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フィードバック入力の「マイナスの」時間遅れ…って応答が予測をしていることになるから変に思うけど、要するに、「本来の入力」が「フィードバック入力」のフィードバックになっているということだよね?

JRF 2011年2月25日 (金)

電気回路のような、相互作用が極限にあってそれを相互作用と意識しない系であるのに、フィードバックという考え(因果?)を持ち込むから、相互作用が起きる条件になるとおかしく感じる。

JRF 2011年02月25日 8904

「言わんでもええ」ことがあるのは、肉体が個人にとっては「積分要素」、社会にとっては「微分要素」的に働くからで、社会のフィードバックを個人が受けとり、個人のフィードバックを社会が受けとっているとき、個人の行動が個人の思考を先取りするというのは、フィードバック入力のマイナスの時間遅れの話と同じで、あるものを認識したいという気持ちが、それが認識できるような行動を起こすが、その気「持ち(積分要素)」の出所が個人ではなく社会といっていい場合がデフォルトであるというに過ぎないのではないか?

JRF 2011年02月25日 0411

(逆に言えば、その間にこそ「意識」はあるのだろうか?)

《JRFのひとこと:我思うゆえにありうるのは我々までであって、我が自立して存在するとまではいえない。しかし、常に我々と思えないほど人は絶望的に孤独であり、そこに多くとも「我」しかない。孤独ということは、私を我々と思うのを Imaginary に留めねば、生物として危ういということである。》
http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/125348
>意思と知識はあたかも、電場と磁場のような関係に想える。<

JRF 2011年02月25日 4266

何をデータとして拾うかも大事で、科学実験なんかは、一つでもしっかり分析できるサンプルを得るのが重要という点では、論理和的な観方をしていると言えるし、投票みたいに母集団に対する比が重要というものもある。さらに、金属の生産などのように母集団がどれぐらい必要かは重要ではなく、とにかく欲しい性質はがっちり決まっていてその数がある程度の短い時間で集まればいいというものもある。

一番最後なんかは、「フィードフォーワード」にあたるんじゃないか?母集団の大きさという係数が落ちてるところあたりは、臨界とかを思い出させる。

じゃあ、残り二つが両方フィードバックに使われるか…というと何かおかしい気もする。

JRF 2011年02月25日 7542

実験で想定するのは、何を何が感じてるかを調べてる様子で、それが論理和でいいというのは、排他的(ON-OFF的)ループがそこに存在するからなのか?…いや、その解釈は自分勝手にマイナスの方向に読み込んでるだろう…。

《時間泥棒の夕べ - 排中律と call/cc》
http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2011/01/post-1.html

(そういや、泥棒が働くのは常識的にはむしろ夜だな。書いたときは逆の意図だったのだが。(^^;))

JRF 2011年02月25日 8955

……。

制御理論、昔習ったことがあるのだが、ほぼ忘れていて、ここ数日、それを学びなおそうとしている。ただ、最初のところで引っかかっている。上のほか、確か、比例制御に積分制御を加えるデメリットというものが、安定性とかのその先で出てくる議論のほか、モデルの作り方の段階で、何かあったはずというところで止まってしまっている。

「積分要素」=記憶を使ってしまうことで、実は相互作用として現れている「自分」の可能性をつぶし、適用できるモデルを整った時間に限定してしまっているのではないか…とか。で、逆にそこから「安定」という概念の別の意味が見えてこないか…とか。

JRF 2011年02月28日 0213

……。

いや、違うな…。

記憶は「積分要素」というより、「微分要素」ではないか?

肉体のように残るものが「積分要素」だから残る記憶も「積分要素」と安易に「=」でつなげてしまった。でも、記憶をつかうとき、それは残っているものがそのまま作用するのではなく、想起によって、好きな時点の記憶をつかっている。これは肉体の作用の仕方とずいぶん違う。

JRF 2011年03月05日 5587

これは、むしろ肉体が反応により心に起動した何かが、ここに続きフィードバックするに有用な何かを得るために描いた関数形を、記憶だとラベルして想起しているだけ、「微分」に近い何かではないか。その関数形は本当はもっと夢想的でも、肉体が解釈するために、記憶の再生として記憶されていっているだけではないか?

JRF 2011年03月05日 6079

関連は↓か。

http://jrf.aboutme.jp/user_statuses/show/124531
>吸い殻のフィルタを集めたり、喫煙者の肺を解剖したりすることで、わかったことというのもあったのかな…?(…)かしわ餅やちまきを見て考えた。餅で葉の表面についているものを採っているようにも見える。かしわ餅と桜餅の地域ごとの生産量と消費量を調べればわかることがあったのだろうか?…と。<

JRF 2011年03月05日 8313

実物を保存すること、保存したものが熟成されて何かを発しているなどしていれば「積分」として作用しているということだが、それが想像力を刺激して作用しているというのは「微分」であると考えたいということか。

でも、それは「微分」と言えるか?…いや、解釈者を想定しない普遍的予想が形を持つというのはかなり特殊な時空間でしかありえない(逆に言えば時空間を特定してしまうものな)のではないか…そもそも「微分」という考え方が何か欠落しているのではないか…。

JRF 2011年03月05日 1185

……。

肉体が「積分要素」というとき、鍛えていけば自[おの]ずと解決する…問題が解けないとき考えるよりも練習問題を解いていっていれば、それが解けていた自分になっている…といったことを想像する。

JRF 2011年03月05日 0520

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