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2009年1月18日 - 2009年1月24日

aboutme:92978

アルバン・ベルク四重奏団『シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」』。凄い。昔から音楽はある種の狂気をあらわしていたんだなぁ、と思う。それにしてもシューベルト好きだな >> 私。若いころ聞いていたものを今思い出すごとに好きだったとわかるのがシューベルト。年齢か?

JRF 2009年1月24日 (土)

aboutme:92968

ひとことを寄せ集めて記事にできるものもあるけど、ほとんど書いたままのツギハギになるのはいかがなものか。かといって、まっさらな記事はまったく書きすすまない。

JRF 2009年1月24日 (土)

aboutme:92897

手が冷たい。

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92896

しかし、「吉」はそう辞書には書いてないんだよな。岩波の『易経』にも「吝」を「うらむ」と明らかに読んでそうなのに、そう書いてはいない。「吉」「吝」は易経においてはすでに意味の落ちた外語・古語表現ということなのだろうか。

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92895

天運が元[おお」いで、世の気脈が亨[とお]り、人の現在が貞[さだ]まって、事物の配剤が利[よろ]しい。

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92894

易経。「吉」の読みは「かなう」ではないか?(天意に)吉[かな]う。(天意に)凶[もと]る。(世情に)亨[とお]る。(不当を)吝[うら]む。(現在を)貞[さだ]む。そもそも「叶う」は「協[かな]う」の異体字というより「吉」の異体字ではないか?

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92893

慢心するだけのことが本当にあるのならば、あなた(私)が社会に関与しなければ分断が深刻になるだけだし、ただの慢心ならますます危うい。そう枠付けねばならぬよ >> 自分。

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92892

「一周先逝ってる人が復習するには丁度いい」とかいう記述を自分のこととして、ほくそ笑む私がいる。そんなことあるはずないと自分に言いきかせても慢心を修正できない。一周違いが生じてるのは確かなのにそれを是認するだけで人に慢心を起こさせるのは社会を分断しようというタクラミがあるのだ。

JRF 2009年1月23日 (金)

aboutme:92720

まだまだ私ががんばらないと。

JRF 2009年1月21日 (水)

aboutme:92719

私は、私のような危機に陥った知り合いがそのように私を見つけるようありたいし、ネットをこれからもそのようであらしめたい。誰かが危機になることを無意識に望まないよう夢想上の他者をしっかりおく。私がネットに公けに書くようになるまで8年ほどかかった。

JRF 2009年1月21日 (水)

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aboutme:92718

ネットに自由を求める。昔は、抑圧へ回帰させないこと・社会の発展を信じてのイデオロギー的な部分が濃かった。今は、かつての知人からの連絡を求める気持ちがそれを支えている。私が私の危機を過ぎたときネットに知人を求めた。孤独な私がやっと一人に連絡がとれたのを喜んだ。

JRF 2009年1月21日 (水)

aboutme:92652

それがすでに誰かを生かし得たからという以外ないか。それができてそれが見えるにはどうすればいい。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92651

夢想上の労働実体が必要としている道具を構成するよう自分の時間を投じていく、その軌跡がネットなどの公開物として記録され、プログラムなどの生成物を夢想実体に近い者が利用できる許諾の下に曝す。それが真摯なものであったと、どうすれば他者が現実実体としての私に、映じて生かそうとしうるのか。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92649

自分は「普通の人」ではもちろんないが、普通のあり方の一つとして affirmative にならなければならない。そしてそれは特別な成功がこの先あるからという形ではありえない(はずorz)。社会保険の他(?)に何をして備えれば典型としての実体を現せるのか。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92648

「公正な処分」に、秘密命令にはそのまま沿ってはいない情報の保管や管理の委任の余地を含めるのである。もちろん、ネットに、より有用な情報がより多く自由になるようにという視点もある。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92646

「不正の競争の目的」をネガティブリストとしていたのをかなり広げるなら、ポジティブなものを逆に設けることもできる。不正な方法でなされた模造品であっても保存等が民間でできることは良いことだと私はするから、「公正な処分は本法の適用はない」という一般条項をつくるというなら、それでも良い。

JRF 2009年1月20日 (火)

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aboutme:92645

適格性の証明に備えてバックアップを保存したり、連帯する組識の管理の下に情報を置いたり相談したり、といったことが、不安定であっても加罰的とされない立場でなせるべき。秘密の保存や訴訟につながる相談においての開示に、公正なものがあるとしなければならない。

JRF 2009年1月20日 (火)

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aboutme:92644

適格性は個人(等)との関係において定まる。全体として見れば適格な企業であっても、ある個人に通ずる関係において適格性を欠いていれば、その欠けた具合に応分な対応を、個人がとっても免責がなされるべき。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92643

営業秘密について、ブクマした。企業に害となっても「国民経済の健全な発展に寄与する」場合がある。改めるなら、社会の発展に寄与する論述活動をいつまでもブロックするような者は、秘密を命じる主体としての適格性を否定できるようにもすべき。…と。

JRF 2009年1月20日 (火)

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aboutme:92642

内部を維持するためのコストをその受益者に負担させる…それが公正を欠くのは外部が負担すべき部分も本来はあるからではないか。

JRF 2009年1月20日 (火)

aboutme:92587

ちょっとショックはあった。

JRF 2009年1月19日 (月)

aboutme:92586

ブログの写真(フィギュアの写真)が Google のアダルトサイト等のフィルタにかかってしまった。スパムとかワザと削除してないから、さもあらん、というか、まぁ、雑記については子供が大人の書いた物として接するには不適切かなと思っていたので、それでいいといえばいいのだけど…。

JRF 2009年1月19日 (月)

aboutme:92568

当事者たちが悔いや吝[うら]みを抱えても、嘉[よろ]しきをもって社会に寄すなら、悪いのはネットだったとするのが世事的に正しい対応なのかもしれません佞[ねぇ]。

JRF 2009年1月19日 (月)

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