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創世記42章から45章、売られた身から宰相の位を得たヨセフが、彼と気づかない兄弟達を「試す」。そのときヨセフはそっと彼らが食糧のために払った銀を兄弟それぞれの袋に返す。兄弟達はその不思議に驚く。後に手品のタネを知った父ヤコブはこの「奇跡」をどう考えたかというところに思いが及んだ。

JRF 2009年12月25日 (金)

ヤコブは↓の家畜に関する「奇跡」をどう思っただろう。

《『創世記』ひろい読み - ヤコブの一神教》
http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2009/02/post-2.html

JRF 2009年12月25日 6164

ヨセフが銀を返したのは、親愛の情が残っていることと試したことへの罪悪感があるからだろう。それが兄弟達に「奇跡」を構成した。

ならば、ヤコブが神の業として家畜を思いのまま手に入れたとき、やはり何者かが働いていたのではないか。例えば、義父であるラバンが。

JRF 2009年12月25日 5538

だとすれば、ラバンにヨセフのような行動を採らしたものは何だろう。ラバンは妹リベカがイサクに嫁ぐ「奇跡」を見ている。ラバンは奇跡を求めたことがあるのではないか。ここからは想像だが、そんな奇跡はあるはずもなく、ラバンはむしろ罪というべきものを負った。ラバンはヤコブにおいて奇跡を構成する者のの一人となった。奇跡は罪を生むことを証明したかったということかもしれない。

弟ベニヤミンの袋に特別の品をわざと入れ糾弾したヨセフは、彼らの母、ラバンの娘ラケルからさまざまな話を聞いていただろう。

JRF 2009年12月25日 1713

ヨセフは銀を以って試すことにした。奇跡が争いをそして破滅をもたらすようなものかを。

兄弟達は恵みにただ浮かれることはなく、その意味、そこに繋る責任を畏れた。そして、罪もまた奇跡の一部であることをヨセフは証言する。

我々は希望を与えられたのだ。人は人が為す奇跡を担いながら生き永らえていけるだろう。

JRF 2009年12月25日 8156

メリー・クリスマス。

JRF 2009年12月25日 1845

修正:[ヨセフは証言]→[「被害者」たるヨセフは証言]。

罪を犯す明らかな加害者が「奇跡」を言いはったと読まれないために。

JRF 2009年12月26日 9070

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