRF 2008年11月 1日 (土)

aboutme:86055

効用会計…。でも、そこに暴力の他者性をどう絡めればいいのだろう。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86053

嫌々何かを「した」というときは、マイナスの効用と考えるんだろうか?うーん、少し違う気がする。マイナスの効用というのは何かをした結果をとらえて、結局悪いことになっているときに計上したい。イヤイヤだったけどやってみたらもう気にならない…というのは…引当金繰入にでも相当するのかな?

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86052

でも、有責性と言ったときはどうなるのだろう。効用を無限とするのだろうか…。むしろ、神が求めるというところをとらえて、「維持費」を出した部分が神の効用になっていると考えればいいのだろうか。それで神の効用を自分のものとする…というより上位に考える…のかなぁ。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86051

つまり、維持費を超える効用があって、効用-維持費を金利としてみた場合に相当する貸付の額を資産の価格とする…収益還元価値を認めて欲しい。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86050

理解をされないから秘密にしたのなら、他者の中で理解を求めたということ。誰かが暴力をもって奪ってでもしたい何かがあると認めて欲しい…いや、違うな。清算価値ではない。ここでの「理解」は「維持費」を出しても良いぐらいの資産価値があるということ。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86049

現実は暴力ではないけれども、子供には暴力があったように映るようにしていく。暴力の幻影によって信仰を篤くする。それが過去の暴力の代償でもある。黙示的開示。…そういう技術もないではないのだろうけれど、親の子でない不安みたいな普遍的な部分に対応し、個人の秘密には対応しないのでは。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86048

夢や思い込みを奪って、何かを与え納得に導く…それはよくある愛の形。でも他者としての暴力を罠にかけるようなことって現実にあるだろうか?子供を奴隷として売ったりせずにすむ世の中になったから具体例が思い浮かばないのか?…ちょっと見当違いな気がする。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86047

集団の中の他者が、親と子に因果を見てしまう、それが社会に影響を与える、というのはあるかもしれないけど…。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86046

暴力に他者性を見極めてのち、どうするのだろう。結局、暴力への罠にするのか?子によってのみ解決する、子への教育を通して何かを実現することが…って、子に罪を着せるのか?親の因果が子に報いってことは確かにあるかもしれないが、良いほうに転ばせようとするものだし、現実にはあまり関係がない。

JRF 2008年10月31日 (金)

aboutme:86045

国がプライバシーに介入しないのは、「理解」を拒絶する(他者の可能性を望む)のと、「理解」されない(そもそも他者である者で構成される)のを多とするため。国が他者を求めるため。…あたり前の言明か。《なぜ人を殺してはいけないのか》で書いたような「保険」の原理かな。

JRF 2008年10月31日 (金)

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aboutme:85943

「理解」を拒絶するとき、そのときは失敗しても、いつかは引っかかる他者もあると期待する、他者とはそういうものだという諦観がある、もっと言えばそういう他者を求める、ということだろうか。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85942

「理解」しないというのは、暴力をコスト化しないこと、暴力に他者性があること。「秘密」は、暴力の他者性を見極める術を含む、行き過ぎれば、暴力への罠を含んでいる、こともある…。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85941

ただ比較可能といっても像のコストは暴力のコストとはまったく関係がない。よく神々を信じ、その機能に関して学んでいれば、その神々に関する暴力にあわずに済む面はあるかもしれないが。ただ、まぁ、現実は多くの場合、そうなってなかっただろう。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85940

価格はあるのだけれど、交換できるものでは本来ないと意識される。…この部分は著作権等が確立する前の知的財産に関する考えに近いか。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85939

「永遠の命」と違って、神の庇護する能力の価値は比較可能ではないか?店に並んだ神々の像で手にしたものの価格とか。でも、それは相対的なものでしかない。本来必要のない出費だが、祭のときに自分の気持ちを確かめるため、とかいう理由で出すコスト。余剰とむすびつける。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85938

ただ氏神ではなく、機能の神々の場合は暴力は暴力の神が独占することになる…いや、詐欺とかも暴力とすれば、それぞれの神にそれなりの暴力はあるのかな。やさしさを秘めて奪うこともある、とか。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85937

「永遠の命」のためでなくとも、金で動かない何者かが求めていれば、有責性は出てくる。責任を負わせるのは一つの基準である必要はなく、同時に別々の価値観から有責性が出てきても良い。多神教モデルでもよいということ。

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85936

この論では有責性と好みは区別できないな。…

JRF 2008年10月30日 (木)

aboutme:85842

いや、このモデルは特定の思想の影響が強すぎるな。別の考え方が確実にある。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85841

誰かがそうであることを望む自分がある。その誰かの代用物を今の自分を延長したものが認めるように思えない。…のが基本…。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85838

有責性に対する「愛」の問題といったところか…。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85837

しかし、「理解」する側に立って、相手が代用物で「納得」することがわかっていれば、暴力のコストと代用物のコストによって、「理解」が可能になる。多くの場合、時がいやす。…時間に本質的な価値を見出すということになるのだろうか?それは永遠の命がなければ言えないことか?

