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正月、甥と MONOPOLY ゲームを教えられないかと考えたのだが、Xbox 360 も DS も私は英語版しか持ってなくて、私が英語をうまく説明できないのに躊躇[ちゅうちょ]して、パッケージ等をみせるだけに終った。抵当=Mortgage をどう説明したものか…。 (JRF 7933)

JRF 2012年1月12日 (木)

辞書によると語源としては古期フランス語で「死んだ mort」+「約束 gage」らしい。ちなみにフランス語では mortgage よりも hypoth`eque が一般的な語のよう。

ヒーロー物か何かのごっこ遊びで「(敵の)~は死んだことにして~」みたいなことをするが、ああいう感じなのか?

JRF 2012年1月12日 0579

MONOPOLY での効果を考えると抵当で「死んだことにする」と、半分現金化できるけど、人のコマ(token)がその場所に止まっても、そこからは賃料みたいなものを回収できなくなる。

要するに土地ってのは賃料を取り立てる人との関係の上に成り立つもので、その土地を借りてる人間が死のうが、取り立てる人間がいるなら、取り立てる人間の責任で誰かそこにぶっこんで、新しい借り手が見つけられないなら取り立てる人間に払わせるぐらいのことをする。

JRF 2012年1月12日 4200

でも、手持ち現金が少ないときは取り立て人を管理する金も出ないから、取り立て人は「死んだかもしれないということにして」、その相続人たる自分が銀行から金を借りる。ただ、まだ死んだと決まったわけではないので、自分が代わりに取り立てすることはかなわず、賃料は入ってこなくなる…。

死んだら支給されなくなる年金や生活保護費みたいな制度が一方にあって、住人の状態が頻繁に変わると経営が安定しないってのは税金を取ったりする側も困るんで、そこはプライバシーってことにして経営者や取り立て人というバッファを設けている。

JRF 2012年1月12日 7664

だから、経営者が住民の細かい生死を知って商品をコントロールしてるってことになれば、商品に毒をまぜてることにでもされかねない。取り立て人は、生死だけでなく様々な不安定をしのぐ術を心得ていると想定されて、「死んだこと」にされてる間にネットワークにシノギを貯めるみたいなことができるのかな。

銀行の頭取(頭取ってのは音頭を取る人って意味ね)が、「死んだことにする」のに地価の半額を出せるってのは、現金化したものが流れていく先が、銀行の半身である高利貸し系のネットワークだからなのかな。

JRF 2012年1月12日 4452

…高利貸しのあたり角倉了以の話を想い出す[aboutme:122258]。

keyword: 医 高利貸し

あと、消費税定額還付や BI (Basic Income) がらみが関係か。私の過去の議論では…、BI と第三者の善意取得の(部分)否認といった計算を [aboutme:137725] でしてたり、[aboutme:103137] で二重取得の排除との絡みで「取り立て人」の役割みたいな話を少ししているか。

JRF 2012年1月12日 6197

……。

で、こういうことを考えているときに五代目柳屋小さんの落語「長屋の花見」の録画を見た。

そこで「もうせん」って言葉がでてきて「もうせんもうせんもうしません」ってわけでもないのに何だろうと辞書で調べると「毛氈[もうせん]」と書いて、獣の毛で作ったじゅうたんみたいなやつらしい。これには辞書に「陰語」が載っていて、「毛氈をかぶる」で、歌舞伎で死人になった役者を毛氈で隠したことから、主人や親の手前でしくじる、または、放蕩して追ん出されるの意味があるらしい。また、その2の意味として、遊女が見世に出ているとき、毛氈を敷いたことから、女郎買いして金を使う、または、金がなくなる意があるらしい。

JRF 2012年1月12日 8051

で、落語では毛氈みたいな高級なのものはなくて、莚[むしろ]をそう呼ぶことになる。で、酒がわりの番茶や漬け物で、うじもわくような長屋生活の予防注射がわりってわけじゃあないが、大家のおごりで、とにかく花見するわけだ。

ちなみにオチも書いちゃうと、茶柱ならぬ「さかばしら」が立って縁起がいいや…っていうもの。

「さかばしら」ってのはおそらく「さかきばしら」で、私なんかは人柱みたいなことを想像する。辞書によると「逆柱[さかばしら]」は逆木の柱で、家鳴[やなり](rattling)など不吉があるとして嫌ったとある。

JRF 2012年1月12日 9417

これはたぶん逆で、人身御供をして建てるのが「さかきばしら」(境木柱…国と国の境界またはあの世とこの世の境[さかい]を示す示標か)でそこが「夜泣[やな]き」する風をとって、「逆柱」が「家鳴」するとなったのではないか。

