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2009年5月31日 - 2009年6月6日

aboutme:102520

最近買いすぎたんだから、がまん、がまん >> 私。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102516

リアリティを獲得する…というとちょっと違う気がしますが、小説が現実に影響を与えるとき、実際の過去が影響を与えるようになしたとき、それは>過去としては別世界であるが未来において統合されるこの世界に創造者として責任を負<うことのインスタンス、イデアのみすぼらしい影なのかもしれません。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102515

私はA.ビアスの怪奇小説にインパクトを受け、SF などを書くときも心理的インパクトを与えたいと思ってきましたし、今も書くとすればその方向を大事にするでしょう。過去トラウマを与えたとすれば、申し訳ないかぎりです。が、本当にそういう人がいればむしろ狙い通りで私は喜んでしまうでしょう。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102514

そういえば、ここに小説のアイデアは書き込んでませんね。プロットを大事にしたいと思っているということでしょうか。案外、私は小説家として生きたかったのかもしれません。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102513

書きたいものが小説の他にいろいろあります。小説はそれらを書き上げてやっと書く気になる……ような感じですから、おそらくこの先一生小説を書くことはないでしょう。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102512

小説のアイデアみたいなものもたまに思い浮かぶことは今もあるのですが、あの頃のように読者に与える影響に注意して小説を書き上げようという気力までわくことはありません。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102511

だが、それを語れぬように私は言及を避けてしまうのだ。それに気付かせるようなものが和解の場が続く間に必ず現れうるなら、神は畏れとともに記憶されることはなかったであろう。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102510

刑罰という「右の手(40:14)」をもって、何故私は和解ができると考えうるのか。私が神と共に、刑罰の恐ろしさを表すベヘモットを創ったとき、神は私の想像外のレビヤタンを創造していたことを世に知らしめるだろう。きっと私はレビヤタンに似たものをすでに知っているのだろう。

JRF 2009年6月 6日 (土)

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aboutme:102506

屋根裏の柱のところで指の皮膚にトゲがささった。トゲ抜きが救急箱に入ってない…。木工をすることはまずないし、記憶のかぎりではトゲがささるのは子供のころ以来だからなぁ。

JRF 2009年6月 6日 (土)

aboutme:102481

[アイデア] Twitter等のつぶやき系サービスにAmazonレビュー連携ボタンを作ればいいのに。素人だと長いレビューはなかなか書けないし内容がないのも気がひける、一方、Amazon は長いレビューも大事だが評価の数も欲しい。キックバックがあれば三者の思惑が一致するのでは?

JRF 2009年6月 6日 (土)

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aboutme:102449

いや、そのまま「誤認識」だろう。良くて思考の補助線。考えるのに落ち着こう。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102448

思考をきわめようとして到達したところになぜか錬金術師やトンデモの影がある。もちろん、それは発想を自分の到達していなかったところに延ばしていった結果、否定的に見ていたものを再思考する過程で、疲労も重なって、そのような「誤認識」を持ったというに過ぎないのかもしれないが。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102447

間接侵害は、創造に対するヒルベルトの23の問題のようなものではないか。これまで見透しを立つ要素がなかった者にまで、その人類としての責任を負わせることで創造の時間を前借りする錬金術のようなものではないか。そのカルマを適格和解の交渉に費やせることで解消しようとする法理でないか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102446

それは一つの死生観でしかない。もっといろいろな認識に人は達しうる。だが、そういった観方は社会に存在し、それが無意識となって発明で一つの範[のり]を超えるような者を襲う。ある種の見神の体験はそのようなものだろう。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102445

いや、もしかして仮にそうであったとしても、それが人間としての一生で自分が負える責任に留まっていれば善い、ということではないか。そういう救いの認識は得られないだろうか。(逆にそうでなければどうなるというのだ。神に求めた責任を死後に負うとでもいうのか。)

JRF 2009年6月 5日 (金)

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aboutme:102444

過去としては別世界であるが未来において統合されるこの世界に創造者として責任を負っているということはないのか。関根訳 38:21>君は知っている筈、その時君は生まれていたし、君の年の数は大きいから。<

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102443

しかし、次元の形はそんな単純なものでなく、輪廻転生や時間遡行のような完全なループをもたなくとも、今の創造が過去の事象を産んでいる、ヨブや私が過去から現代を越え未来へと向かう一部に創造者としての責任を負っているということはありえないのか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102442

上下の「エントロピー」の無関係さは責任を負う必要のなさを暗示する。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102441

2009年05月08日のひとことのコメントに>負のエントロピーを増やす、すなわち「創る」のは「先超文明」の仕事であって、その文明にとっては我々からみた負のエントロピーもそうではなく(…)我々人類もどこかで負のエントロピーを発生させたとみなされる世界を異次元的に創造する<と書いた。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102440

