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cocolog:87044958

ミクロ経済学を学ぶ。私は経済(学)に強い人間だと自負していた。いろいろあって引きこもりでニート(年齢40歳オーバー)だけど、経済のセンスはある人間だと思っていた。何を勘違いしてたんだろう…。 (JRF 2863)

JRF 2017年3月16日 (木)

マクロ経済学を復習した([cocolog:86942001])のに続いて、経済学を復習する前からギモンに思っていた、新商品があると、農家はその商品を買えるようにするために価格を上げるのではなく、むしろ下げるように思うのはなぜなのか([cocolog:86949603])を考え、また、経済波及効果([cocolog:86953876])について考えた。そして、今回、ミクロ経済学を「復習」した。ずっと以前は簡単な入門を読んだが、今回は微積分を多く使った↓を読んだ。難しかった。

JRF2017/3/167624

『微積分で学ぶ ミクロ経済学 (上・下)』(B. R. ビンガー & E. ホフマン 著, 木村 憲二 訳, シーエーピー出版, 1996年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4916092120 (上巻)
http://7net.omni7.jp/detail/1101362586 (上巻)
https://www.amazon.co.jp/dp/4916092139 (下巻)
http://7net.omni7.jp/detail/1101368169 (下巻)

JRF2017/3/164086

最近の経済学というのはマクロ経済学も含めて、微積分をバンバン使うのが主流らしい。そういうのはもちろん私はわからない。このところ、いろいろ読んで、そうでないごく普通の入門的な経済学についても、私はセンスがないな…と認めざるを得ないと思った。

JRF2017/3/160377

なお、この本に載っていることは、微積分を使わず、グラフを書けばわかる性質のこともあるかもしれない。しかし、式になって計算できるというのは強いことだ。こういうことに憧れがあったがゆえに、この本を私は買ったのである。『Strategic Asset Allocation』を読んだとき([cocolog:86393544])、>効用関数を数学的に定義していろいろ求めれたらカッコいい…<と書いたが、そうしているこの本を以前に買っていたのだった。

JRF2017/3/169011

目を通すだけで、手を動かしていない。各章末の問題も手を動かして解いていない。だから、理解も中途半端に終っていることと思う。ただ、この本は、計算例が多く、途中の式をわりと書いてくれているので、そういう読み方でもわかった気にさせてくれた…とは言える。

JRF2017/3/160708

各章末の問題は、一部しか解答が載っていない。ネットでも解答は見つからない。興味深い問題が多いのに答えがわからないのは、ストレスがたまる。その点は残念だった。

JRF2017/3/166663

……。

なお、この本では、句読点に「,.」を使っているが、ここで引用するときは「、。」に書き換えることにする。

JRF2017/3/160854

……。

直近([cocolog:86949603])の農家に関する物々交換の三要素モデルのようなことが、この本のミクロ経済学と何が違うのかが気になった。それを「第4章 イントロダクション:経済理論と市場経済」というこの本全体を式を使わずに概観する章を読んで考えた。

JRF2017/3/167645

三要素ではあらわせないというとき、ある程度の数がないと統計的に有意に観測できないという性質があることが予想されるが、通常、経済学では、そういうところでマクロとミクロを区別しない。

この本のミクロモデルも2者2財モデルみたいなものを考えてるということがあるが、物々交換の三要素モデルよりも「マクロ」的なように思う。

JRF2017/3/168180

物々交換の三要素モデルでは、需要の問題はすなわち分配(配分)の問題であったが…

>たとえば、2人の消費者と2財の経済において、消費者の好みが異なっているとすれば、先験的により多くの「購買力」をもっている消費者が、自分の好みの方向に最終産出物の分配を歪めるであろう。<(p.117)

JRF2017/3/167007

三要素モデルのときは、嗜好品生産者が、農家に対する価格決定権をにぎった。「購買力」を他の2者の農家に認められるという形になった。つまり、農家が強く需要するという形になった。それが分配に偏りが出る根拠となったのであった。ここまでは考え方に大差はないだろう。

