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2009年5月24日 - 2009年5月30日

aboutme:102040

蒸し暑くなってきた。昨日も曇ってるから、と思って長袖で歩いてたら暑かった。

JRF 2009年5月30日 (土)

aboutme:101956

メッセージを受け取った上での情報拡大体  ̄(C) でも、s が「合法的」に参照できないのを Γ,Π |- ¬( ̄(C) |> s: String) と表す。で、公開鍵をメッセージで渡してない限り、s の合法的参照はないとかいう論理系を構成できそうに思うけど。そういうのないのか?

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101955

記録保持実体 C in Γ、やりとりされたメッセージの集り Π、文 s として、C は s を(導出して)参照できるのを Γ,Π |- C |> s: String とかで表し、

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101953

暗号通信を記号論理で検証するってどこかに絶対あると思うんだけどなぁ。フォーマル・メソッドとかで検索したやつがそうなのかなぁ。

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101952

徴兵制がなくなりそこがぼやけてるように想う。いや、律儀さを追及したとき、むしろその補償として人が徴兵制を求めてしまうのではないか。>知的営みに人の責務を見出す<と見立てるなら、記録保全主義を機能させるようにすることが、律儀さも追及できる余地を広げさせるのではないか。

JRF 2009年5月29日 (金)

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aboutme:101951

その社会の理想において、好奇心をもった侮[あなど]りは正義に、過去を生きる無関心は聡明さ…または律儀さ…に替わる。正義は(義務)教育がまともであることが導くのだろう。律儀さ…といっていいかわからないが、それは徴兵制が導くとされていたのではないか…。

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101950

親切な愚かさは誠実に替わらなければならない。社会が替えねばならない。民主主義社会の理想がきっと達成すること…自分を社会を構成する一員として確信し、学ぶことに求めた責任を自分が負うことを選ぶとき、誠実を現せる。

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101949

知識を言うがままに身につけるのも親切な愚かさの一部である。…いや、違うな。魔法は魔法でしかない。

JRF 2009年5月29日 (金)

aboutme:101948

消費者身分に求められた責任って何だったんだろう。知識から切り離され苦しんでも、親切な愚かさを保ち、その子の優しさに失われた知恵を先取りさせる。それは仕返しというものではなく、知に優しさを付与するための魔法のようなもの。

JRF 2009年5月29日 (金)

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aboutme:101907

この先完全なものを紡ぎ出すのに足らなくても、冗長になっても何度も同じ基本を踏みしめる。

JRF 2009年5月28日 (木)

aboutme:101905

それは国どうしを争わせてよいという意思を導く。迂遠だが約因・記念・操作的外観、そういったものを自由の中で創っていこうとすることが平和の道すじになる。たとえそのために多少の不愉快・発展の遅滞があったとしても。

JRF 2009年5月28日 (木)

aboutme:101903

約因は記念。記念はなくとも人々の行為はなりたつが、記念を通すことで人は未だ子として得ていない知恵を先取りする。記念により知恵を築くことを知識を得る難しさで置き換えるとき、挑戦に打ち勝った気になるものと誠実を諦めたものが増え、国から力が失われる。

JRF 2009年5月28日 (木)

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aboutme:101902

約因は契約が(国に)保護されるための要件だが、保護する何かを前提としたくない。約因によって外観を築かなければ、不公正に対する反対意思が現れうる。>「数」として向き合う人間との相互性が悪意をあぶりだす<ことになる。だから、個人に>責任がないよう<知恵をもって予防する。

JRF 2009年5月28日 (木)

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aboutme:101901

約因という契約に使う(アメリカ法の)言葉をそうでない場面で使ったが、つまり社会契約の約因で、公正を関係性の中に見出そうとするとき、契約に擬した要件を(私が)求め、約因という言葉を使ったということだろうか。そういうと少し違和感がある。

JRF 2009年5月28日 (木)

aboutme:101879

↓の記事、何をしたいのだろう。警察が民事不介入を見直して、慰謝料の請求などに協力できるようになれば、例えば強姦として報告される件数は増えるだろう。…警察が海外からの債権回収に協力して欲しいとか?「性的暴力が普通になっている」ことの是正…なら、むしろ「民間」にまかせろ、ということ?