我々は世界を二次創作することはないか。二次創作に責任はないのか、それとも二次創作には責任を問うほどの価値はないのか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102439

ここに旧約聖書の神が創造主であったことが救いの認識をもたらす。「自分は創った者ではない。だから神ではなく、我々が神に求めたような責任から自由である」。だがそれは創造者に責任があるという「無意識」を肯定することでもある。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102438

私の妄想体験に引き寄せ、その解釈を行き過ぎよう。ヨブは、神よりも正しいという主張を引き受けることで、ならば自分も神なのではないかという「恐怖」に襲われる。ヨブ記の神は、創造の知識を問うことで、創造主としての責任を他者のもととして信じさせてくれる。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102437

ヨブ記 第38章、神が嵐の向こうに顕現する。岩波版ヨブ記(関根 正雄 訳)の注釈。>ヨブは自分を中心に創造の世界を見、自分を創造者と対置した。(…)の問いにより神はヨブを創造の世界の中心から追い払う。その厳しい否定の後で、40:15はヨブをふたたび創造の世界に戻すと解される。<

JRF 2009年6月 5日 (金)

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aboutme:102421

なんてバーゲンに弱い私!控えようと思ってたのにCDを買い過ぎた。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102420

CA とかなんでそんなに複雑なんだ SSL にはいらんだろとか思ったが、一時的なもの以外、公開鍵の安全は証明できないが、署名や共有鍵については安全証明が確立しているので、後者をうまく使うという発想があるのだろうか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

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aboutme:102419

↓をチラと立ち読みしたが、元がパスワードなどの乱数列なら、文が解読できたか確認できないということが起こり、それを安全証明に使えるということか…。

JRF 2009年6月 5日 (金)

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aboutme:102418

…はぁ、休憩してあとで(後日にでも)考えよう。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102417

これを適格和解の枠組でどう行うか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102416

間接侵害プログラムが侵害でなくなるようにした上で、そのプログラムが適正価格で買え、メジャーになる者は、それを利子(+罰金)付きで購入するという「解決」も同時になされなければならない。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102415

どこが不公正かというと、間接侵害があるということで使用を控えている(二次)創作者が今後も同じ表現の権能を持って活動を行えないという不平等があるところだ。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102414

同人活動自体はどちらかというと「直接侵害」になるが、データをとるときなどに間接侵害があったプログラムを用いることもありうる。同人活動が著作者の理解を得て投機性を帯びメジャーになろうとするとき、過去に間接侵害プログラムを用いていたというのはいかにも不公正だ。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102413

「無教養物による高度な実行可能性をもった著作物」でどうだろう?「機器」についてのみ規制の対象としたいという要求にも合致する。Artistic な指図は間接侵害性をもたないが、指図を自動的に処理するプログラムは間接侵害性をもちうる。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102412

とすると「無意思物による」高度な実行可能性にするか?いや、じゃあ、鉄腕アトムのようなロボットが出てきたとき、そういうのは人間は意思がないとしたがるだろうから、高度な無意思物が実行可能な表現を制限すればかなり自由が失われる。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102411

ユーザーが読んで手順に従って…というような表現ぐらいは、むしろ自由でなければならない。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102410

著作物こそを対象としてから、その上で「表現の自由」を考える。とすると、その著作物の「高度な実行可能性」を要件とすればいいのではないか。でも「高度な実行可能性」とかいう法理ができると、自殺サイト認定とかに使いたくなるな。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102409

普通に考えれば「表現の自由」を重視してむしろ著作物の間接侵害性を否定し、「機器」についてのみ規制の対象としたくなる。公開鍵暗号のプログラムを書いた本の流出が原体験としてあったが、そこにボタンの掛け違いがあったのではないか。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102408

うーん、つまり、間接侵害については、著作権を間接侵害する「著作物」に限ればよいという話になるのか?デジタルAV機器については、そのソフトウェア的部分についてのみ、著作物性を認め間接侵害が問われる、と。

JRF 2009年6月 5日 (金)

aboutme:102363

街で感じた好奇の目線に鬱になる。マイナス方向の自意識過剰。

JRF 2009年6月 4日 (木)

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aboutme:102361

あー、もちろん、「自由」の側面も考えるべきなんだけど、(兵器製造)技術優位がなければ自由は守れないという主張の者も説得できないといけないから、今はこういう考え方をしている。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102360

…でも、それがどうして自然「独占」で法的「独占」なんだ?「独占」の言葉を使うのがヘンなのか?要再考だな。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102359

