cocolog:69908859
報道機関が中立ではないというのはあたりまえのことだが、中立であろうとする必要がないと考えるのはおかしいよ。 (JRF 7177)
JRF 2011年9月23日 (金)
予算獲得のためのセンセーショナリズムは、どちらかというと諜報活動に近いだろう。「報道には経済的・政治的独立性が必要だから、「広告活動」で得た収益で報道を支えるというモデルが合理的で、「広告活動」だけをする者が優位に立たないよう許認可権を駆使するという話だったのかもしれない。
ただ、テレビに関してはそうだとしても、新聞が必ずしもそういうモデルではないのは、文を日常的に読む層が限られる…識字率を増やす仕組みと関係があるのだろうか。
JRF 2011年9月23日 2083
……。
8月21日などに「フジテレビ抗議デモ」があったとネットでは話題になった。
《フジ抗議デモ『まとめ&後日談』~うはwww俺、雑誌デビューかよww~ - とある青二才の斜方前進》
http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20110902/1314960806
私の勝手な思い込みだろうが、日本で使われるネット技術は実は今やハードだけでなくソフトでも中韓が本場と言え、テレビの中韓偏重、ネット民の中韓軽視は、テレビ側からのネット技術の囲い込みの仕掛けであったかもしれない。
JRF 2011年9月23日 4414
当然中韓の会社も、求められる品質のためには日本語要員が必要だろう。00年代のネット会社も含む産業界からのアプローチ(例えば↓)が、その後、実を結んでなければおかしいということなのかもしれない。([aboutme:106308] で書いた年金とかの問題もあるだろうし。)
《中国を舞台に仕事する!~ライブドア~ - [中国語] All About》
http://allabout.co.jp/gm/gc/57247/
>顧客への電話対応をするためのコールセンターを大連に設置しているのです。(…)日本人を採用して中国へ派遣することで、研修などの時間的コストが削減できるわけです。<
JRF 2011年9月23日 2795
ちなみに、ライブドアはフジサンケイグループにケンカをしかけたとされ、その後つぶされた企業というのがあの時代の私の認識。
《ニッポン放送の経営権問題 - Wikipedia》
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E6%94%BE%E9%80%81%E3%81%AE%E7%B5%8C%E5%96%B6%E6%A8%A9%E5%95%8F%E9%A1%8C
JRF 2011年9月23日 9045
《ライブドア事件 - Wikipedia》
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A2%E4%BA%8B%E4%BB%B6
↓を書いたときとかはTBSの前で「ハンガーストライキ」でもする必要があるじゃないかと考えたこともあるが、テレビ局に対してはそういった著作権法がらみでの反感はあっても、そのごショーバイには私に批判はない。
《文化祭と著作権の問題から私的翻案を考える》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2007/11/post_2.html
JRF 2011年9月23日 5127
>本稿のキッカケとなった特集を私は観ることはできなかった。(…)友人のいない私が合法的に観るチャンスはない。原典にあたらなければ正当な批評ができないという立場があるとすれば、私は永遠に「正当な批評」から疎外されるのが彼らにとって正しいあり方というわけだ。
疎外された私は二次的創作物であるブログを主に参照して記事を作っている。
排他的権利によって守られるTV局が担う「表現の自由」は、市民社会にとって確かに大切なものだ。だが、今の状況をかえりみるに「表現の自由」には、もっと基本的なことが含まれているように思えてならない。
<
JRF 2011年9月23日 6425
……。
↑の保守系のデモと比較する形では左翼系となると思うが、9月11日には全国で「脱原発」デモが企画され、9月19日には新宿で数万人規模の「脱原発」デモが行われた。
《日本人がやっと抗議したと欧米人が安堵? 数万人の脱原発集会(gooニュース・JAPANなニュース) - goo ニュース》
http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20110920-01.html
JRF 2011年9月23日 0234
《Twitter / @finalvent: 80年代の反核運動がソ連核に沈黙してたように、同じメ ...》
http://twitter.com/finalvent/status/116289653451141121
…反原発デモは、イランや北朝戦の核に何も言わないかもしれないが、アメリカの核についても何も言っていない。