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85836

このとき、相手の暴力によって「これ」がなくなれば、それに代わる何かをすることは許されることがあるだろう。なぜ「これ」が必要なのか、なぜ代えることが許されたのか、それは「理解」を拒絶する。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85835

「理解」できないもの、価値でははかれないものとは何か。…永遠の命とか?作業仮説としてそれを選んで考えてみる。永遠の命に値するためには「自分」がこれを持っていなければならない、ことがあるとする。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85833

「理解」とは何か?理解したから、どうなるのだろう?この「理解」は価値を知ることではないか。金で埋めあわせることができるなら、その価格を持って理解したとできる。何がしかのものでとりかえれるなら、その何がしかの価格で理解したことになる。

JRF 2008年10月29日 (水)

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aboutme:85831

秘密ではないが理解されないものがある。理解されないがゆえに秘密にすることがある。秘められたことで守られているがゆえに理解を拒絶しようとする者がいる。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85830

終末を待つ…。待つことは残りを数えること…。何かを数えることで終末との距離がはかれる…。資金繰りの起源みたいなものにつながるのだろうか…。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85829

不義の子が養子となったりしたあと助修士となったり、何らかの形で聖化されていくことが罪価を穴うめすることになり、そこに経済的発展もある。その経済的発展の途中には十字軍的なものも是認しなければならないのだろうか。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85828

…「罪価計算」の罪が信託のように機能して、その部分は貯蓄のように扱っていい…とか。…「罪」のハッシュをタグ付きでブクマして「投げ銭予約」して、で、収められてないものの半分は危急のときは一時的に引き出すことができて…、とか。

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85827

修道的倹約をすれば人が何人生きられるか、一生をまっとうできるかが重要で、そうやって一生を過ごせた奇跡性が聖遺物の価値になる…とか?

JRF 2008年10月29日 (水)

aboutme:85733

ちょっと関心が離れすぎか…。でも、もう少し本を読もう。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85731

いや、「修道院では…」とか勝手に書いてるけど、実際あった修道院を調べていってるわけではないので、まぁ、その私の想像の範囲で勝手にそのようなラベリングをしてるだけ。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85730

週道院と言えば文化の保存。文化の保存…はデジタルの場合は難しくないので、価値の保存、暗号や署名を適当に維持することが重要になるのかな…。二次創作はむしろイコンとかもう少し東の文化を見たほうがいいのかな?

JRF 2008年10月28日 (火)

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aboutme:85729

儲けないように市場価値よりも安くグッズを売る。それが転売されないのが「神聖性」の証しになるか?グッズが劣化しないデジタル物の場合、それが「流出」しないことが劣化のないことになるのかな…。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85728

だから資産の運用により、何が保存されていると考えるかも、その「解散」時価値がベースになる。救貧的貸出をやって貸倒れる…でも、そこに別の「グッズ」で集めた金をすぐ積んでしまってはいけない。民間の中に修道的価値が育ってそれが修道院の「資産」となってはじめて、貸倒れが補填されるべき。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85727

修道院の持参資産というのは、土地を分けられない子にもそれなりの幸せと「責任」を与えるという封建性の考え方と、結婚持参資産の考え方の意図的な混交ではないか。修道院持参資産の結婚持参資産的意義は、解散時や「アンチキリスト」登場時に教育の核となれる何かを残すことにあるのでは。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85726

結婚の持参資産は、教育の原資が基本ではないか?相手先にわからないような文化も継承するためには、伝統的な何かを持っていったり自由になる金も少しは必要。何かがあったときの相続も、子に教育として残っていることを重視する…。精神性の継承が目的といっていいのでは…。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85725

結婚の持参金は何だろう。相続…のころには統合されてるはずだよなぁ。より有利な位置をというのは、親が生きてバックについていれば問題はない。親が急死した場合や離れた位置にいるから、というのは少しあるかなぁ。

JRF 2008年10月28日 (火)

aboutme:85589

額は少ないんだけどね。

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85588

あと買い物が多いときは、私は、精神的におかしなことになってることがたまにあるので、それも少し心配。

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85585

50枚組を別としても、買ってまだ聴いてないCDが20点を越えている。中古やバーゲンでバッと買ってしまったのが大きい。クラシックCDは聴くのに気合と時間がいるからなぁ…とイイワケ。いくらなんでもペースダウンしないと。

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85583

これと6月25日に50枚組のCDに関して書いた「罪価計算」と《投げ銭予約のアイデア》あたりを結び付けれないかな。

JRF 2008年10月27日 (月)

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aboutme:85581

この「ブランド価値」と、余剰生産力を結び付ける、というのは、現代のキャラクターグッズとか雑誌付録とかに通じる話じゃないか、とか考えている。

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85579

果実収得権も、余剰となった果実の収得が基本で、それがない場合は、「死」を受け容れますよ、というのが、修道院的な持参資産の運用ではないか?

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85578

持参「金」ということ語弊があるかもしれない。果実収得権なども考えるから「持参資産」というべきかもしれない。それが本当の金だとしても、その使用用途は制限される。というか、基本的には金ならば「ブランド価値」を高める(建物や芸術に費やす)他、貧者の救済的無利子貸付に使える、だけでは?

JRF 2008年10月27日 (月)

aboutme:85577

私は預金金利の上限を決めることには賛成なんだけどなぁ…。当然その規制が及ぶ範囲を決めるとなれば、業態規制もありえる。で、それ以外のところのペイオフについては、民間保険を強制するなりすれば、とか思うんだけど。そう思ってるような人って少ないのか…。

JRF 2008年10月27日 (月)

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