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妄想的症状のようなものに苦しんでいる。ニュースが「はら」に痛い。ストレスによる胃痛というのを聞くが、その範疇[はんちゅう]にはいるのかもしれない。ただ、これは過去の精神的な病[やまい]において経験しているものと同じだろう。先日は左手が、今日は右手が痛いというのもあった。

JRF 2010年3月30日 (火)

日曜日はそういう具体的な痛みはそれほどでもなかったがそれでも苦しく追い詰められるような感じがして、アバウトミーに書いて発散しようとしたり、深夜、こころの救急電話に心情を吐露させてもらったりした。

昨日は、精神科の主治医の先生のところにもいったのだが、そのときは待ってる間も苦しくなかった。

が、今日、父の見舞いから帰ってきて、今度は痛みがあるほど苦しくなってきている。明後日、主治医に予約をとっているが、それまで気晴らしで乗りきれればと思っている。

JRF 2010年03月30日 2157

アバウトミーで「発散」したときに書いて、後に消したのは↓。

>「稼げるように必死で試みた人の意見ならば聞こう」…か。私は身売りするほどにまで必死になって、「稼げるようには」働いていないし、そもそも「働い」てもいない。それでも表現の自由があるのでしょう!それともそれは言うだけ言わせる、その階級に対しては聞く耳はもたないという権利ですか?<

>そして「民主主義」なのだから、もっとニートを増やせ、と?<

この発言単体ではいつもの私の範疇に入るだろうが、苦しんでいたこと、元の文意を誤解していることを自覚していたことに留意し、ひとまず消した。

JRF 2010年03月30日 6066

このひとことは、↓を受けてのものだったが、文脈としてはそれほど「ニート」をないがしろにするものではなかった。

http://twitter.com/kayokofujimori/status/11147771230

これを見たあとこれと関係なく苦しんでいる間にふつふつと「今、そのひとことを表現の自由につなげておかなければいけない」という考えが浮かんだ。

書いたときには「試みる」が「働く」とは別の観点を持つことに気付いていたが、「発散」するため、書いてしまった。罵詈雑言[ばりぞうごん]のたぐいと見なされてもしかたがない。ご寛恕[かんじょ]願いたい。

JRF 2010年03月30日 9737

(ただ、ある意味「その程度のこと」をここまで長ったらしく弁解「せねばならない」と感じてしまうところが、今の私の病の状態なのだろう。)

JRF 2010年03月30日 9187

頓服薬[とんぷくやく](異常があるとき、緊急時、私の場合は眠りにくいとき、などに飲むため渡されている薬)を飲んで一晩ぐっすり眠れた。かなり前から使わずに済んでいたが、24日に使ってからここ数日何度か使っている。昨日の痛みは今はほぼない。

JRF 2010年03月31日 5297

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