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今鷹真『蒙求』、池波正太郎『男の作法』、福原麟太郎・吉川幸次郎『二都詩問』、古川日出夫『ベルカ、吠えないのか?』、野阿梓『兇天使』を読んだ。 (JRF 7522)

JRF 2017年1月14日 (土)

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『蒙求』(今鷹 眞, 角川ソフィア文庫, 2010年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4044072213
http://7net.omni7.jp/detail/1102981031

JRF2017/1/147186

正しくは『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 蒙求』。Amazon で検索すると同じ著者が1989年に『蒙求』に関する本を出している。それとの関係はよくわからない。全訳じゃなく抄出、やさしい解説付き。

JRF2017/1/143127

『蒙求』は、唐の李瀚[りかん]の596句からなる四字句の韻文で、宋の徐子光が書いた注とともに現代に伝わっている。書かれたころは流行したが、その後の影響は限定的らしい。ただ、日本では教育に使われるなどして明治期まで広く読まれていたそうだ。

「漱石」や「蛍雪の功」の典拠。ただし、『蒙求』自体が、童蒙(子ども)が求めるべき話を他から寄せ集めた書らしく、本当の典拠はまた別にあるべきだが、その典拠が失なわれるなどしていること、本書がよく知られるに致ったことから、これを典拠とするようだ。

JRF2017/1/140564

この本の著者(解説者)は、『蒙求』の話の選び方が支離滅裂だという意見に同意するようだが、私は、読んでみて、官吏が知るべきことがよくまとめられていると思った。網羅的ではないかもしれないが…。公務員全盛の今の日本でもっと教養として読まれていいと思った。

JRF2017/1/144548

少し引用を…。

>家貧しく親老ゆれば、禄を択ばずして仕う。<(p.47)

これは『孔子家語』の言葉。私は親老いて、家は必しも貧しいとまではいかないが、やはり何でもいいから仕事につくべきなんだろうな…。でも、私、コミュ障なこともあって向こうが雇ってくれないんだよね。これでも「選んでる」ことになるのかな…。

JRF2017/1/145230

>孟母三遷<(p.75)

『蒙求』の詩文では「軻親断機」を挙げ、注に「孟母三遷」の故事を記すが、「孟母三遷」自体の言葉はない。『孟子』を読んだとき([cocolog:84773813])、そこに「孟母三遷」の故事がないと書いた。『蒙求』注では『古列女伝』を典拠としているが、日本で広く知られるようになったのは、やはり『蒙求』からなのではないか。

JRF2017/1/149889

晋の恵帝が…

>「この蝦蟆[がま]の鳴くのはお上のためか、私人のためか。」と尋ねた。ある者が答えた。「お上の土地にいるのはお上のため、私人の土地にいるのは私人のためです。」天下が荒れ乱れ、人民が飢え死にする事態になると、帝は、「(米がないなら)どうして肉のかゆを食べないのか。」と言った。

JRF2017/1/146519

「お上の…私人の…」は新約聖書の「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(マタイ 22:21)(参: [cocolog:81757811])を私は思い出す。

また、「肉のかゆを食べないのか。」は、マリー・アントワネットの言と伝えられている「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」を思い出す。これは Wikipedia(↓)を見ると中国の例としてここと同じ『晋書』の例が出ている。

JRF2017/1/142626

《ケーキを食べればいいじゃない - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84

JRF2017/1/141747

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『男の作法』(池波 正太郎 著, 新潮文庫, 1984年 2007年改版)
https://www.amazon.co.jp/dp/4101156220
http://7net.omni7.jp/detail/1102506029

元は、ごま書房より 1981年に出た本らしい。

JRF2017/1/143439

語りを記録したエッセイ集。初っぱなが、回らないのが普通だったころのスシ屋での作法の話で、食べ物の話のほか、プロ野球、新婚旅行、ネクタイ、万年筆、和装、浮気、嫁・姑…と様々に論じる。まぁ、オヤジが「放言する」と言っていいが、奇をてらわず常識的なところを語ってるのだと思う。

JRF2017/1/147390

十三歳のときから株屋で働いて、若い頃に浮いた金を使えるようになったあとの戦後、演出家をしながら小説を書いていた男…。鬼平や仕掛人シリーズで有名な作者、私はテレビ時代劇から知って逆にその小説を大学生のころに読んだ。

自信に裏打ちされた物言い…「男が語る」…というののマネは私にはもうできそうにない。こういう生き方もあるんだなぁ、と味わい深かった。

JRF2017/1/146922

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『二都詩問』(福原 麟太郎 and 吉川 幸次郎 著, 新潮社, 1971年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4103888016
http://7net.omni7.jp/detail/1101072934