JRF 2009年5月28日 (木)

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aboutme:101774

専門書に近い本を再読しようとする。おほっ、過去読んだ気がほとんどしない。でも、昔真剣に読んで、覚えてなくとも身になってるはず…役に立てるような人生じゃなかったけど。

JRF 2009年5月26日 (火)

aboutme:101770

信じる者は救われる。…と思って救いを探し続けないと見つかるはずないだろ?救いがあるとでも思わないと探す気力もわかないだろ?

JRF 2009年5月26日 (火)

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aboutme:101769

救いを求め続けて得られなかった人は大抵死んでる。だから、救いは得られるという期待がだいたい残っている。危機を自分で解決しようとしたものは大抵残ってない。そういう信仰はどんどん数が減る。…とか。…もちろん、聖書の時代でも、現実はそんな甘いものではないというのはわかってるのだけど。

JRF 2009年5月26日 (火)

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aboutme:101767

でも、結局グノーシスは廃れた。それは、実際の死に際しては、「霊」が肉を超えたという平常時の「洗練された認識」は、恐怖などにより「現実」性があまりにもなくなるということがあるからではないか。じゃあ、そうでない信仰がかのときに安寧をもたらしているか、というとそれもわからないけど。

JRF 2009年5月26日 (火)

aboutme:101766

なぜ霊肉二元論になったか。先の文脈からだと、個人の危機において、死を受け容れて、または、乗り越えて、何をなすべきかの判断を求める、ということは、その判断は肉体を超えているはずだ、というところから霊を肉の上に置く考えと整合性を持ったということではないか。

JRF 2009年5月26日 (火)

aboutme:101758

ナニ金であったように取付け騒ぎがあったときに定期預金を担保に別の金融機関から借金するときに残高証明用のIDも渡す。返済したら残高証明用IDは revoke (無効に)する。返済前の revoke は差し押さえの原因となりうるようにする。…とか。

JRF 2009年5月26日 (火)

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aboutme:101756

はずかしい話だが、過去ビョーキになったこともあって、通帳を親に預け、親が入出金を確認できるようにしている。同じようなことをネットバンクで行うために、ネットバンクで、残高確認だけができるIDを発行できるようにしたりできないだろうか。

JRF 2009年5月26日 (火)

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aboutme:101686

くしゃみ…はあいかわらず花粉症だからだろうが、咳も出てしまうのは気にしすぎてるのかな私も。

JRF 2009年5月25日 (月)

aboutme:101683

客観的な正しい知識を積み上げることではなく、主観的な正しい認識を洗練する、むしろ反知性の極になることが「宗教」の理想なのだという態度もあるか。つまり、反知性も責任を負いうる。そうやって生じる責任と、マイナスの負担を約因として生じる責任がバランスする。そこに(神の)意思がある…

JRF 2009年5月25日 (月)

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aboutme:101681

でも、そこには「社会」がすべての知識を含んでいく、そして適切に扶け合うことができるという前提があるのではないか。本当の個人の危機において必要なのは、ハッタリに似た確信で切り抜けれる体系を知識としてもつことだ、というのがグノーシスあたりになるのか。

JRF 2009年5月25日 (月)

aboutme:101679

だまされることに責任がなく、知識がなくてもだまされない社会が良いならば、なぜ知識をもつことが良いことなのだろう。…社会としてだまされないためには個人が知識をもちあう必要があるからだ。社会のため?社会主義?責任がないようにするためだから出発点は個人のため、とも言える。

JRF 2009年5月25日 (月)

aboutme:101677

数をこなさなくても、刑法的や奴隷法的には悪意があってはならない。あってはならないというか、「数」として向き合う人間との相互性が悪意をあぶりだすはず、とする。悪意の証言・ニュース・福音が知識として蓄積し、集団意思として悪意を駆逐する運動に入る…はずとしたい、だろう。

JRF 2009年5月25日 (月)

aboutme:101674

意思と知識は何が違うのだろう。過失責任の原則の裏側にある無過失無責任の原則に立ち、企業は無過失が立証できる知識を持ち悪意を忘れていく。それで良いのは、人も組織も知識が完璧ではありえず数をこなせば過失が生じる事例にぶちあたるはずで、そうでないのは喜ぶべき奇跡、神の意思だから、か。

JRF 2009年5月25日 (月)

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aboutme:101672

法・契約において、知識があることが不利にならないようにする。しかし、知識があるところに責任を認めたい。グノーシス主義と反知性主義の対立の法的側面。知識を代替するサービスに課税してでも課金し、そこから逃れて知識に頼ったことを約因とみなして特別な責任を求めてよいのだろうか?

JRF 2009年5月25日 (月)

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