(昔、高校か中学の教師がヨーロッパの地方の村で殴って境界を覚えさせるみたいなことあるとチラと言って、それを本で見つけたように覚えているのだが、どの本に書いてたか忘れてしまった。)

JRF 2012年1月12日 9089

長屋の住人が化けて出てるように見えたほうがいいと大家が判断してるんだろうから、長屋の住人にはやっかいだ。これまでみたいに治安が悪くなっちゃいけねぇから生活保護ってのから風向きが変わりそうなわけで、漬け物は安いのに酒は高いんだから、倉の投機にも問題はない、貢いでくれる女も当然いないとくりゃ、死んだはずだよ、とーちゃんかーちゃんの顔も懐かしくなるってものかもしれない。

JRF 2012年1月12日 2735

……。

イエスの治療譚を思い出す。ヤイロの娘の話([aboutme:114757])やラザロの復活(、旧約では『列王記上』17章のエリヤによる子供の復活)といった死からの再生よりも、むしろ、盲目の人や手の萎[な]えた人を治すといった在り方が私の気をひく。

もちろん、聖書は宗教書で奇跡は奇跡として読んでよいのだが、説教などでは別の見方が示されることがあるようで、それは、律法に対する新しい権威としてのイエスに注目するもの。

JRF 2012年1月12日 8109

中東と言えば「眼には眼を、歯には歯を」のハンムラビ法典や、盗っ人の腕を切れなどという(古い)イスラムの重罰規定を思い出すが、ただこれはそのまま解釈されていたばかりではなく、「腕を切られたことにして」生活するという在り方もあったのだと思う。

それが発達すると「腕を切られたもの」が盗むに準じるような職業、高利の取り立て人をしていたような実態がありえたのではないか。

イエスの「奇跡」という中には、そういう非合理的な律法の適用を乗り越える何かがローマの支配という歴史の中にあったのではないかと私は疑っている。

JRF 2012年1月12日 0880

[aboutme:118271]
>イエスの「レギオン」を豚に移す悪魔払い。動物に「悪魔」が、うつせることを利用できることを認める。その意味するところにおいて、そのような "Heteropathy" をやりはじめた「責任」、「呪い」のいくべきところとして、イエスは自らを宣言したととれるのではないか?<

《『新約聖書』ひろい読み --- 豚に真珠》
http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2006/01/post_3.html
>(イエス:)>「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」<(…)豚は商人、小犬はヒモのように思える。<

JRF 2012年1月12日 6989

……。

いちおうリンクもしておく。

《Monopoly Streets - EA Games》
http://www.ea.com/monopoly-streets
http://www.amazon.co.jp/dp/B003KMHBCA (Xbox 360 版)
http://www.amazon.co.jp/dp/B003KMJ9N4 (DS 版)

ちなみにDS版は3D表示のない普通の板でやるモノポリー。Xbox 360版は私は(正規)海外ダウンロード版を買った。トークンもDLCで追加購入、同じマシンの違うIDでは持ってるという表示にはならないが、ゲームの中では使えている。

JRF 2012年1月12日 4213

《NHKネットクラブ 番組詳細 日本の話芸20周年スペシャル~至芸名演の軌跡~》
https://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20120103-33-22200
>詳細
放送20周年を迎えた「日本の話芸」から、過去の名演を再放送する。落語「長屋の花見」五代目柳家小さん、落語「浜野矩隨」五代目三遊亭圓楽、落語「宿屋仇」五代目桂文枝、講談「義士銘々伝から 三村の薪割り」六代目小金井芦州、落語「浮世床」十代目桂文治。<
放送:2012年1月3日 NHK Eテレ

JRF 2012年1月12日 9680

なお、小さんの落語「長屋の花見」は NHK オンデマンドで常時見られるよう。

《NHKオンデマンド | 日本の話芸 落語 「長屋の花見」 五代目 柳家小さん》
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010023685SA000/

JRF 2012年1月12日 6384

typo 「正月、甥と」→「正月、甥に」。
typo 「陰語」→「隠語」。
修正 「村で殴って境界を覚えさせる」→「村で列に並べた子供を殴って境界を覚えさせる」。
修正 「歴史の中にあったのではないか」→「歴史の中にあった事実を伝えているものがあるのではないか」。

JRF 2012年1月13日 4046

keyword: 日本語論

JRF 2012年1月21日 2311

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