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遠藤拓郎・江川達也『睡眠はコントロールできる』、水野肇『クスリ社会を生きる』、渡辺儀輝『おもしろ実験と科学史で知る 物理のキホン』、竹内啓『偶然とは何か』、笹原宏之『訓読みのはなし』を読んだ。 (JRF 7794)

JRF 2017年1月19日 (木)

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『睡眠はコントロールできる』(遠藤 拓郎 and 江川 達也 著, メディアファクトリー新書, 2010年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4840134413
http://7net.omni7.jp/detail/1102945342

JRF2017/1/198973

4時間半睡眠という「攻める睡眠」を推すこともある遠藤医師の本。行動計で24時間の行動をグラフで記録して認知行動療法に導き、光治療照明機具により過眠ぎみなのに対処し、よりよい睡眠のために抗うつ剤の SSRI を処方するというのが、基本的な方策で、その組み合わせをいろいろ変えたり、薬を変えたりして睡眠障害の治療を行う…ことが記されている。2010年の書なので、その後、変わった部分もあるかもしれないが、私にはわからない。

JRF2017/1/199623

私は、「寝すぎ」に困っている。遅寝遅起きで眠る時間も長い。この本によると、光治療の対象となりそうだ。朝日を浴びるとよさげでもあるので、私はそうするべきか。また、睡眠薬と抗精神薬を常用しているが、遠藤医師によると睡眠薬は「ここぞ」で使う薬らしく、睡眠薬を減らして SSRI に切り替えることを勧められることになりそうだ。まぁ、私が今使ってる睡眠薬(睡眠剤?)についてどういうかはわからないけど。

JRF2017/1/190976

この本ではちょっとしたマンガを書く江川が、カウンターとなる意見を言ってくれていて、それも参考になる。

JRF2017/1/196327

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『クスリ社会を生きる - エッセンシャル・ドラッグの時代』(水野 肇 著, 中公新書, 2000年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121015630
http://7net.omni7.jp/detail/1101714561

JRF2017/1/197027

新聞記者から医事評論家になったと経歴にある著者の、薬…製薬に関する本。新聞記者だったためか、薬害について厳しめの意見を書いているなという印象。プラセボを有効に使えないかという著者の感慨は、私は共感するところであった。製薬会社の「プロパー」…「販売員」などについて記述は、その仕事のツラサが少しかもしれないが伝わってきた。

JRF2017/1/198880

この本では、2000年付近の海外製薬会社の大合併を受けて、国内の合併もかなり進むという予想があるが、ググって今の状況を調べると、確かに合併は進んだが、その「予感」ほどには当っているわけではないようだ。

はじめのほうで結核の「解決」が、抗生物質などよりも栄養状態の改善によるという私が(どこからかで読んで)もっていた予想を裏書きすることが書かれていた。

JRF2017/1/198182

漢方についても、原因よりも症状を見て処方されるといった基本的なことが、少し書かれていて、簡素にまとまっていて私には参考になった。

そういった感じで薬について広く、簡素にまとまっていて、もう出版から 15年以上たってるので少し情報が古くなっているかもしれないが、私は興味深く読めた。

JRF2017/1/195528

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『おもしろ実験と科学史で知る 物理のキホン - 力・熱・光・電気・流体がスラスラわかる』(渡辺 儀輝 著, サイエンス・アイ新書, 2009年)
https://www.amazon.co.jp/dp/479735156X
http://7net.omni7.jp/detail/1102696422

JRF2017/1/196395

物理学の原理的説明または史的エッセイの一ページに、それに関する簡単な実験が一ページ付いているという本。スワルツ『物理がわかる実例計算101選』([cocolog:86489259])が難しい本だった私には、数式をほとんど使わないこの本ぐらいがちょうど良いのかもしれない。おもしろかった。高校生ぐらいが対象かな…でも、中学生が読んでもおもしろいと思う。

JRF2017/1/193873

最後、ベルヌーイの法則(定理)に関する誤解をとこうとページをさいていたが、私はまさに、ベルヌーイの法則は、流体の粘性に関する定理だと誤解していた。飛行機の揚力についても、これまでの私の理解とは違う説明だったように思う。

実験はわかりやすいものが多かったが、熱力学の実験等では私には仕組みがよくわからないものもあった。私はバカだなぁ。

JRF2017/1/199362

あと、ジュールの実験(p.54)について、手元のメモには書いているが、ネットには書いてないことがあった。この本では小さく取り上げられているだけだが、今回の読書にことよせて詳しく書きたい。門田和雄『基礎から学ぶ 機械工学』を読んだときもジュールの実験(そこでは p.142)が出てきて、それを読みながらの手元のメモだった。

JRF2017/1/192330

私の疑問とは、ジュールの実験は、攪拌[かくはん]で熱が生じることが前提の実験だが、攪拌は、かきまぜてる仕事のわりにほとんど熱を生じなかったというのが実感としてある…ということ。

↓の「ベストアンサー」は普通のジュールの実験に関してなんだけど、実感としては、それ以外の「回答」として書かれたもののほうが正しいという印象。

JRF2017/1/196521

《ジュールの実験について簡単に説明してください。お願いします。 - Yahoo!知恵袋》
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212332932

JRF2017/1/193230

aiaiai147:>水をかき混ぜるとその水温が上がるという確信のもとに,たるの中の水をかき混ぜてる実験ですかね.これはうまくいかなかったようです,そこで,滝の上と下の温度差を測ったら,わずかに差が認められたそうです.これによって運動エネルギーが熱エネルギーに転化することを証明したと聞いています.<

JRF2017/1/196130

これ、羽軸と容器のまさつ熱でなく、かくはんされた水の運動エネルギーが熱となるためには、かくはん機をかなり工夫する必要があるように思う。というか、不可能に近く、羽器具の中に入っていって、分子のランダムウォークが発散するぐらいの旅を経て戻ってきて、そこまでに何秒かは少なくともたってるみたいなほど(パーコレーションの臨界を経たあと?)の抵抗が必要なように思う。

つまり、ある種の臨界がないと運動エネルギーは熱にならないのではないか?

