« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

aboutme:119666

案外、これから消費者庁をどうするの?という問いがあるのかな。

JRF 2010年2月19日 (金)

直前のひとことのトヨタ問題の文脈とその前のユニバーサルな給付について考えると、そういう像が浮かんでくる。
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/119635
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/119507

過去の私の2008年03月16日のひとことに↓のようなものがある。

JRF 2010年02月19日 4819

>一つはじめに言っておかねばならないのは、現代の「身分」は消費者が企業所属者に対して有するような特別の優位としてあらわれてくる。現代という状況においてあえて「差別」を問題にする者は、その優位をなくすものと無意識的に共闘することになる。

それは「消費者庁」なるものを唯一的組織とするように力をはたらかせることと同義になるように思う。これから先の「税制」の造り方によっては目に見えるものはそこにとりこまれていきかねない。…ネットにおいてお互いには完全で匿名な連帯を持続する。それが私にできるささやかな抵抗だ。

JRF 2010年02月19日 1291

>これから先の「税制」の造り方<というのは、ユニバーサルな給付に実質的に条件をつけ、かつての配給制度のように「隣組」などで監視することに懸念があるからである。

私は消費税の還付を持論として持つが、それは消費を監視するという考えと高い親和性を持つ。でも、私がそれでいけると考えるのは、それがコンピュータの非人間性(全人類の処理能力を超えた大量データ処理など)を基盤とすれば、消費のデータを収集することになっても、それを無差別に扱うことができそうだという予感があるからである。

JRF 2010年02月19日 4854

名指しするようなことなので直前の引用の言に反し、申し訳ないが、これは↓に書かれたコメントに反発したものだった。

《「自由と平等」のレトリック [ JRF の私見:税・経済・法 ]》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/11/post.html

コメントへの反論で次のように書いている。

JRF 2010年02月19日 8651

>法律違反に追い込まれる人もいる。そうですね。私もいつかそうなりそうな気がします。きっとそれは潜在的な差別状態が顕在化するということなんでしょうね。差別問題という枠にはまれればきっと社会が振り向いてくれるでしょう。引き込もりがワーキングプアとなってはじめて労働問題となったときのように。さしずめ、その枠は「人生」というものを賭けて用意されているんでしょう。

法律で機会をあたえていく。すばらしいです。法をつくる人間を信頼できる社会はすばらしいです。法が支配する社会に差別がない。時代ごとに新しい差別問題がつくられるはずなのに、それがないとは!そういう時代はほめたたえられるべきです。

JRF 2010年02月19日 1959

参↓。
《「結果」の平等、「機会」の平等》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/02/post_2.html

《JRFのひとこと:…昔は年功序列を支えていた意見…》
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/102166

keyword: 平等

JRF 2010年02月19日 3571

>現代の「身分」は消費者が企業所属者に対して有するような特別の優位<というのはかつて別のサイトのコメント欄で匿名で論じたことがある。著作権が財産権かという問題だったか。

現在は、身分権と言えば親権を指すぐらいであるが、沿革的には、貴族の特権などがありえたのだろう。

現代は貴族制度のようなものがなくなったので、身分権が親権だけになったという論なのだろうが、現代では新しい「身分」権として逆に弱い者に特権を与えるという文脈がある。労働者の団結権や、消費者のクーリングオフの権利などである。「身分」を認めないという姿勢は大事だが、ともすると、それは弱い者に作るべき新しい権利を阻害する方向で働く。

JRF 2010年02月19日 1602

《著作権は財産権ではない - 池田信夫 blog(旧館)》
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f15e12589f16263b4a505a559659f2d4

《権利 - Wikipedia》
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%A9%E5%88%A9

新しい「身分」権というのは、どこかの本で仕入れたネタだったように記憶するが、出典を覚えていない…。orz

JRF 2010年02月19日 7018

↓のニュースを見て最初のように思ったという側面もある。

《iTunes Storeでの不正請求問題、消費者庁が公開質問状を出す - スラッシュドット・ジャパン》
http://slashdot.jp/apple/article.pl?sid=10/02/19/0631240

JRF 2010年02月19日 9842

かつて(今よりも)地域による差別というのがあった。

ほんの数年前まで「特区」という考えがもてはやされた。これも「弱い者」に法的特権を与えるという文脈になりうる。これをとても長い間やっていると、遠い未来には、それが差別的感情の根拠となり、結果、法が差別を認めているということになりかねない。

また「言葉の問題」もやっかいで、法律関係の理論でも、包摂関係等を嫌い、分類をキッチリするという傾向があるのだが、労働者の消費税還付分は給料に含めて渡すというありうべき形が、「消費者」「労働者」をキッチリ分けることにつながり、遠い未来には「ショウヒシャ」が差別用語になることも、想像を逞しくすればありうる。

JRF 2010年02月20日 2256

だから新しい「身分」権も遠い未来まで考えると問題がないとまではいえない。でも、そこは民主主義を信頼し、そこを維持することを図ることで、もって修正を次世代に託すべきなのだと思う。

