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近況。八段錦を覚えてとりあえず一週間ほど続けてみた。 (JRF 7461)

JRF 2013年7月14日 (日)

八段錦を本格的にはじめた次の日、変に下腹部の筋肉をつかったからか、変に刺激があったのか、お通じに関し「失敗」してしまった。orz

その後は別にそんなことはないので、もしかすると、今後、はじめようとする方は次の日が休みである日を選んではじめたほうがいいかも…。

JRF2013年7月14日7436

その他の効果としては、足の裏が柔らくなった気がするというか、妙に歩くとき地面の感触が伝わる気がする。同じように、体内でこそばゆい感じがある。

気功の本(『気功革命』)も読んで、その基本的なところをやると同時に八段錦に少し取り入れたりもしているのだが、気功の効果というよりは、これまで散歩はしていたけど、上半身の運動の習慣がなかったので、その辺りで体がビックリしてるところなんだというのが私の解釈。

JRF2013年7月14日0783

ほんの一週間だけど、最初やったときに比べてリキミがとれたというか、負荷があまり感じられなくはなってて、逆にもう少しリキんだほうがいいのかな…なんて思っている。

『気功革命』の Amazon 評に「自発動功」は危ないというのがあるが、それは自分も注意している。私の統合失調症では妄想的症状の他に身体系の症状として、自分の体をタップして「憑依人格」と会話するようなものもあった。だから「自発動功」的な体への反射の意識化みたいなのが危険なことは人より知っているつもり。ただ、それを勘案しても八段錦に関しては動きの要素が少なすぎ、そう動かしたい型みたいなのが足りてないと感じる。

JRF2013年7月14日0515

マンガ『拳児』の松田氏の本に中国拳法は「開展から緊湊[きんそう]に致る」もので、「有形の套路[とうろ]を学ぶのは無形に到るため」だと書いてるが、有形の套路の前に「動きたい自分」というものが先にあって、ある意味成長するにつれて(記憶や有効性が)失われたのを、套路によって取り戻す…的なことがあるのではないかと私は「そっち系」の本を読みつつ思うことがある。

JRF2013年7月14日8133

「動きたい自分」そのものを変に意識化しようとすると統合失調症的なところに行っちゃうので、むしろ他者責任であるところの套路という型に押し付けていくほうが安全なのかもしれない。長く套路をやれば、それで過去の「動きたい自分」とうまく付き合っていけるようになる。それが、健康太極拳的には緊湊であり無形であるのではないか?…などと、素人の私は妄想している。

JRF2013年7月14日7000

ただ、今回参考にしている健康太極拳は八段錦からある意味すでに緊湊に致ったところにあって、長くやってればそれでも「わかる」のかもしれないが、「開展」の大きさがやっぱりあったほうが、今の自分ぐらいだとちょうどいいんじゃないか…と思って、気功の動きを入れたりもした上で、荒ぶった気を納める効果があるという「収功」や「站粧法[たんとうほう]」もしっかりするようなメニューにもしてみた。

JRF2013年7月14日2423

今の私だと「気」は正直よくわからないので、站粧法は今のところ拳法系の馬歩のつもりが強く、収功もダンス的に腰を使ってむしろ動きを大きくしている。最初、スワイショウ(漢字に変換できないセイ手のこと)も『気功革命』を参考にしながらもゆっくり持ち上げる感じでやっていたが、試しにおとつい『気功革命』を読んだそのままに1分で50回ぐらいの早いペースで10分以上やってみたところ、(良いか悪いかはわからないが)それまでにない効果として、持病的な脇腹の筋肉の固さへの影響があったように感じた。

JRF2013年7月14日2891

元が運動不足とは言え、この効果の早さは逆に心配で、変に気功を持ち出すより、やはり、24式ぐらいはとりあえず覚えてしまったほうが、「自分の体に対する手数[てかず]」として開展できるものが増え、八段錦だけを長くやって定着をはかるよりもいいのかもしないと思うようになってる。

JRF2013年7月14日4676

今晩あたりからは毎日、八段錦を続けながらも、24式を一通りなぞるぐらいはしようかと思う。

JRF2013年7月14日5675

……。

あと、先週のひとこと([cocolog:76990306])で書いた西原氏の議論が気功にピッタリくる感じがあって、どちらかというと、いやぁな感じがする。

JRF2013年7月14日3823

気功の手先、足先が出口…という説は不思議なのだが、本を寝ころんで読みながら落ち着かなくていろいろ動いてみているとき、ふと気がついた。西原説では、手は呼吸を容易にするためのもので、足は排泄を容易にするためのものというのが最初の機能ということだったと思う。足から出そうという体全体の蠕動[せんどう]が、腸蠕動につながるという体機能を保持しているということなのではないか?もう少し機能論寄りには、足から出そうという蠕動を脳(と全身体)に記憶することで、腸が実際必要な蠕動運動が欲しいときに、脳にその補助を要請できるということなのではないか?

