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外山滋比古『思考の整理学』を読んだ。よく古本屋に並んで目についていたので、試しに買って読んでみた。読んでみて、(少し前の時代の)『理科系の作文技術』の文系版がこれなのかなという印象を持った。 (JRF 0940)

JRF 2015年1月28日 (水)

『思考の整理学』(外山 滋比古 著, ちくま文庫, 1986年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4480020470
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1100509994

JRF2015/1/285122

また、コンピューターやテレビの影響ということをキッカケとして「思考の整理学」の必要性に思いいたったところに関心を抱いた。

JRF2015/1/287983


(…)コンピューターは、われわれの頭がかなりコンピューター的であったことを思い知らせた。しかも、人間の力の方がコンピューターよりもはるかに能力が劣っているときている。

(…)

この本が、知ること、よりも、考えることに、重点をおいてきているのも、知る活動の中には、"機械的"側面が大きく、それだけ、"人間的"性格に問題をはらんでいるとする考え方に立っているからである。
<(p.213,214)

JRF2015/1/281003

>(…テレビの…)ブラウン管から見えてくるものはいかにもナマナマしい。第一次的現実であるかのような錯覚を与えがちだ。現代人はおそらく人類の歴史はじまって以来はじめて、第二次的現実中心に生きるようになっている。これは精神史上ひとつの革命であると言ってよかろう。<(p.193)

JRF2015/1/287631

……。

>よく"朝から晩まで、ずっと考え続けた"というようなことを言う人がある。いかにもよく考えたようだが、その実はすっきりした見方ができなくなってしまっていることが多い。こだわりができる。大局を見失って、枝葉に走って混乱することになりかねない。<(p.38)

JRF2015/1/287880

>忘れ上手になって、どんどん忘れる。自然忘却の何倍ものテンポで忘れることができれば、歴史が三十年、五十年かかる古典化という整理を五年か十年でできるようになる。時間を強化して、忘れる。それが、個人の頭の中に古典をつくりあげる方法である。<(p.127)

以上のように、無意識に思考している部分の重視が書中、たくさん見てとれる。

JRF2015/1/288910


(…)原稿は黙って書くが、読みかえしは、音読する。すくなくとも、声を出すつもりで読む -- これを建前にしている人が意外に多い。そして、もし、読みつかえるところがあれば、かならず問題がひそんでいる。(…)

声は、目だけで見つけることのできない文章の穴を発見する。声は思いのほか、賢明なのであろう。
<(p.154)

↑などは、[cocolog:81437980] の『肉中の哲学』の「ひとこと」で紹介した認知的無意識を思い出す。

JRF2015/1/285237

……。

>(…)よくしゃべる人の方が老化しにくいと、老人ホームの職員たちはいう。しゃべるには頭を使うからであろうか。それについて思い出されるのは、スエーデンだったかの老人ホームの試みである。老人たちに、趣味のグループをつくらせた。その中に外国語学習グループを設けた。はじめは人気がなかったのに、やがて、もっとも人気のあるグループになった。メンバーがみんな元気で、なかなか死なないからであった。<(p.182,183)

JRF2015/1/284563

↑このあたりは、finalvent さんが語学に取り組んでいるのはその辺がからんでるのかな…と思った。

《ドイツ語・ピンズラー(Pimsleur)のフェーズ4を終えた、ふうっ: 極東ブログ》
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2014/12/pimsleur-83a8.html

JRF2015/1/287429

……。

>そして、かならず、できる、よく考えれば、いずれは、きっとうまく行く。そういって自分に暗示をかけるのである。間違っても、自分はダメなのではないか、いや、ダメなのだ、などと思い込まないことである。<(p.146)

これは、心理面からの思考のサポートへの論及といったところか。

JRF2015/1/287831

ちなみに私は「オレが悪い。」が口ぐせで、それに「何とかしないと。」を続ける。ただ、最近、それを「悪い」んじゃなくて「ダメ」なんだなと気付いて、「オレはダメだ」と言うようにした。あんまりそれはよくない感じなのかな。(^^;

JRF2015/1/282100

……。


三上とは、(…)馬上、枕上[ちんじょう]、厠上[しじょう]である。

これを見ても良い考えの生まれやすい状況を、常識的にやや意外と思われるところにあるとしているのがおもしろい。

(…)

以上の三つ、無我夢中、散歩中、入浴中(…の三中…)がいい考えの浮ぶいい状態であると考えられる。いずれも「最中」である。そう言えば、三上にしても、最中でないことはない。
<(p.172--177)

JRF2015/1/280265

「馬上」は、今では通勤電車で揺られている際中などに相当しようと述べている。

JRF2015/1/289747

私は、最近は、厠上(トイレ中)や入浴中は少なくなったが、散歩にメモ用紙とペンは欠かせないし、入浴中にメモが書けるようおもちゃの「おえかきボード」を風呂の戸のそばに置いている。(それ用っぽい「ジッキー」とかいう商品もあるみたいだけど。)

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JRF2015/1/287483

……。

「つんどく法」について少し長めに引用する。

JRF2015/1/284334


カードでもなく、ノートでもなく、知識を蒐集し、これをまとめて、論文にするのに、多く行われているのが、これから紹介しようとする、当ってくだけろ、の無勝手流の読書法である。

まず、テーマに関連のある参考文献を集める。集められるだけ集まるまで読み始めないでおく。これだけしかない、というところまで資料が集まったら、これを机の脇に積み上げる。

これを片端から読んで行くのである。(…)メモ程度のことは書いても、ノートやカードはとらない。(…)

すべては頭の中へ記録する。もちろん、忘れる。ただ、ノートにとったり、カードをつくったりするときのように、きれいさっぱりとは忘れない。不思議である。

JRF2015/1/287457

(…)

(…)そう言えばかつて、講演をききに来た女性は、きそって、メモを書いた。(…)そういうメモをあとになって読み返すことはまずない。それだのに、字を書いていて話の流れを見失ってしまう。(…)講演でメモをとるのは賢明ではない。

それをだれがいつ教えたのかわからない。気がついてみるとメモをとっている聴衆、ことに女性はいなくなってしまった。いつのまにか変化がおこったのである。ただ、主催者側には旧派がいて、きょうは、熱心にメモをとっている人もちらほら見られました……などと言って喜ぶ。(…)

JRF2015/1/283665

(…)

(…積んでおいたものを…)読み終えたら、なるべく早く、まとめの文章を書かなくてはいけない。ほとぼりをさましてしまうと、急速に忘却が進むからである。(…)

(…)

本を積んで、これを読破するのだから、これをつんどく法と名付けてもよい。普通、つんどくというのは、本を積み重ねておくばかりで読まないのを意味するが、つんどく法は文字通り、積んで、そして読む勉強法である。そして、これがなかなか効果的である。(…)
<(p.92--94)

JRF2015/1/287719

私は、積み重ねておくばかりの「積ん読」だったのを、今乱読している。積ん読したころ何を考えていたのだろう…と自分を不思議に思うことしばしばである。

JRF2015/1/280986

……。

あとがきで…

>自分はどういう考え方をしているのか、ということを意識するには、ほかの人の型に触れるのが有効である。この本がそういう意味でいくらかでも読者の役に立てば幸いである。<(p.217)

…と書いている。軽いタッチだが、「思考」の無意識的側面に迫る良書だという感想を抱いた。実証とのつながりはどうなっているのだろう?

JRF2015/1/284866

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