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aboutme:117655

『日本の呪い』という本を読んでいる。そこに→のような記述がある。>呪禁師[じゅごんじ](…)彼らは、大きくわけてふたつの呪法を行っていた。人形を用いる「厭魅[えんみ]と動物の霊魂を操る「蠱毒[こどく]」である。(p.91)<

JRF 2010年1月16日 (土)

『日本の呪い―「闇の心性」が生み出す文化とは』(小松 和彦)
http://www.amazon.co.jp/dp/4334720986

この引用は↓の>半イメージ体(ロボ含む?)や獣人(ドラキュラを含む?)が産まれるイメージ<にピッタリ対応する。

http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/116617

JRF 2010年01月16日 2400

私はこういった思想的「伝統」から無意識的に影響を受けていたということか、それとも、「進化の根跡」的に辿り着いてしまう考えなのか。

もう一点、上記の本、いざなぎ大神が天中姫に授けたという「人形祈祷」と「弓祈祷」(p.65)も、心あたりがある。しかも、最近の私のキメラ言説(例えば↓)についてだ。

http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/116912

JRF 2010年01月16日 0657

人形祈祷に近いものは、最近、それに近いように遊んだ。弓祈祷については、本と違って、2001年の精神分裂症時に二つのハンガーを使って動物を模して踊ったことを思い出す。

これらは「天使」に関係する。どこかで「天使算」という文字列を見たと覚えているが…ググっても見つからない。(マッチの上に何人天使が乗れるかという神学問題ではない。)この「天使算」というものに、私は、消される補助線のようなイメージを持っている。つまり、半イメージ体や獣人は「有る」のだが、天使は「無い」もの、イメージを作るときに出てくるが身体を取らないものという印象がある。

JRF 2010年01月16日 3144

大事なのは、踊ったときの二つの弓も二つの羽に相当できる。そしてそれで踊ることの意味は、羽をどこに生やせば、何になるかということである。(失われたはずの魚のうろこにでも相当するのだろうか。)私の最近の結論を解釈すると、すなわち、他者に生やして心臓に迎えろということになっていた。「心臓に毛を生やす」?

本によると、弓祈祷の「蟇目法」は、>弓矢で太陽を射る恐ろしい法(。…)それにはトリックがある。たらいに水をはり、そこに映った太陽を射る<。月を射るなら、性交を表すとしていいのだろうが…。まぁ、しかし、精子が矢とすれば、弓は何になるのだろう…睾丸こそ二つの羽とするので良いのか?

JRF 2010年01月16日 5155

本当に実効のある「呪い」とは、何らかの病[やまい]だろう。それをくらわせるための準備をする…。しだいに近づいたり遠のいたりした「看護士」たちを思い出す…。性のしくみは、そういったことも取り込んできているはず…。卵は大地と結びついて性を決定することもあった…。病にも個性があり、重大でないものは個性に着目されない…。敢えて売春をしたことの意味…売春で病がうつるなら潜伏期間が必ずある…精の満ちるには個人差があってそれが来なくなるということは…。

JRF 2010年01月16日 4170

…いや、あまり意味を繋げた妄想はできなかったな。

ところで、なぜ性器の周囲には毛が残ってるんだろう?

JRF 2010年01月16日 8736

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