JRF2013年7月14日0156

うつぶせ寝は魚的だが、でも、肛門の位置は違い、かえる座りのほうが近い。逆に、中丹田等に蓮の花をイメージしたりするのは、そこに肛門があるとしたときの発生的反射を得ようとしているのだろうか?

JRF2013年7月14日4968

一方、手はどうなのか?同じ類推からすれば、呼吸の蠕動のためとなる。しかし、水の排出をともなわなくなった空気中の呼吸における蠕動は、心臓運動を除けば、痰の排出などに限られるのではないか?逆に、そういったリンパ節との連携一般を担ってるとまで考えるのだろうか?

JRF2013年7月14日7335

例えば、スワイショウは、簡単な動作であり、医学的な効果みたいなものは、脇の下のリンパ腺への刺激と見ることができ、あとは同時に腕を振る物理的負荷がバランスの崩れを意識させる…ぐらいのところしかなさそうに思う。でも、それでも「効果」の高いのがわかっているというのは、逆に『気功革命』のほうが、出版当時の新しい運動理論を反映した「何か」だったのではないのか?

JRF2013年7月14日7144

西原説では、ミトコンドリアの呼吸には温度が大事ともあったので、気功は体温の部分コントロールの要素が大きくそれによってミトコンドリアの呼吸をコントロールしている…といった仮説に総合されうるのかもしれない。

一方、気功といえば大事な「経絡」理論については、神経とか「深層筋」とかで実在する何かなのか、発生から説明するのか、遺伝子からの発現の共通性みたいなことまで考えるのか、まだよくわからない。

JRF2013年7月14日2326

動物は、傷をなめて治そうとするというのがアニメとかではあった。人は舌がわりに手(と道具)を使う。逆にそれで、舌まわりが自由になって声の蠕動をコントロールする余祐ができたとかもあるのか?…とすると先週の一人カラオケにすら話がつながってしまうな…。

西原氏は、口呼吸を否定していて、扁桃腺に負荷がかかるからというのが理由としてあったが、それは舌で治そうとする機能の名残りとして他者用免疫の保管庫的な役割が扁桃腺に残っているのが、うまく機能へ持っていけてない、進化のグルーとしてあるということか?

JRF2013年7月14日9357

そのあたり、結核などが「解決」していく時代、薬物の利用が広くあった中での芸能界の流行に関し、歌い方を次代に残せなかったりするのは損失なのではないか?つーか、なんで Fred Astaire の曲がカラオケにまったくないんだよ!まぁ、他者の曲としては入ってるのもあるけど。…Nat King Cole は多めなのはうれしい。(注:いずれにせよまともに歌えないが。orz)

JRF2013年7月14日5697

気功などとは関係が薄いが、西原氏の議論では、冷たい物中毒の理由がわからない。海が昔、今よりも高温だったとしても、その後は(体温より)冷たい物をむしろ飲んできたはずだから。ググると↓…。

《生物史から、自然の摂理を読み解く | 西原克成氏の「免疫、生命の渦」》
http://www.seibutsushi.net/blog/2008/03/000411.html

JRF2013年7月14日1279


腸内の嫌気性常在菌が腸扁桃のパイエル板M細胞から白血球に乗って体中の血液をめぐる。

これらの細菌が様々な器官に播種すると、感染した高次機能細胞のエネルギー代謝が障害される、らしい。

白血球・組織球・間葉細胞に多量の常在菌が感染すると体細胞とは少し異なる遺伝子複合体が出来、この遺伝子に抗体が出来る。これが抗核抗体であり、この細胞内の細菌感染が自己免疫疾患の実態、というのです。

JRF2013年7月14日6210

↑のリンクを辿ると finalvent 氏の記事があり、そこで次のような引用がある。

《[書評]胎児の世界(三木成夫): 極東ブログ》
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2005/11/post_2d68.html

JRF2013年7月14日0691

>>(…)そこまで認めれば、どんな説だって認められるんじゃないか、とか言われそうな気もするが、実際そういう面もある。(…)ただ、一つには、生物学における法則は、大抵に於いてこんなものである。また、それを認めた上でも、発生の過程が進化をたどる形で行われることを認めることで、よく理解できる現象が多々あることも事実である。<

ようするに修辞を弄すればそういうことになる。

JRF2013年7月14日1067

上の私の「理屈」付けも修辞を弄すことに堕しているんだと思う。確かめる実験を示せなくても、実感があるなら、まぁ、そういうのを信じていても罪は少ないんだろうけど、私のは、たまたま同じ時期に二つの本を読んでたということでの「妄想」以上じゃないからな…。

JRF2013年7月14日6419

……。

上で挙げた参考文献。先週のひとことにはなかった本…。

『気功革命』(盛 鶴延 著, コスモスライブラリー, 2004年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4434044303
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102092939

『拳法極意 発勁と基本拳』(松田 隆智 著, BAB ジャパン, 2011年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4862206115
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106048298

JRF2013年7月14日6717

上の2冊、両方とも同じ出版社から続編みたいなのが出ているが、それも私は読んだ。

JRF2013年7月14日7845

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