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aboutme:130882

大陸から見れば、島は海洋テリトリーにたまたまあるものであるのに対し、島国にとっては、島の離合を認めることは自国の主体性の喪失を意味する。その両者のロジックの違いを強調すれば揺さぶれるというなら、単純なものである。

JRF 2010年9月20日 (月)

大陸国と島国の違いを突き詰めて考えると、それは首都の可能性をそれぞれの島に認めるかどうかにあるのではないか。首都が陥落するなど何らかの事情で、それぞれの島を(小さい島の場合集合させて海上都市にするなどすれば)国全体の首都としうると考えるかどうかにあるのではないか。大陸の場合、いくらなんでも島にあるまま首都としない。(亡命政権はありえるかもしれないが、それを認めるのは外の島国でしかなかったのでは?)

JRF 2010年09月20日 0363

この見立てをしたとき、現代の中国は特異な存在であることに気付く。すなわち台湾問題である。台湾の政権だろうが「一つの中国」を主張するということは、台湾が中国の首都として中国大陸全土を支配することを認めると解釈できる余地をあえて残している。

もし、台湾が中国大陸を支配するなら、大陸棚まで領土であるという主張は取りにくいだろう。だから、台湾に援助を…というのは、ある意味これまでの枠組で、しかし、正直「解決」はもたらさなかったと見るべきだ。私はもっと大きな枠組を考える。

JRF 2010年09月20日 8730

このアジアの周辺問題でも、やはりキープレイヤーはアメリカである。アメリカは大陸国である。しかし、大陸国という枠組に立つ限り、「解決」がなかったのだ。

アメリカには国連本部がある。世界を一つの島国と考えれば、アメリカはその島国の首都と見立てることができる。ここに、上の島国の論理を適用できるように導けないか。

JRF 2010年09月20日 0854

それは一つには、国連の島「国」としての機能を増すことであり、もう一つは、首都の可能性が他にあることをアメリカが意識するようになることだろう。

よって、やるべきことは、まず、後者のために、国連憲章(以下)に本部移転の手続きを定めるよう動くこと。

そして、前者のため、台湾が中国を支配できる力を持つには、日本がアメリカを支配する力を持てれば十分だろうから、日本の判断でアメリカの支配に相当する行為をアメリカに対してできるようアメリカが認め、当然、その能力は日本として世界には使わないが、国連としては使えるようにして、国連の能力向上を謀[はか」ればよいのではないか?

JRF 2010年09月20日 7970

迂遠というよりは無理スジかもしれないが、これが、今回の「問題」に対して、私がなすべきと思い付いたアウトラインである。

JRF 2010年09月20日 5391

少し現状のニュース(噂?)について。

《“故意に衝突”ビデオで裏付け NHKニュース》
http://www.nhk.or.jp/news/html/20100918/t10014074001000.html

ビデオはマギレの手か。上の能力が、裁判に対する捜査能力となるものならベターか。

keyword: ロボット・ブイ
keyword: 時間記録

JRF 2010年09月20日 7921

《ニューヨークタイムズ「尖閣諸島問題は中国側の主張に分がある」 : 低気温のエクスタシーbyはなゆー》
http://alcyone.seesaa.net/article/163038449.html

米国人の支持というのは、「大陸国」の文脈として「想定の範囲内」ではあるだろう。やっかいだが。

JRF 2010年09月20日 6226

《asahi.com(朝日新聞社):ロシア・ノルウェー、境界画定の条約署名 40年間論争 - 国際》
http://www.asahi.com/international/update/0916/TKY201009160119.html

上のややこしい「未来的」な方法よりも、こういった解決のほうがマシだと思わせることが、この方向の解決につながるかもしれない。

JRF 2010年09月20日 2708

たまたま出あった関連記事。

《財政再建か、安全保障か: 極東ブログ》
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/09/post-fe53.html
>> 英政府が核ミサイル搭載の潜水艦4隻の更新計画を巡り「壁」にぶつかっている。<(…)2009年7月、日本の有事の際、米国による「核の傘」がどのように運用されるのか、米国と具体的な協議をするために定期協議の開始を米国と合意した。(…)後、この定期協議の計画は潰えている。<

JRF 2010年09月20日 6797

仮に手続きや歴史的経緯に問題なかったとしても、相手がそれを問題にしているなら、「問題は存在していない」というのは詭弁だ。もちろん、そういう詭弁を使わないと決めて話に臨むなら、問題が存在するだけで「お互い譲歩」とはならない話があるということになるけど。

国際的な(小さな島々が懸案としても)大きな問題に「すべての責任」をどちらかが一方的に負うということはありえない。(そういった言い方を前々から私が嫌いなのは↓を参照。)

《「すべての責任は私がとる」の無責任》
http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2006/02/post_28.html

JRF 2010年09月24日 9536

どこの学生運動か官僚言葉かという印象をもつが、そういったわかりやすい言葉じゃないと伝わらないのが、外交政策の現実であるのかもしれない。

まぁ、「すべての責任」うんぬんはいかにも昔は日本側も使ってそうな語法だが、普通に聞けば最後通牒だよな…。

JRF 2010年09月24日 0363

上の言葉の記事(ランダムチョイス)。

《外務省、尖閣問題で「中国に分がある」コラム掲載のNY紙に反論 - MSN産経ニュース》
http://sankei.jp.msn.com/world/america/100921/amr1009210949003-n1.htm
>「そもそも尖閣諸島をめぐる領土問題は存在しない。」<

《中国外務省 “強い対抗措置” NHKニュース》
http://www.nhk.or.jp/news/html/20100919/t10014086531000.html
>「それによるすべての結果については、日本側が責任を負うことになる」<

JRF 2010年09月24日 0174

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