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岩瀬成子『きみは知らないほうがいい』を読んだ。「児童書」。それは「いじめ」だろうということをそうではないとしたい視点、正しいけれどいじめられることへの共感を求める姿勢に、しかたないと思いつつ、違和感を感じた。 (JRF 2712)

JRF 2016年9月18日 (日)

『きみは知らないほうがいい』(岩瀬 成子[じょうこ] 著, 長谷川 集平 絵, 文研出版, 2014年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4580822323
http://7net.omni7.jp/detail/1106468401

JRF2016/9/184021

分野としては「児童書」ということになるのだと思う。主人公は、小学校六年生の女子。物語は…、その女子が、バスで同級生の男子といっしょになり、たわいもなくどこに行くか聞いたところ「きみは知らないほうがいい」と言われ、気になって調べると、その男の子は、いわゆる「ホームレス」のおじ(い)さんと会っていた。その女子もその男子も不登校の経験があり、いわゆる「いじめ」の問題が物語の主題となる。女子にはおばあさんがいて、その介護も少し問題となる。そういった社会問題を背景にしながら、あまり解決があるとはいえない物語が終る。…というもの。

JRF2016/9/185222

はっきりいって楽しい物語ではない。こんな物語を誰が読むのだろう? 学校の先生が読み、先生が生徒に勧める形で小・中学生が読むことを想定しているのだろうか。私が小学生なら、こんな物語を読まされるのは苦痛でしかないように思う。でも、ここに書かれているような「いじめ」に悩んでいる小・中学生がいるとすれば、もしかしたら得るもの・共感があるのかもしれない。よくわからない。私(40代男性)は精神科医の勧め(?)でこの本を読んだ。

JRF2016/9/187996

自分が正しいのに「いじめ」られるというような書きぶりなのは、私の子供のころの体験には合わない。私はいじめる側であったこともいじめられる側であったこともあったが、いじめられる側のときは、自分の悪い部分についてどこか心当たりがあったように思う。「自分が正しいのに責められる」というのは(左翼的な)大人の間違った自己投影ではないかとも思わないでもなかったが、上の先生が生徒にこの本を紹介するというプロセスを考えると、「いじめ」られている生徒が正しいように書かれている本のほうがよいだろうということは理解できる。

JRF2016/9/188109

「いじめ」未満の状況…先生に「いじめ」とは報告できない心情を描いているのも、先生が生徒に紹介するという面から見れば好都合なのかな…と理解する。すべての小・中学生がこの本を読むと考えることは決してできない。何人かの読んだ人間が、「行動」…声かけをするのを期待することになるのだろうか。私はむしろこの作品ではいたずらな男子に自分を思い出すことが多かった。でも、そういう反省を期待しているふうではない。男子の場合は、正しくあろうした結果、弱みを見せてしまってもそれがカッコイイと描いていたように思う。

JRF2016/9/188085

精神科医の先生が私にこの本を紹介したというのは、そういった主人公の子供への感情移入でなく、それを取り巻く社会への関心を促してのことだと思う。私はどういう大人になればいいのだろう。今の私は、主人公の叔父の「小説家の夢を捨てきれないバーテンダー」よりもふがいなく、財政難の日本において私の未来は「ホームレス」の方向を向いている。そして今、私の面倒を見てくれている親は「後期高齢者」になりかかっている。この本にはその辺りのヒントはない。小学生たちにありのままを(より少し残酷に)呈示しているだけだ。彼らは何か解決策を見出してくれるだろうか? いや、そこは私が自分なりに解決すべきだとは理解するのだけど…。

JRF2016/9/187295

正直、私自身がこの本を読んで得たところはほとんどないが、考えさせられた。

JRF2016/9/183999

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