JRF2017/1/198376

この本で、実験としてあるのは、おもりを複数入れた包を振ると、おもりの温度が上がるというものだが、それも衝突がある種の臨界現象の役割を持っているのではないかと思った。(参↓)

JRF2017/1/192735

[cocolog:82547760]
>p.25 で弾性衝突の説明の部分、運動エネルギーが温度(熱エネルギー)になるには、ねんどを変形させるような非弾性衝突が繰り返してある種の「臨界」に達しないといけないのではないか…という私の「偏見」を少し思い出した。<

JRF2017/1/192361

まぁ、ジュールの実験はいたるところで参照されているので、間違っているのは私であるのは確実なのだが…。

あと、さらなる妄想として、次のようなメモもある。

JRF2017/1/193335

>ジュールの実験、羽根部をむしろ中空にして、そこに流れ込むものがレイノルズ数以上で乱流になるといいという印象。でも、このためには、流れ込んだあと出て行けなければならない。樽が閉じている限り、出て行くところを開けるのは難しい。すると抵抗部が回転する樽は、自身がむしろ入口と出口を持っていて、水が上から下に流れてる感じにすべきなのではないか。これが流れ込む温度に比して出ていく温度が上がっている…ようにするには、循環もないと証明は難しい気がする。でも、それってまるで心臓のモデルだな…。<

JRF2017/1/197855

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『偶然とは何か - その積極的意味』(竹内 啓 著, 岩波新書, 2010年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4004312698
http://7net.omni7.jp/detail/1102971915

JRF2017/1/192927

「偶然」を哲学的に論じた本…だが、確率・統計への言及に大きくページをさいている。哲学的と言っても、古典的な、本質に対して偶有(参:[cocolog:85464900])を考えるみたいなことへの言及はほぼない。最初のほうで次のようにいう。

JRF2017/1/196047

>確率論の導入によって「偶然」は克服されたというのは、自然の認識としても、あるいは人間の生き方としても正しくないと思う。そのことを説明するのがこの本の目的である。<(p.vii)

JRF2017/1/193042

著者は東大出身の数理統計学の教授らしい。そのためか統計的推論について詳しく、フィッシャーとネイマンの論争を紹介していた。その部分、前はもうちょっとわかった気がしたのだが、私がバカになったせいか、難しくて理解できなかった。

JRF2017/1/196869

モンティ・ホール問題(参:[cocolog:85822334])について言及がある(p.87)が、ヨセフ、アドルフ、ベニトのうち「地獄行きは誰か?」という三囚人問題型と、宝物の入った箱としてモンティ・ホール型を一つのエッセイで紹介している。にもかかわらず、「モンティ・ホール」も「三囚人問題」もその名に言及がない。また、偶然の観点から進化論(や宇宙論)を論じているのに、中立進化説や人間原理への言及がない。著者はどういう派閥の人なんだろう?…と思った。

JRF2017/1/191514

ほとんど起こりえない「百万人が死ぬような原子力発電所のメルト・ダウン事故」(p.201)は「そのような危険は無視して生きなければならない。」(p.206)…という。この本の出版は 2010年で東日本大震災の前で、あのメルトダウン事故の前。もちろん、5年たって百万人が死ぬような事故ではなかったんだけど、あってはならないメルトダウン事故は起きた。その点、今はどう考えているのだろう?

JRF2017/1/197705

「ありえないこと」にも個人の責任である程度、対応したっていい。著者が歴史に責任者がいるのを認めるように、そういう対処があるがゆえに遺るものもあっていいと思う。

あと、本とはほぼ関係がなくなるが、私が書いた記事で、「偶然」に関しては《イメージによる進化》もあるが、↓をなぜか思い出した。「偶然の発見」にもほとんど必然である場合もあればそうでない場合もある。

JRF2017/1/194152

《未確定知識と衝動知識 - 非当業者性から考える特許の報酬モデルの二形態》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/03/post_2.html
> 未確定知識の探索はため池を造るようなものだ。大くの資本を投入すれば、それだけ早くできる。

衝動知識を得るのは井戸を掘るようなものだ。一人で井戸を掘るのに 30 日かかるからといって、30 人で井戸を掘れば一日で済むことにはならない。

JRF2017/1/191233

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『訓読みのはなし - 漢字文化圏の中の日本語』(笹原 宏之 著, 光文社新書, 2008年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4334034551
http://7net.omni7.jp/detail/1102563370

JRF2017/1/195511

2014年に角川ソフィア文庫から副題違いで同著者同タイトルのものが出ているが、Amazon 評によるとこの本の新版のようだ。

この著者の『日本の漢字』(岩波新書)が良かったからこの本に興味を持ったのだと記憶している。訓読みだけで一冊の本ができるのが驚き。最近、元号がもう日本特有のものとなったということが話題となったが、「訓読み」もシステマティックなものとしては日本語固有の現象となっているようだ。

JRF2017/1/194413

細かい話題の連続で、特にどうということはないのだが…。私は「私」を「わたし」と読んでいただくつもりで書いているが、本当は「私」には「わたくし」という訓しかない。…ということは、まぁ、知っていたが、それほど保守的ではなさそうな著者は認めてくれるだろうと思っていたら、そうでもなさそうだったのには少しショックを受けた。また、名前に「己」を「み」(英語の me?)として付けるのには植村直己氏の例があると知ったのは収穫だった。

JRF2017/1/191683

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