そして適格和解を求めるとき集約的技術を議論に乗せ、その条件とすることができることもインセンティブとなりうる。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102358

ここに MOD を認め「間接侵害」法理を利用することをもちこむと二つの面で技術集約にインセンティブが働く。すなわち MOD ができやすいということは何らかの技術集約の結果を使っているということで、そこから幾ばくかのリターンがあることは、そのインセンティブを作る。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102357

それは資格や規格がうまく設定できないから集約できてない、と考えるのは間違いで、企業に技術集約のインセンティブがあまり働かないのがそもそもの原因と考えるべき。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102356

それが他の産業に適応してきた競争政策が対応できない事態を生んでおり、それが非効率につながっている。具体的には中身を学ばせることで技能集約し、その教育方法が確立するという対応ができない。資格や規格がうまく作用していない。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102354

他の産業では技術を「まねる」にはその内部を知るのが簡単だが、情報系では「コピー」するのは簡単でも、その内部を知ったところで「まねた」というほどのものを作るのは難しく、むしろ外観だけ似せた別物を造るほうが容易なことがある。「著作物性」が技術継承だけでなく製造にも文化的要素を加える。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102353

製品が創られたとき、製造機械(そして製造機械を創るための技術習得)への投資も最初はなされまずは陳腐化するが、やがて、その技術に追いつくためのコストを払えるのは「大企業」だけになる。ただ、それが情報工学系に近いものだと違う、といいたい。

JRF 2009年6月 4日 (木)

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aboutme:102350

技術習得が(自国に)独占されていくのはむしろいいこと、だから、効率もいいんだという考え方がないだろうか。企業を超えたところに独占の利益を得る主体があって、パテントってのはその利益を分配するためにある…とか。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102349

自然であっても独占が効率的だというのはおかしいか?技術習得は大きな規模でやるほど有利になる、収獲逓増みたいな性格があって、効率的ではなくても仕方ないもので、法的独占というか「間接侵害」和解への参加という入金料で調整する…とかいうロジックのほうがいいのか?…いや、何か違うなぁ。

JRF 2009年6月 4日 (木)

aboutme:102343

健康が大事だと誰も思ってはいる。勤務間インターバルも結局「自己管理」で自分さえ組織さえ納得すればいい、それぐらいの責任を負えるのが社会人だとされてしまう。残業税のかわりに組合費や社会保険料をとるってのは、非正規にはつなげられないでしょう?残業税は名ばかりでもあったほうがいい。

JRF 2009年6月 4日 (木)

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aboutme:102296

今日は涼しかった。

JRF 2009年6月 3日 (水)

aboutme:102293

その自然独占を間接侵害による法的独占に替えれないかというのが私のアイデアの骨旨だろうか。軟体動物から脊椎動物への進化をイメージする…。全体としての自由度は確かに低くなるが、その中での多様性が逆に大きくなりチャレンジできる社会形態の幅が広がる…とできないか。

JRF 2009年6月 3日 (水)

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aboutme:102292

二次創作を認めることの問題は、いつまでも市場に古い技術を追い求める傾向が残り、企業体やギルドによる旧技術の自然独占が起こりにくくなり、二次市場・市場知識をめいめいが必要とすることと相まって、技術伝達がひいては社会が非効率的になることにあるのではないか。

JRF 2009年6月 3日 (水)

aboutme:102290

同人誌を作りコミケ等で売るのをセミプロ活動(プロに致るための活動)というよりも、若者なりの「努力」(or パトスの表現)を測るための訓練だったのではと考えることがある。 内田樹氏の書くような「失敗のための素人のお稽古ごと」に近いかもしれないが、相互評価という側面に私は注目したい。

JRF 2009年6月 3日 (水)

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aboutme:102287

人形作家さんの写真集だとただただ拝むだけだけど、「買える」ドールの写真集は、こう、何か、嫉妬みたいなものがあるなぁ。買える財力に嫉妬しているというのも少し違う。自分ならこうする、こう写すというのがなきゃいけない気がするというか…。

JRF 2009年6月 3日 (水)

aboutme:102250

ドールは好きだが、写真集までが出せる限界です。まさにハマると人生終るよ。というか手芸ができない、服も買うしかないとかなったらどんだけ…。

JRF 2009年6月 2日 (火)

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aboutme:102248

super な介入として元著作者の権利を使いながら、共同体的な同人活動を通じて技術を鍛え、そこである程度の「特権」…著作者に対する交渉権を得て起業につなげる、といったことができないか、とか考えて(今ゆっくり記事をしたためて)いる。

JRF 2009年6月 2日 (火)

