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cocolog:81316691

近況。『エミール』と『生命倫理学と障害学の対話』を読んだ。国から障害者の認定を受けた。 (JRF 0706)

JRF 2014年12月 9日 (火)

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ルソー著『エミール』を読んだ。「教育論」の古典である。

『エミール (全三巻)』(ルソー 著, 今野 一雄 訳, 岩波文庫, 1962年-1964年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4003362217 (上巻)
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1100349673 (上巻)

JRF2014/12/91921

悪くなった生徒の例としてしばしば自分があてはまり苦笑する。人を教える上で得るところは、私にはなかったように思う。途中、恋愛妄想小説みたいになったところでは、思ってもみない展開だったので身悶[みもだ]えた。

JRF2014/12/95079

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あと、本の内容とは関係ないが「しゃこ」を競わせる…という表現が出てきて、海のすしネタのシャコ(蝦蛄)ではあるまい…(もちろん「車庫」でもない…)と広辞苑で調べると、もう一つしゃこ(鷓鴣)の項目があって、>キジ目キジ科の鳥のうち、ウズラとキジの中間の体形をもつ一群。<がどうもそれっぽい。

JRF2014/12/94188

はてなブックマーク - 《ザリガニの一歩には「意志」がある 北大研究員解析 - MSN産経ニュース》
http://sankei.jp.msn.com/science/news/110827/scn11082708080000-n1.htm
jrf:>フロイトは当初ザリガニの神経の研究をしていたと読んだことがある。(…)< 2011/08/27

↑は蝦蛄の研究をしていた方のものだったはずだが、やっぱり、『エミール』のも蝦蛄のほうなんだろうか?

JRF2014/12/95101

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ウーレット著『生命倫理学と障害学の対話』を読んだ。

『生命倫理学と障害学の対話 -- 障害者を排除しない生命倫理へ』(アリシア・ウーレット 著, 安藤 泰至 & 児玉 真美 訳, 生活書院, 2014年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4865000313
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106471741

JRF2014/12/90285

優生学の反省から生命倫理学は原則を得ていて、自律尊重・与益・公正・機会の平等という諸原則を守ろうとするのだが、「自律」として出た選択が、代理人の障害への「偏見」によっていたり、社会的保護がむしろ欠けてることによっていたりすることがあり、それが障害者サイドの専門家から批判を受けるという構図がある。

障害者サイドの専門家は、強制的に生命を維持させるよう法的介入を求めることがあるのだが、シーラ・ポーリオットの例のように、個々の状態によってはそれが苦痛を長びかせるだけになることもある。

JRF2014/12/99721

社会的保護が欠けているという医療資源の希少性に起因する「現実」からは、アシュリー・X のような成長抑制がセカンドベストとして浮かんでくるのを否定しきれない。

JRF2014/12/94313

はてなブックマーク - 《macska dot org - Blog Archive - 重度障害児に対する「成長停止」をめぐるワシントン大学シンポジウム報告(後編)》
http://macska.org/article/188
jrf:>共感なしに見ると、今回の例は社会的コストを実際下げることで、表に出ていない「不幸」をどれだけ防げるかという点も大事だったのだろう。成長停止措置が有効だという感触があり、その濫用の抑制法が論点だった?<2007/05/24

JRF2014/12/92577

はてなブックマーク - 《macska dot org - Blog Archive - 「アシュリーに法定代理人は不要」と判断した弁護士の倫理的問題》
http://macska.org/article/189
jrf:>>この件についてはわざわざ斜めから見ずとも、はっきり証拠がある範囲でいろいろ問題が指摘できるわけですから、それを追求するのでお腹いっぱいだと思います。<私はナナメに考えすぎた。自戒せねば。< 2007/05/26

JRF2014/12/93203

私が PVS (「植物人間」状態)になったら、緩和ケア中心の看取り…つまり、殺して欲しいと考えるけど、以前、悲惨だと思っていた境遇に実際なってみると、それなりの幸せはあるものだというのは私も感じていることでもあるから、そうなってみないとわからないということもいろいろあるのだとは思う。

[cocolog:78544536]
>昔、「敗残者」に想像したほどのヒサンさを今の私は感じないので、ひょっとしたら、そんな未来でもそこそこ幸せに感じて過ごせるのかもしれない…。<

JRF2014/12/96193

リー・ラーソンの例で出てきた子供にとって特有の「信託された権利」も興味深い。

>信託された権利には、子どもが「自己決定能力のある成人として十分に成長した時」に最終的に自分のものとなる「予期的な自律権」が含まれる<(p.156)。ラーソンの例では、ろう(耳が聴こえない)の子供に人工内耳を強制したほうが、大人になったときにそれを外せる自律権を残せると考える。

JRF2014/12/97360

これは何も子供だけに必要な概念ではないのではないか?医療については私などは素人すぎ、どういう選択肢が将来出てくるか予測できないが、専門家はある程度予測でき、それに向けて備えておくために、多少なら、自由を制限しても許されるというかそうすべきだという主張も可能なのかもしれない。

JRF2014/12/95034

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国から障害者の認定を受け障害者手帳をもらった。

以前にも認定を受けたのだが、それは利用することなく期限切れにしたのを、2014年4月の入院に自信をなくし、再認定の手続きを取り、無事交付を受けた。今度は期限切れにすることなく活用していくつもり。

JRF2014/12/92500

一つ前の「ひとこと」([cocolog:81267315])で障害者の方を「笑って」しまったのは、自分の無意識の抵抗や再交付がちゃんとできるかの不安感が表れた面もあったのかもしれない。

『生命倫理学と障害学の対話』で指摘されるような医師側やその支配層の無理解とは逆に、むしろ、ありがたくも、「統合失調症」というものを知らなかった私に「あちら側」が必要なものを前もって用意してくれてた面のほうが強かった。

JRF2014/12/91013

私は「発作」がないときはまともに見える(はず)で、また、生まれながらの障害とも(おそらく)違うため、この先、自分の中で自分に、社会の中で周囲に、葛藤を抱えがちになると思う。

これからの私は、障害者としての生き方(もしくは死に方)を学んでいかなければならないのだろう。

JRF2014/12/94919

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