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Geza Vermes『The Complete Dead Sea Scrolls in English』を読んだ。噂の「死海写本」のわけだが、思った(?)ほど変なところはなかった。滅びた教団の少しトガった主張があるだけだった。 (JRF 4504)

JRF 2016年11月 2日 (水)

『The Complete Dead Sea Scrolls in English』(Geza Vermes 著, Penguin Books ペーパーバック, 1997年)
https://www.amazon.co.jp/dp/0141197315 (Seventh Edition)
https://www.amazon.com/dp/0141197315 (Seventh Edition)

JRF2016/11/23940

私が持っているのには ?th Edition の記載がないが、おそらく Fifth Edition だろう。奥付にあたるところで『The Dead Sea Scroll in English』という題で Fourth Edition まで出て、Fifth Edition にあたるところで『The Complete Dead Sea Scrolls in English』という題になったとある。そこからさらに七つの Edition が出たとは考えにくいので、5th Edition だろうと思う。

JRF2016/11/28408

……。

アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に何やら重大な秘密を持った予言の書らしきものとして「死海文書」が言及される。そのアニメを見た当時は、今に比べて、キリスト教に関する知識をほとんど私は持っていなかった。そしてそのアニメがきっかけで「死海文書」について、何やらスキャンダルがあることを知るようになる。

JRF2016/11/26003

そしてそのアニメのキャラ、綾波レイに導かれてかどうかは知らないが、統合失調症的妄想も少し入りつつ読んでみなければならないな…「読め」といわれているな…と感じて買ったのが、この本だったように思う。

病気の発作ときと違って、妄想が弱くなっているので、そういう強迫感みたいなものはなくなり、読もうとすることもなく積んでいたが、読むべきと思える本が減ってきた今、この本に目を向けたというのが、今回、読んだ動機となる。

JRF2016/11/28398

……。

本には解説もあるが、Wikipedia も詳しいのでそこを読めばよい。この本の著者は普通に主流である「クムラン教団=エッセネ派」説をとっている。

《死海文書 - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E6%B5%B7%E6%96%87%E6%9B%B8

JRF2016/11/22817

クムラン教団は紀元前200年から紀元後70年、イエス・キリストのちょうど前の時代からその死を経てエルサレム第二神殿の破壊に致るまで活動していたと(学術的な調査から)考えられている。イエスを「知っている」可能性が高く、イエスの教団との関係が現代の西洋文明=キリスト教文明からは関心がもたれるところである。

JRF2016/11/28413

が、Part F の Bible Interpretation の Appendix という章で Other Greek Fragments という節(p.440)で説明されるように、新約聖書(New Testament)の一部がクムランに残っていたという証拠はないといったほうが良い。あくまで、ユダヤ教のとある一派で、初期キリスト教とは別の組織と考えるべきようである。あるとしても何がしかの影響を後のキリスト教に与えたというぐらいのようだ。

JRF2016/11/26234

……。

以下、少しだけ抜き書きする。

JRF2016/11/27060

……。

クムラン教団は、the Teacher of Righteousness に従う、または彼によって建てられた教団で、彼らに敵対する者としてかつては仲間だったが敵になった the Wicked Priests がいる。The Wicked Priest の属す集団がユダヤ教の主流派だったのだろう。

クムラン教団は二元論的終末ビジョンを持ち、the sons of Light と the sons of Darkness が戦うことになると考える。光の軍団を率いるのは Michael で、闇の軍団を率いるのは Belial (というのがこの時代の固有名詞の使い方らしい)。

JRF2016/11/24217

そういったカルト的思考を持っていながら、ベースにはへりくだった人間観があった。

>For Thine, O God of knowledge, are all righteous deeds and the counsel of truth; but to the sons of men is the work of iniquity and deeds of deceit.<(The Thanksgiving Hymns, p.255)

人の子(すなわち人間)には、不正や欺瞞しかない。…というへりくだった人間観。

JRF2016/11/26880

>Thou hast saved me from the zeal of lying interpreters, and from the congregation of those who seek smooth things.<(The Thanksgiving Hymns, p.258)

JRF2016/11/26753

クムラン教団の敵は「smooth things」を求めるという…smooth という言葉からは私は平和を求めているような印象を受けるが、むしろ、Kittim で表されるローマとの敵対を避けるために神のことをもないがしろにするようなことを述べているのだろうか?

JRF2016/11/23268

>(…)Thou (…) hast chastised us as a man chastises his son. (…) Because Thou hast chosen us [from all] the earth to be Thy people,] therefore hast Thou poured out Thine anger [and jealousy] upon us in all the fury of Thy wrath.<(The Words of the Heavenly Lights, p.365)

JRF2016/11/24362

我々は選ばれているがゆえに苦しみにあう…この辺はカルトらしい考え方だが、ユダヤ教・キリスト教に受けつがれ、時代に耐えた考え方でもあるのだろう。

JRF2016/11/24664

>For He will heal the wounded, and revive the dead and bring good news to the poor (Isa. lxi, 1).<(A Messianic Apocalypse, p.392)

JRF2016/11/20728

新共同訳のイサヤ書 61:1 では、死者の復活への言及はないとされている。ここでの死者の復活への言及は、クムラン教団にその教えが広くあったかどうかを結論づけるほどのものではない。エゼキエル書には新共同訳でも死者への復活への言及があるから、そういう考え方がある程度、広まっていたとしてもおかしくはない。

JRF2016/11/21031

>(…)the Wicked Priest who was called by the name of truth when he first arose. But when he ruled over Israel his heart became proud, and he forsook God and betrayed the precepts for the sake of riches.<(Commentary of Habakkuku, p.482)

JRF2016/11/27027

Commentary of Habakkuku にクムラン教団の基本的な教えが見出せる。ここでは the Wicked Priest について、上に書いたようなことを述べている。

JRF2016/11/20599

>...to the penitents of the desert who, saved, shall live for a thousand generations and to whom all the glory of Adam shall belong, as also to their seed for ever.<(Commentary on Psalms, p.488)

JRF2016/11/29144

ここで、「砂漠の改悛者」は必ずしもクムラン教団のことを指しているわけではないが、自分達のことを指してるかもしれないという意識はあったのではないか。しかし、それがローマによって滅亡する。そこから生き残った者達もいただろうに、クムラン教団が復活することはなく、そうであるがゆえに「世紀の大発見」につながったわけである。この時代が見つけてしまって良かったのか。この時代とはどういう時代なのか…という妄想が浮かぶ。

JRF2016/11/23066

>The son of God he will be proclaimed (…).<(An Aramaic Apocalypse, p.577)

ここの「the son of God」というメシア的人物が誰を指すのかで論争があったらしい。そういう論争を起こして死海写本の価値を高めようとしていたのではないかという疑いが私にはある。まぁ、それが一概に悪いことだと私は決めつけないが。

JRF2016/11/26695

……。

引用は、大著の割に控え目になったのは、正直、驚くようなことがほとんどなかったからだと言える。この本の著者のスタンスとして、死海写本のセンセーショナルな部分には水をさすという意図があって、それを私が読みとったという面もあると思う。必要以上にあっさりとした印象しか私は抱けなかったということだろう。あまりおもしろい読書ではなかった。

JRF2016/11/27955

次に何を読むかは迷うところ。読んでない数学書はあるが…、うーん、それを読んでどうなるものでもないしなぁ…数学に関してアイデアが浮かぶことがあれば、やりがいもあるんだけど…。クラシック音楽を聴くのを再開したので、それを楽しみながら、次をぼちぼちと探ってみますか…。

JRF2016/11/27446

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