JRF 2011年9月23日 8298
参加に交通費とかトイレの確保とかが必要だったりするから、資金の出どころってのはあるのかもしれないが、フジテレビデモも脱原発デモも、「これまでの組識」だけが何かをやってるわけでもなさそうだと私は見る。
それに、そういったとこをいうなら、ブロガーだってあやしい存在でしょ。まず私はニートだし…。もちろん、「アルファブロガ」ぐらいになれば、他の仕事しながらできてる人が多いんだろうけど。
JRF 2011年9月23日 8865
……。
私の両親はよく旅行する。私は家にずっといるのだが、旅慣れてないことを言い訳としてボランティアに二の足を踏んでいる([cocolog:69715519])。
本当は、そういった「移動の自由」についても「不断の努力」で守っていく必要があって、それが民主主義のプロトコルにおいては、デモの大きさとなって現れるべきなのかもしれない。
私が旅をしない理由の大きなところにネットの存在がある。省エネルギーの観点からも移動をできるだけしないほうがいいし、そうできるのがネットの可能性なのだという考え方を持ってしまっている。
JRF 2011年9月23日 4496
もちろん、ネットと政治の関わりも考えるが、SNS 的な組識力学よりも P2P 的ゲリラ戦術を私は好む傾向があって、ドグマ的なものを書いても組識性を帯びないよう注意しようと思っている。(例えば↓)
《仏教への教義:四諦の独自解釈》
http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2006/02/post_6.html
JRF 2011年9月23日 9321
keyword: 連帯
ただ、民主主義のシステムとしては「連帯」が必要なのが現実で、そうすると「ドグマ」は共有しないけど、特定の価値についてのみその都度、協力するというリクツになるか。すると、↓が私がネットに求めたものの先にあるものなのかもしれない。
《ドイツ海賊党、ベルリン市議会選で15議席を獲得 - P2Pとかその辺のお話》
http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-1826.html
JRF 2011年9月23日 4444
ドイツでは、ある意味、そういったさきがけとしての緑の党があったし、政治的ドグマからは少しはずれたキリスト教政党もあった。
そういった単一目的政党に若者が支持を集め、そこから組識の在り方を学び、ある者は既存の組識に吸い込まれ、ある者は次の単一目的政党に「転戦」する…。もっと昔は共産主義もそういうものだったのだろう(参↓)。
JRF 2011年9月23日 5380
《若者よマルクスを読もう・韓国語版序文 (内田樹の研究室)》
http://blog.tatsuru.com/2011/07/16_1115.php
>「青年というのはマルクスを読むものである」というのは日本では久しく一個の常識であったのです。青年期にマルクスを読んで、そのあとに天皇主義者になるものも、仏教徒になるものも、資本家になるものもおりました。<
JRF 2011年9月23日 4664
日本のデモ参加者のなりゆきを心配する声も見たが、まぁ、それも民主主義の正常なシステムの一部なのだろう。
その辺り、ドイツ型ではなくイギリス型の小選挙区制を追い求めた日本(参↓)は、経済が行き詰まる中、これからどうするのかな…。「デモまでの交通費」みたいなのは誰がどうやって出すことになるのだろう?アジアで原発反対・日本では処理場誘致でもするのかな?
JRF 2011年9月23日 5204
[aboutme:109179]
>私は、単純小選挙区制は嫌いで、複雑な形式を推す。が、英米のような「実績」を見ると、単純小選挙区制にも良さがあって、それは、選挙というお祭りに金をかけても、選挙システムそのものにコストをかけない、議会の正しさなんて実は二の次なんですよ、という割り切りにあると思う。複雑な形式とは、決戦投票ありの二回投票制の小選挙区制や小選挙区比例代表「併用制」など。<
JRF 2011年9月23日 7829
typo [「報道には]→[報道には]。
JRF 2011年9月23日 9190
……。
新聞に対する私の不満としては…↓ぐらい。私は、新聞読むのを日課にしてるわけではないが、親が取ってるのでたまに気になるニュースがあれば読むといった関わりなので、昨今の紙面の変化みたいなのもわからないし。
[aboutme:101548]
>情報がタダである必要はないが、匿名で手に入れられなければならない。<
[aboutme:105582]
>ネットからブクマの URI を残して消えてしまう記事。
「一次ソース」が後から参照できなくなるなら、なんでわざわざソースのはっきりした参照、正確なことづてをする必要があるのよ。有料ででも URI から辿れないならソースがないのと同じ。
<
JRF 2011年9月23日 3616
……。
[cocolog:69118805]
>私はある意味「匿名」で活動していて、いってみれば自分の名前にモザイクをかけている。<
