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マメ知識:債権では社会の富は増えない。株式のみ社会の富を増やせる。 (JRF 1487)

JRF 2013年2月12日 (火)

これはあくまで原理的な話で、現実の株式や現在の複雑な投資信託等の「金融商品」を扱う銀行の債権(債券)とかの話では必ずしもなく、要するに社会の富を増やさないのが債権的財産で、増やすのが株式的財産と定義するといったほうが、この話の意図するところに近い。

JRF2013年2月12日2321

よくある金融サギのテクニックとして、金利を最初は払って信用させたところで逃げるというのがある。金融商品の価格というのは、金利とリスクで決まると言える。リスクがないのに、金利がたくさん付く「商品」は当然値上がりして、分母が増えるわけだからその分の金利が減ることになる。意図していたかどうかはしらないが、そういう商品は、リスクに関して「嘘」をついていたわけだ。

JRF2013年2月12日6664

で、今度は商売側、借りる側にたって考えよう。自分のとこの商売がもうかるようになっって、少し皆様に高い金利を還元しようとすると、それを買いたい者がむらがるようになる。「それでもこれ以上借りる気はありません。」となると、彼の知らないところで債権の値が上がっていくのがこの社会ってものだ。

知らないところで値が上がって、いやぁ、そろそろ商売畳もうか…なんてすると、これはどこかで上の金融サギ的な事象が起こることになる。

JRF2013年2月12日4253

…ちょっとこの話はしばらくワキに置いておく。

JRF2013年2月12日9136

債権というのは、金利を目当てに高く買うものがいたとすると、じゃあ、これまでその債権を持っていた者というのは、高い金利を得ることができたはずなわけで、つまり、高く買われたその差額は、金利の先払いを受けたと解釈できる。でも、じゃあ、その先払いの金はどこからやってきたのかというと、高く買ったものが別の財産を処分等をして作った金なわけで、それを安く手に入れているのが、案外その債務者が高い金利を払えるカラクリなのかもしれない。するってぇと富というのは結局、増えてなくて、金がグルグル回っているだけということになる。

JRF2013年2月12日5132

ここで、上の「サギ」があった場合、どうなるか。金利を目当てに高く買ったその金は「サギ」で得た金だ。もちろんそもそもの高い金利も「サギ」で得た金だ。「サギ」が終るまで、グルグル回るうちに「社会の富」は大きくなる寸法になる。

でも、どこかでショーバイを手じまいするヤツがでてくる。「額面」以上の債務は払いませんとなる。するとこれまで額面以上のところから得るはずだった金利というのはなくなり、誰か金利の先払いを受けた者に渡したのは「金利」というより、自らの責任であった取り立て債権の一部を払い戻して精算していたということに近くなってしまう。

JRF2013年2月12日7817

これは困る。要は、手じまいされるから悪いんであって、商売というのは永遠に続けられるみたいなムチャな前提を強いればいい。これを永続企業の原則(継続性の原則)といって会計の基本原則になっている。

永続している限りは、金利に対して「債権」価格みたいなものがつくけど、そうでないなら無価値なもの、これが、「株式」というものになる。

つまり「株式」は本来無価値なものに永続的な価値があると皆(多くの者)が認めるシステムだからこそ、そう認められるものが増えることこそ社会の富が増えることとする。…というわけ。

JRF2013年2月12日4191

typo 「っっ」→「っ」。

JRF2013年2月12日7667

……。

(そういや、最近、「教皇の手じまい」が話題になったが、このあとイチジクの木と、木にも一生はあるので「一生」ではなくした「果樹園」の話、イスラム金融の話を続けたかったが、他の作業が忙しいので今回はここまでということで。)

JRF2013年2月13日8805

修正 「継続性の原則」→「継続企業の公準」。

よくある恥ずかしいミスをしてしまった。ゴーイング・コンサーンのこと。でも、ググるとなんか、この公準、最近は言わなくなってる雰囲気がある。ひょっとして企業会計原則とは別の「会計公準」って今は習わないの?

JRF2013年2月13日3839

……。

会計の話が出たので、タネ明かしというか、この話は会計での考察から来ている。

会計では、貸方と借方を一致させるものだが、じゃあ、それが取引の相手方の貸方・借方と自分の貸方・借方だとどうかというと、これも総合すると一致する。さらに、債権・債務だと、相手とこちらで額は合ってるものだし、商品が相手の資産となったときは、たいていは減価償却によってほとんど費用化されるため、こちらで持ってたときの資産価値以上のものは相手方には会計的には残らない(だからこその償却価値ね)。そういうのを合算して国の純資産みたいなものを考えても、そういう取引だけでは「富」が増えない。

JRF2013年2月14日1762

ただし、「株」は別というのが今回の話になる。これは発行した額面以上の資産として保持できる。もちろん、売買差益は発生するが、資産としてはどこかに残り続ける。

…まぁ、このあたりも、自社株買いを広く認めるようになった時点で、かなりアヤシゲな話にはなってるんだけどね。

JRF2013年2月14日6948

……。

補足というか…。土地の値上がり益とかは、要はその部分は「株式的財産」だとしてお茶をにごすところなんだけど、もう一歩進めて考えると、その益はいったいどこから来たのかという点に注目することができる。

周辺の土地が開発されて…というのはもちろん考慮するんだけど、でも、開発資金も利子付けて返す必要が本来あるので、これまでできなかったものができるその余剰分はどうしてでてくるのかという問題がある。

JRF2013年3月2日7212

中央銀行が金利を下げて資金供給して、それがグルグル回る。その過程で誰かが死ぬなり会社がつぶれるなりしたのは、第三者の善意取得で誰かが儲けた上で、損失は銀行あたりが経費で落とすという建前になるが、そうやってるといつまでたっても銀行は利益分配なんかできないから、ある程度持ちまわりみたいなものをする。そうしたあと出てくるのが配当みたいな部分になる。どれぐらい配当(「善意取得化」)していいか決めるときに、銀行からヒモがついてない、担保にはなってない、損失分に責任がない、前借りしたものを返さずに分配していいという前提がどこかに必要になる。

JRF2013年3月2日3779

土地から収益が上がるように見込めるといったって、そうならないリスクもあるわけで、そのとき他の事業収益(配当)を犠牲にしても追加融資に頼る必要が出てくる。値上がり益があったというとき、それを買った側の者は、たいてい銀行の融資を受けていて、そこから上がる収益を自分のもの(善意取得的配当)とできるのは、事業価値、株式的価値を認めてもらってからとなるが、そう見込めるゆえに、そもそもの融資が可能となったはずである。

……とか、ちょっと「風が吹けば桶屋が儲かる」的なとりとめのない話になっちゃったな。(^^;

JRF2013年3月2日7158

keyword: 善意取得

JRF2013年3月2日2273

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