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子供のころは演技かどうかは見ればわかるという確信があった。「あの時代」には、正直に話さない者がおかしなニュアンスを出すことにする「呪い」のようなものがあった。

JRF 2010年2月 6日 (土)

小説などの「嘘」は、嘘をつこうとするものがマネしたときにボロを出すように仕組まれているし、自分もそう仕組まねばならないという「空気」を感じていた。

今なら、コメント等がヤラセかどうか見抜けると信じることに相当するだろうか。

どういうニュアンスがそうだったか、今ではほとんど思い出せない。それは、そのニュアンスがある種の妄想となる回路を自分の中に造ってしまったからのように思う。

正直さを狂気がなければプロも表現できないというのは子供じみた誤解だったのかもしれないが、ニュアンスがそもそもなかったというわけではないだろう。

JRF 2010年02月06日 7448

BS録画 サイモン・ラトル『ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサート 2008』を観る。

アメリカ人作曲のクラシックは失礼ながら「浅い」という印象があった。でも、コープランド『古い歌』の動物の鳴きマネを歌に取り入れているのを見て気づいた。

機械の音がある風景もそうだ。鳴き声が聞こえる風景も鳴きマネをする子供もそうだ。私はもうずっと見ていない。

そういうものが失われる…いや、違う。「自分」はそういうものを消したがるから、何が失われるか知る。

「警鐘」…いや、そういうべきではないだろう。だが、私は立ち続けるべきなのだと心に思う。

JRF 2010年02月06日 2045

2009年12月28日 NHK BS2 (再)放送
《NHKアーカイブス保存番組詳細:ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサート2008》
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090912280030230/

《ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサート 2008 を見る! - Wohin? - 楽天ブログ(Blog)》
http://plaza.rakuten.co.jp/Tea316/diary/200912290000/

JRF 2010年02月06日 3715

修正 「『古い歌』」→「『アメリカの古い歌』」。

あと「私はもうずっと見ていない」というのは明らかに事実と違う。工事の音はよく聞くし、池で鴨などが鳴いているのも見る。犬にほえられることもあれば、深夜に猫が鳴いているのも聞くことがある。

でもそれが「ずっと見ていない」という感想になった。自分の「家畜」でない…何かそれらといっしょに自分が生きてない気がしているということなんだろうか…。

JRF 2010年02月08日 2752

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