デモは「顔出し」するわけで、それで大丈夫なんだという示威行為という側面もあろう。その点で、ネットでの私のような在り方は腰が引け過ぎ、「報復がないなんてアリエネー」的な空気を醸成する一助となってるのかもしれない。↓のほうが従来の民主主義システムと親和性が高いのだろう。
《ソーシャルメディアでの個人情報公開への抵抗薄れる | スラッシュドット・ジャパン IT》
http://it.slashdot.jp/story/11/09/23/0034220
JRF 2011年9月23日 2534
……。
最初の「中立であろうとする必要がないと考えるのはおかしい」みたいなのは他のことでもそうかな。私はそう考えがち。
利己的なのがいけない…というのに似てるかもしれないが、ちょっと違う。心理学で少人数だと助けがあるのに大人数だと助けが出にくくなる…みたい話に対するカウンターとしての面あるんだけど…。
JRF 2011年9月23日 7761
普段生活してると「あれ?何でこれ誰もやってないの?」みたいなことに気づくことがある。そこに義憤を感じて…って必要はなくても、「誰かがやるだろう」というのも間違いじゃなくても、誰かがやってるかもしれないのをちょっと待つ余裕をもちつつも、誰かがやることで迷惑になるかもしれなくても、私がやらねばならない…やらねばならないんだからやるしかない…と私は思っている。
そういう考えを他者も持っていれば、迷惑が許容できない段階で誰かがそれとなくアクションを起こしてくれる…と託す。自分もそう託されていたのかもしれないから。
JRF 2011年9月23日 9135
……。
↑の心情に近い過去の「ひとこと」は案外↓か。
[aboutme:117068]
>物をなすのは給料分でできても、その先の品質は趣味的な(ボランティア的な)部分で決まることは、どの職でもあるだろう。それを集団に適用する例として「ゴミ拾い」をとると、仕事で雇われた人によるゴミ拾いとは別に、目につくものだけ余力でボランティア的に拾うというあり方が質を上げるというのはあってよいのでは。
<
JRF 2011年9月23日 6795
私の「組織論」といえば…↓か。でも、「組織論のドグマの解体」といったほうが近い気もするが…。
《なぜ人を殺してはいけないのか》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/12/post.html
>理想化された経済史的解答。まず、「現代の人」が「昔の自然状態」から考えつくような解答を与えよう。<
そこのブログは私のブログの中でも社会に関する私見を集めたものだからみんな組織論っぽい部分はあるかな。そこ以外にも特に経済に関してはいろいろ言及はあるが…、でも、私はまともに会社組織に属したことがないし、ドグマ的な「錬成」はできてないと思う。
JRF 2011年9月23日 0500
旅行に関しては交際費課税を支持した反省からでもあるかな、2008年7月14日に次の「ひとこと」がある。
>死を重くみるとは死を恐怖することではない、病にあっては死と闘うのではなく病と戦う、死は待つべきものとみつけるべきではないか。(…)そういうメンタリティならば日常にも持てる(…)。そうでない非日常が必要ということか?
慰安旅行とかの福利厚生をやればいいということなのかな?迂遠というより変な提案だけど、おじさんまるだしな提案みたいだけど。ここは病室でも牢獄でもなく、働いている場所と住んでいる場所の間には異空間がちゃんとある、ということを示す、…それが基礎としてあっていいのではないか。
<
JRF 2011年9月24日 3597
ちなみに、↑の「ひとこと」のころに国有資産の「旅館」の売却が問題になったと記憶している。Wikipedia の「かんぽの宿」の項目に今はその説明が少し載っている(2008年12月の事件となってる)。「かんぽの宿」に穴を空ける「焦土作戦」(参→[cocolog:69406998])みたいなこともあった。
《増資水増し事件 - Wikipedia》
http://ja.wikipedia.org/wiki/NESTAGE
JRF 2011年9月24日 9895
……。
「組識論のドグマの解体」っていうのは…、その、ドグマの中には客観的に言えば矛盾しているものが含まれていることがあって、もちろん組識内では矛盾がない解釈があるってことになるんだけど、なぜそうなるかというと、矛盾にすぐに気づくような者が去り、一方で、「矛盾」のなんでも導けるという特徴から、何が正しいかは上の者が勝手に決められる…上の者に聴かないとわからないとできる…といったところで矛盾こそ組識の構築に資する面がある。
もちろん、矛盾であるとすぐわかるようでもいけないわけで、「解体」してみるとどうどう巡りになってるようなものがいい。日本語論とかももしかするとそういう機能があるんだろう。
JRF 2011年10月6日 2064
typo 「組識」→「組織」。
JRF2014/7/254076
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