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aboutme:102247

それでも私はあきらめてなくて、MAD文化・MOD文化に期待を寄せることになってる。もしかするとイスラムなどの経験から、二次創作というものは成功しない、>新作を作ることで回していくモデル<じゃないと大きなビジネスにならない、というのがあるのかもしれないけど。

JRF 2009年6月 2日 (火)

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aboutme:102246

そして日本のネットゲーは技術者と消費者を引き離すことを肯定できるところが引き受けていった…ちょっとレイシズム的な視線が入っているかもしれないが、確かにそういう視線がその後の日本のネット世相に重なる。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102245

思えば、あれは家庭用ネットゲーの先駆であった。小売店を通さずにデータが手に入る。「どうも実態が違うぞ」というのがあったのではないか。自分達が相手にしていたはずの層と、消費層が重ならない。その「現実」が受け容れられない…。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102243

模索自体はいろいろあって、娯楽性の追及の果てに技術的優位の夢も引き寄せようとしている、「上の人達」も何とかしようとしていると私は感じていた、それが「切れた」な、と思ったのが、Dreamcast の「失敗」だった。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102242

それがTVゲームの登場でおかしくなったように私は感じた。TVゲームのユーザーがプログラマーになって…というのはどうも無理があるし、かといって、プロ化の道も拓けない。それでもその時代の若者であった私は、この「努力」の先に何かできるはずだと信じた。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102241

体育会系でがんばった人は終身雇用を通じ鍛えぬく、囲碁や将棋を究め苦しくても尊敬を勝ちとれる、そういう道があった。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102240

努力は必ず報われると信じていたというよりも、若年者が努力しているところには未来があると信じて大人たちが社会が努力を報いさせようという意思があったし、だましだましであっても、その方向で回せていた、と思っている。

JRF 2009年6月 2日 (火)

aboutme:102231

国境を超えた社会保障の幻想のためのアジアの発展、それに寄与するための「空洞化」が中小企業を知能産業化し、国内での自由な生産活動を難しくする方向に働いたこと。その二つが大きいと思う…とか書いてみる。

JRF 2009年6月 2日 (火)

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aboutme:102230

経済労働問題において、失なわれたX年で決定的だったのは、雇用の流動化を行うとき、むしろ今でいう非正規の生き方のほうの社会保障を厚くしなければやっていけないはずなのに、雇用不安などの「現実」によってそれが主張できなかったこと。

JRF 2009年6月 2日 (火)

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aboutme:102170

うぅ。昨日、今日と「いつもの」腹痛。昨日はあぶら物にこころあたりがあるが、今日は、ちょっとおやつが重かったぐらい。睡眠も最近はリズムが崩れてたし、体調がおかしいのかな。花粉症が例年より軽いのが唯一の救い。

JRF 2009年6月 1日 (月)

aboutme:102166

ブクマ↓の補足。もちろんベーシックインカムに親和的な意見だが、実は昔は年功序列を支えていた意見(のはず)。努力を成果によって見るという発想は決してしてはいけない。成果を見るならどういう努力があったかを問うてはならないし、努力を見るなら評価者の期待する成果が出ると望んではならない。

JRF 2009年6月 1日 (月)

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aboutme:102161

でも、私が使いたい範囲では、そこまで話を膨らませる必要はないんだろうけど。

JRF 2009年6月 1日 (月)

aboutme:102160

でも、それってどういうことだ?なんか、私は計算可能論の三つのシステムの等価性「チャーチ=チューリングのテーゼ」をイメージしてしまう。計算量と鍵無限が、帰納関数論とチューリングマシン、super な介入がラムダ計算みたいな連想をしてしまう。

JRF 2009年6月 1日 (月)

aboutme:102159

「理想的な公開鍵」の解釈ってのは、つまり、計算量をちゃんと考慮するか、鍵の長さを無限にするか…それとも↓のアイデアみたいに鍵を知ろうとすると他者からの介入があるようにする…まぁ、そこまでいかなくとも super な介入がなければ鍵や暗号文の中身がわからないようにする、とか。

JRF 2009年6月 1日 (月)

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aboutme:102157

集合論的に示すとなると、計算量とかは普通考えず関数が在るかないかが問題となる。そこでは総当たり的な探索でよいわけで、鍵もメッセージで渡せるから有限の長さってことにすると、公開鍵から秘密鍵を必ずみつける関数があることになる。

JRF 2009年6月 1日 (月)

aboutme:102156

暗号通信の記号論理。(論理)システムの健全性や無矛盾性を示すために集合論的な解釈を考えるとすると、「理想的な公開鍵」ってどういうものにすればいいんだ?

JRF 2009年6月 1日 (月)

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