JRF 2010年02月20日 3447

>「消費者庁」なるものを唯一的組織とするように力をはたらかせる<というのは、弁護士の定員増をしてクラスアクション(集団訴訟)を起こしやすくするという流れが絶たれ、消費者庁の外郭団体としての「NPO」しか消費者の利益を代表できない形になることをだいたい指す。

国と関係をもたない団体は、消費税還付などから得られる(プライバシー)情報から法的に疎外され、被害の広がりを国と関係のある団体ほど知り得ず、資金的にたちゆかなる…というシナリオになろうか。

JRF 2010年02月20日 6251

2008年12月10日、11日のひとこと。
>訴訟信託や集団訴訟の前に労組があるという「社会主義」。雇用がなければ消費はない…消費で争っても雇用に手を回されて切られたら元も子もない。だからまず雇用を確立する。(…)雇用と消費の間には結婚や家族が入ってくる。<
>消費者に「被害」があったとしても、それで得をとるようなことはない、ただ、健康保険等を充実させていれば数多くの不幸と大差はない。責任は、止められなかった労働者にもある。責任を共有することになれば、その子が生きる社会を通じて「資本家」は転向していく、と考えるのだろうか。<

JRF 2010年02月20日 7091

消費者庁の発想は SNS に似ているように感じる。SNS などの「連帯」は、連帯して誰を排除するんだ?と私に警戒させる。
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/91355
>実体として同じ責任で連帯をするわけでもなく、ナショナリズムを連帯と言ってしまうなら将来すべての人が連帯するという「理想」があるわけでもない。法による社会形成をあきらめ「連帯」を志向するのは秘密ある「内部権力」を認めることだ。<

JRF 2010年02月20日 6168

>匿名な連帯<は結局のところ商業活動において担保しなければならない。↓で支払い専用匿名口座 (POAA)と名義非公開入金口座番号 (UIAA)を提案している。↓の対称物として私が想定していたのは本来、納税者番号制度ではなく、消費税還付であった。↓には「内部」がどうしても権力を持つことなども書いている。
《「日銀カード (仮称)」構想》
http://jrf.cocolog-nifty.com/archive/nichigin-card.pdf

JRF 2010年02月20日 6200

2009年07月21日のひとこと。
>長期に互いに知り合わずに物資を手に入れられる前提として、物資を手に入れるための仕事をどこで見つけるかという問題がある。働き口の「親方」が仔細を問わない可能性があるのは、商品を誰が作ったか消費者が気にしないことが担保となる。

もちろん、そこには搾取の構図がありえるわけだが、同時に「匿名者」に働くチャンスを提供しているという側面がある。この構図がうまく作用すれば本来なら人々は匿名の貧困者をなくそうという方向に動くはずである。<

JRF 2010年02月20日 6494

コンピュータの非人間性を基盤にするといっても非人間性がすべてを支配していいというわけではまったくなく、それへの対抗策として私は実は裁判員制度を位置づける。(参、2010年01月27日のひとこと↓)

http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/118272

JRF 2010年02月20日 0210

新しいユニバーサルな給付を足がかりに、古い給付の「非人間性」を柔らげていけたらという期待もある。
(2009年04月24日、25日の生活保護と扶養義務に関するひとこと。)
>扶養義務を求めたことがリンクを失わせる原因になってる面があるように私は感じる。

「教育の義務」は「子供が教育を受けられるようにし導く親の義務」であるように「扶養義務」は「家族が扶養できるようにし促す国や地域の義務」とする。すなわち、「扶養回復権」…扶養関係者が望めば扶養できるように行政が連絡をとり手助けする権利、として構成すべきではないか。<

JRF 2010年02月20日 1611

« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/93568/51548688

トラックバックのポリシー

他サイトなどからこの記事に自薦された関連記事(トラックバック)の一覧です。

» cocolog:70267312 from JRF のひとこと

TPP は SNS 的という印象。SNS は私は排除の論理として嫌っている。そういう私には、TPP の何が自由貿易的なのか、理解できない。出ていけとお互い言いにくい関係を元に各自が品目の実態を決めるのは、どちらかと言えば朝貢貿易に近いものでないのか。... 続きを読む

受信: 2012-01-04 16:06:53 (JST)

» aboutme:127257 from JRF のひとこと

「暴力団」または「反社会勢力」に対するとしてなされる排除が安易になされすぎているように私は感じる。憲法第14条1項の「法の下の平等」は「経済的」にも差別されないことを謳[うた]っている。ネットを見るとSNSなどある種の差別が平気で行われているから感覚がマヒしているのではないか?... 続きを読む

受信: 2012-01-05 14:03:34 (JST)

» aboutme:125348 from JRF のひとこと

我思うゆえにありうるのは我々までであって、我が自立して存在するとまではいえない。しかし、常に我々と思えないほど人は絶望的に孤独であり、そこに多くとも「我」しかない。孤独ということは、私を我々と思うのを Imaginary に留めねば、生物として危ういということである。... 続きを読む

受信: 2012-01-05 18:00:40 (JST)

このころのニュース