JRF2017/1/141046

往復書簡の形式で、福原が英詩、吉川が漢詩の立場から、詩の翻訳を論じる。最初はやや専門的に韻の意味について論じ、後に一般的な翻訳のニュアンスについての話になる。

JRF2017/1/146926

中心主題とは違うが、福原が「吾輩は猫である」(参: [cocolog:86489259])を普通 "I am a cat" と訳すのに不満で、もっと偉そうなニュアンスを出すために "Here I am -- a Cat" と訳したいと述べるところが「なるほど」と思った。たしか、私はこの訳をどこかで知って、この本を読みたいと思ったのではなかったか。

JRF2017/1/142789

最後のほうで、詩で、キャメラ(カメラ)・アングルを移動するように視点を変えることが論じられる。英詩でそういう効果を見るが漢詩にもそういうのはあると福原が論じたところに、吉川は、短歌に代表される日本語の詩はアングルの変化がない legato なものだが、俳句はしばしば「古池やかはず飛びこむ水の音」「菊の香や奈良には古き仏たち」など切れ字「や」によってアングルの変化がある staccato な詩になると論じた。

JRF2017/1/144812

さらに、吉川は、英詩を漢詩にするとき英語で冠詞や代名詞としてあったものをしばしば略すことから staccato なリズムになる旨を指摘する。英詩はそれに比べると legato なものだという。これも「なるほど」と思った。この本には明示的な記述はないが、最初の韻の話も、日本詩に普通、韻がなく、英詩の韻が二行で韻を踏み、漢詩が「一韻到底」であるのも legato さと staccato さの度合の違いに関係があるのかなと思った。

JRF2017/1/146437

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『ベルカ、吠えないのか?』(古川 日出夫 著, 文春文庫, 2008年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4167717727
http://7net.omni7.jp/detail/1102555124

元は 2005年の文藝春秋刊。

JRF2017/1/147866

犬の物語。軍用犬とそれにまつわる人々の物語。第二次世界大戦のアリューシャン列島のキスカ島に残された四頭の犬からベトナム戦争を経て、ロシア・マフィアとチェチェン・マフィアの抗争に血統を継ぎながらかかわる犬たち。サポートする人間は、クセがあって非実在ぎみだけど魅力あるキャラクターになっている。

JRF2017/1/145102

高橋よしひろ『銀牙 - 流れ星 銀』という犬のマンガがあったが、人間の戦争や抗争の歴史を背後にするためか、ある意味、それよりリアリティがある。この小説でも犬はしゃべるが、個々の個性よりもむしろ血統が残っていくことに生き様がある。

JRF2017/1/140570

現代小説というのは、私はなかなか読まないが、すごいものだと思った。私は現代史をなでるようにしか見ていない、そこに詳細な何かがあるという想像をしていないことが痛感された。

JRF2017/1/142628

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『兇天使』(野阿 梓 著, ハヤカワ文庫JA, 2008年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4150309167
http://7net.omni7.jp/detail/1102532084

元は、1986年にハヤカワ文庫JAから上下巻で出ていたもの。そちらでは萩尾望都のカバーで各所にイラストが付いていたようだが、今回の本では省かれている。

JRF2017/1/140984

主な登場人物がセラフィとジラフという名で、私の使っている「JRF」を想起させる。そこから読んでみようと思い、手に取った。

JRF2017/1/148853

のっけから BL 系の美感あふれる記述で、そういうのを好きな人はいいのだろうが、私は苦痛を感じながら読み過ごした。その後も、読者を惹くための「導線」として耽美系の男どうしまたは男女のからみが出てきて、女を暴力的に犯すと言った記述には慣れて興も感じないわけではない私も、合意による背徳を美として描いているのには嫌悪感をもよおし、導線に逆につまづいて、読むのが辛かった。

JRF2017/1/140487

「上帝」すなわち唯一神的な最高神につかえる天使とともにギリシャ神話・北欧神話をも含むような世界観から、シェイクスピアの『ハムレット』の豪華な二次創作を中心として話が進み、途中、歴史的、哲学的な記述を挟んで、きらびやかに物語が展開する。1986年にすでにこのような小説が生まれていたことに驚く。

JRF2017/1/149280

神学・哲学的記述は、著者は、衒学趣味的な空疎な飾りとして描いているのかもしれないが、私には参考になる記述だった。ただ、最後の結論として、「国家」が同性愛などの禁忌[タブー]の恋によってできていると読めるところは、やや単純すぎる結論のように思った。

JRF2017/1/143752

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