JRF2017/3/169351

>市場の働きによって、個人とグループの決定は同時的に行われる。<(p.119)

>消費者のグループあるいは企業のグループは、価格に影響を及ぼすことができるのであるが、1人1人の参加者にはその力は与えられていない。(…)しかし他方で、少数の主体しか存在しないにもかかわらず、市場にある経済主体が、あたかも多数の主体が存在しているかのごとく行動することを求められているとすれば、モデルはより広範囲で受け入れられることになる。<(p.124)

JRF2017/3/169802

「市場」と「(完全)競争」の存在が、「マクロ」的と私に思わせるメカニズムなのだろう。需要が需要曲線にもとづき売買によって確定するとき、実際には、市場に需要家が複数いて、ある需要家は応じないところに、競争的に他の需要家が応じるということで確定するという動きが隠れているのだと思う。でも、その場合も1つの主体が需要しているかのようにみなすということのはず。

JRF2017/3/160397

ただ、物々交換モデルでも、取引を必ず受け容れるという仮定は暗黙裡にあったのであった。それは、受け容れる需要家がどこかにいるということだったのだろう。

JRF2017/3/163257

>競争モデルの重要な仮定は、個別的な経済主体が市場価格に影響を与えることができず、それゆえ、その個人的な決定にあたって、市場価格を所与のものとして受け入れなければならないという仮定である。この仮定はしばしば価格受容行動とよばれている。<(p.123)

物々交換モデルでは、明確には価格というのが出てこなかった。価格が出るというのも市場と競争の仮定によるのだろう。

JRF2017/3/161008

>投票の逆説は、各個人が択一的な対象に対して整合的な順序づけを行うことができるとしても、グループが整合的な順序づけを行うことはできない、ということを示している。<(p.122)

個人の中で投票の逆説が起こることもありえるのではないか。しかし、その場合、競争によって、他の個人が先に売買を確定するのを、一つの個人の心の動きのように擬制しているだけではないのか。それならば、投票の逆説がおこる集団においても、そのような擬制が起きてよく、その条件を論じることができるように思うが…。

JRF2017/3/168110

この本では、第9章で農家の苦境が説明される。それは必ずしも私の論じ方と同じではなく、「需要の非弾力性」から説明される。

JRF2017/3/167749

>毎年農家は、作付け、世話、刈り入れなどにかなり多額の固定費用を投下しなければならないが、その収入は天候次第である。非常に天候に恵まれた年は、豊作となる。需要は非弾力的であるため、販売量は多くなるが、価格は低くなり、収入も少なくなる。(…)これらの困難の理由は、基本的な食料に対する需要がまったく価格非弾力的であるということである。(…先進国などでは…)所得が上昇するに従って、基本的な食料のような所得非弾力的な財に対する需要に比して、所得弾力的な財に対する需要がより急速に伸びてきた。<(p.293-294)

JRF2017/3/166485

私の説明では、必需品が購売力を持たないのが、こちらの説明では、所得非弾力的ということで、「新商品」が購売力を持っていたのが、所得弾力的ということに相当するのだろうか。

JRF2017/3/164382

……。

この本では丁寧に、「効用」の概念を理論的に構築していく。

>公理5. 選好は非飽和(nonsatiation)の性質をもっている(…。…)換言すれば、1つの次元において A と B が相等しく、他の次元では A が B より大であれば、A は B よりも選好される。この仮定は一般的には「多々ますます弁ず」という表現で知られているものである。<(p.141)

JRF2017/3/162987

これ、数量が増えたとき例えば環境を気づかってそれ以上得ようとしない…といったことを表現できないということだろうか?

JRF2017/3/168872

違うか。環境をもう一つの財とみなして、環境に配慮したほうが高い効用を得られるという構成にすればいいということか。その場合、環境という財と他の財について制約を課すという形にすればいいのではないか? でも、制約があってそれである種固定されるなら、軸の数が減るのと同じことで、結局、数量が増えたときそれ以上効用が増えないという式が出てくるのではないか?

