cocolog:80375587
A. E. マクグラス『神の科学』を…読めなかった。正確には日本語訳を読んだんだけど、理解できなかった。orz (JRF 4219)
JRF 2014年8月12日 (火)
「自然」「実在」「理論」の三つの大きな章がある。
JRF2014/8/128902
「自然」の章では神は時計職人として自然を作ってあとはそれを保持しているだけ…みたいな「理神論」が批判されたあと、次のような一節があった>アタナシオスは神の合理性(ロゴス)と受肉そのものの間には入り組んだ関係があるのだと主張した。神の合理性とは神の像を担っている創造された人間の合理性である。<というところでハッとした。
JRF2014/8/121640
イエス・キリストこそ神のロゴスであり、聖書に残されたイエスの活動がロゴスだというなら、神のロゴスとは愛なのである…ということだろうか?ヨハネによる福音書の冒頭を思い出した。
JRF2014/8/124143
でもこの本の中で特にこのことが強調されてるわけではなく、そういう「感情的」な言い方はむしろ排除されている。自然を第二の啓典と見てそこから直接神を知ることを批判しているが、自然の秩序に美を見出してそれを神の愛と理解することも批判されるのだろうか?
JRF2014/8/128636
……。
「実在」の章。自然科学のモデルが致るところで実在を確証することを観念で否定することは意味がない。還元主義には限界があり、物理学こそが第一で、生物学はそのはしためということはなく、独自の方法論を持つ。…といったことが述べられて、そこから、キリストの実在やある宗教体験の実在にはそれぞれ独特な批判的な実在論がありうる。…といったことが述べられていたと思う。
JRF2014/8/128760
部分的には↓を述べてるのかなと思ったが、直接の言及はなかった。
《聖餐論、聖体論争》
http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2006/02/post_15.html
JRF2014/8/128659
……。
「理論」の章。神学そのものを否定する者もあるが、異端を区別した教理なども結局は神学で、「理論」は直感を味気ないものにしてしまうこともあるが、時代によってはその強調が宗教改革のような大きな変化をもたらすこともある。「神のロゴスが愛」という直感を理論的に他に適用しようとしても意味はそれほどないのかもしれないが、私にとっては大事な気付きであり、私は未だ洗礼に達してなくとも、それを心に灯していてもいいのだと思う。
JRF2014/8/124105
……。
私がクリスチャンになるのがやだな…と思うことの一つに土葬があったんだけど、最近は火葬が多い(?)らしい。家族は仏教式だけど、私はクリスチャンの無縁者と共同埋葬とか望むとかできないのかな?
《[Q&A] 日本でのキリスト教徒の埋葬のしかたは? 【OKWave】》
http://okwave.jp/qa/q600226.html
JRF2014/8/121301
でも、基本、私はコミュ障だから信者の付き合いとかができないし…仏教とかユダヤ教にも関心は強いから、決断は、まだ、もうちょっとよく調べてからだな。
JRF2014/8/120617
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受信: 2015-12-29 15:38:44 (JST)
『神の科学 - 科学的神学入門』(A. E. マクグラス 著, 稲垣 久和 他 訳, 教文館, 2005年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4764266520
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102192983
JRF2014/8/127895