JRF2017/3/161316

違うか。環境について必要な量があり、その必要な量があれば他の財の数量は大きいほうがいいとは言えるだろう。他の財についても必需というのは考えられる。それは結局、効用に、財の一定以上という制約を新たに課すことに相当する。そういう制約の追加なら、式をまとめて軸を減らすような効果はない…か。

それでいいのかなぁ…。なんかだまされてる気がする…。

JRF2017/3/161075

……。

>短期総費用はよく固定費用と可変費用に分割されている。<(p.348)

固定費用には資本の市場賃貸料に資本の投入量をかけたもの、可変費用には市場賃金と労働の投入をかけたもの、が挙がっている。

JRF2017/3/169615

私は大昔、固定費として人件費を考え、そう述べたことがあったが、ミクロ経済学の用語の使い方で言えば、それはおかしな言葉の使い方であった。端的には間違いであった。そのインプリケーションに恐怖する。すみませんでした。

ただ、工場はほとんど無人で、研究開発に人を雇っているという場合は、固定費として人件費で、可変費用は原料といったふうに捉えるのも、間違いではないように思う。本社にいる人間はどちらかというと固定費用的に捉えるという観方もありうるのだと思う。

JRF2017/3/165405

一方で、本社にいる人間を熟練労働者、工場や営業にいる人間を未熟練労働者みたいに捉えるのは、それはそれで大きな間違いだろうとも思う。ミクロ経済学では、そうあてはめるべきときがあるかもしれないが。

JRF2017/3/162898

……。

少し前に、経済波及効果について考えたのだった([cocolog:86953876])が、私は「資本コスト」ですべて説明しようとした。しかし、生産性に関して何か言える面もあるかもしれないとこの本の「第11章 費用関数」の収穫逓増・収穫逓減に関する議論を読んでて思った。

JRF2017/3/161278

>長期平均費用が U 字型である場合, x_ における長期平均費用の極小点に達するまで、産出量を拡大することによって、企業は平均費用を減少させることができる。x_ の点で、企業は短期と長期の平均費用をともに極小化することができるのである。<(p.367)

JRF2017/3/167011

公共事業を多く受注することで平均費用が減少し「生産性」が向上するとき、その向上分の供給増的な部分は、(借金を返したのにそれが再び他者に貸し付けられることがない…ということがないとすれば、)出した公共支出分より大きな効果を他者に及ぼすことになる。それが「資本コスト」の影響より大きいということは考えられないわけではない。…と思った。

JRF2017/3/160591

ただ、一方で、逆の平均費用が増加する場合もありえる。線路を作って家が建つ、通勤時間が短縮する…みたいな経済効果はあえて考えてこなかったのだけど、現代において、そことあわせたときまだ魅力的な案件があるのだろうか…。

JRF2017/3/167223

第19章で、危険プレミアムの話が出ていた。上の経済波及効果を考えたとき、売上のボラティリティが高いとか低いとかに関して何か言えないかと考えたが、企業が危険回避者であるとき、ボラティリティが高いと危険プレミアムが大きくなるとは言える。その分を金融が介入することで、危険プレミアムの分だけ金融機関の収益がよくなり、それが経済を大きくするという効果はあると言えるのかもしれないと思った。

JRF2017/3/168975

……。

>たとえば、ドイツや日本ではカルテルは合法的であり、多くの産業がカルテルとして組織されている。<(p.536)

たしか高校のころだったか、日本にも独占禁止法があって、カルテルはできないと習った。でも、この本の著者が嘘をつくとも思えないので、何がしかの抜け道がある(あった)のかもしれない。「護送船団方式」という言葉が昔あったが、そういうのを指したのだろうか?

JRF2017/3/169941

《カルテル - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%AB
>逆コースをつき進む日本は、1953年に独占禁止法を改正してカルテルを一部容認した。<

JRF2017/3/166280

……。

再生不能な天然資源の採取において、

>18.45式の意味しているところは、どの時点においても、(予想)価格は長期限界費用に複利利率で計算された機会費用要因を加えたものに等しくなければならない、ということである。<(p.638)

18.45 式は次のような式である。

p_t = LRMC + (1+i)^t * (p_0 - LRMC)

i が市場利子率、p_0 が現在の価格、p_t が将来の価格、LRMC は長期限界費用。

JRF2017/3/167556

今、採取できるものは今、採取してしまって複利でまわせばよく、それをしないのは予想価格が複利計算で導かれたものに違いないからだ…という話。しかし、複利計算が大きく、それを将来にわたって想定するのはあまりにも現実的ではない。

今、採取しつくして売りに出せば相場は下がる。そことの均衡を考えてないというのが気持ち悪い。その場合、p_0 が LRMC と同じか かそれ以下になるということだろうか。そうするとマイナスの予想価格なのに、今、現金化しないのはなぜだとなって、余計説明が困難なように思う。

配当などもコストと考えて LRMC と p_0 が一致していると考えるべきなのだろうか?

JRF2017/3/162531

……。

>利子率上昇の効果は効率的な漁獲率の上昇をもたらすのである。<(p.646)

逆に日本のように利子率が下がっていく状況では、漁獲量は減ったのだと。そうなのかな? 水産資源についてはいい噂を聞かないけど…。

JRF2017/3/168417

……。

下巻の後半部分は難しかった。第19章6節の「条件付き請求権と状態選好モデル」とか何が言いたいのかわからなかった。第21章の公共財に関する議論も、クラーク的課税とか説明が薄くわからなかった。

中でも一点、練習問題に次のようなものがあった。

JRF2017/3/163232

>政府がある不法な行為(たとえば駐車違反やスピード違反)に対する罰金を増加するか、逮捕の確率を上昇するかについて決定したいと考えていると仮定する。すべての個人が危険回避者であれば、逮捕の確率の増加よりも罰金の増額のほうが、不法な行為の阻止に役立つことを示しなさい。ただし、罰金の期待値はどちらの場合でも同じであるとする。<(p.689)

JRF2017/3/169981

私は厳罰主義よりは全罰主義を推す者([aboutme:95835])だが、上の結論は納得しがたく、この問いにどう回答すれば言いのかもわからず、気になっている。効用関数が一次同次でもないはずだし、どうしてそういうことが言えるのだろう?

JRF2017/3/168769

……。

……。

感想的なものは以上。

JRF2017/3/163004

……。

この本の理解を深めるために、何かコンピュータ上でモデルを使えたらと思うのだが、どう手を付ければいいのかわからない。

JRF2017/3/162593

昔の私は、コンピュータ・シミュレーションで何でもできると思ってた。難しい微分積分を使った数学モデルも確率モデルとしてコンピュータ上に載せれば一発だと思っていた。でも、そうじゃなかった。数学の理論はコンピュータとは独立してあり、多くの場合、代替不能だった。微分方程式を式のまま、コンピュータに載せるのも可能ではあるのだが、ある程度以降、解くのは自分でやらないといけなかった。誤解していた。その誤りに長く気付かなかった。

JRF2017/3/160245

今でも、微分方程式のモデルなどは、(差分方程式にするとかそういうことでなく)考え方だけを移して簡単な確率モデルとしてコンピュータに載せれないかと思うことがある。でも、それって理論的に無茶なだけで意味がないんだと悟った。

JRF2017/3/164610

……。

今回、練習問題を解かなかったが、解けるようになりたい、これぐらい解かないとダメだ、という思いはある。次にトライする機会があれば、がんばるかもしれない。ただ、解答がないと不安なので、別の「ミクロ経済学演習」の本を買って、それで済ます可能性もある。

JRF2017/3/160718

……。

私は経済のセンスがあると思っていたが、それはまやかしだったと認めざるを得ない。この本を読んでいて、基本的なモデルの理解もおぼつかなかった。

次は、経済学というかその周辺の数理社会学の本を読むつもりだが、もう少し時間をかけてこの分野を学ぶべき気もする。まぁ、何をやっても無駄なニート(ただし40オーバー)なわけだが、ここから続く道があるならそれを追ってみたい。それが社会からの承認欲求から来ているものにすぎないのだとしても。

JRF2017/3/164080

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