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宮部みゆき『火車』と『模倣犯』を読んだ。『火車』もおもしろかったが、『模倣犯』がすごい犯罪小説だった。 (JRF 2400)

JRF 2017年6月 8日 (木)

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『火車』(宮部 みゆき 著, 新潮文庫, 1998年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4101369186
http://7net.omni7.jp/detail/1106232782

単行本は、1992年に双葉社から出ている。

JRF2017/6/89884

前回、宮部みゆきの『理由』を読んだ([cocolog:87480546])が、Amazon 評を読むと『火車』の評価が高いようだった。『火車』も父の蔵書にあったため、次にこれを読んでみたしだい。『理由』は競売物件を扱っていたが、『火車』ではクレジットカード破産を扱っている。

JRF2017/6/83495

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ネタバレ感想。

私は、若い(?)恋人が結ばれるロマンスを期待して、「犯人」が犯罪を犯していなかったというラストを期待して読み進めたが、途中からはそれが難しくなっていった。とはいえ、警察の手を借りないという物語上の要請のためか、最後になっても直接的物証はなく、状況証拠しかないというラストだったので、私の望んだ方向に無理に引き寄せた続きを想像することも不可能ではない。それが、救いなのか、何なのか…。

JRF2017/6/85564

主犯が別に見つかるという私が望んだような展開や、物証(死体)が出て警察がワッと出てくる展開などもできただろうに、このラストにしたというのはどういう余韻を読者に残したかったのだろう? 「犯人」にあわれみを感じさせつつも、多くの読者の応報感情を満足させるのはこのラストだったのだろうか? 私は推理小説をあまり読まない読者なので、想定読者層の応報感情とはズレていたため、モヤモヤしたものが残ったというに過ぎないのだろうか?

JRF2017/6/80531

おもしろいことはおもしろかったのだが、これが「名作だ」と言われても、どこがそうなのかピンとこないのは、私が犯罪小説・経済小説を読み慣れてないのが大きいのだろう。

JRF2017/6/88634

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『模倣犯 The copy cat (全2巻)』(宮部 みゆき 著, 小学館, 2001年)
https://www.amazon.co.jp/dp/409379264X (上巻)
http://7net.omni7.jp/detail/1101737172 (上巻)
https://www.amazon.co.jp/dp/4093792658 (下巻)
http://7net.omni7.jp/detail/1101737173 (下巻)

JRF2017/6/89413

父の蔵書に単行本全2巻があった。文庫版が全5巻で新潮文庫から出ている。元は、『週間ポスト』1995年11月10日号から1999年10月15日号に連載されていたもの。この伏線が絡みあった複雑な群像劇を連載でまとめあげたという事実にまず驚く。これまでの二冊と違い、経済犯罪的要素はなく、犯罪小説の王道の連続殺人事件を扱っている。

JRF2017/6/82766

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ネタバレ感想。

3部構成で、第1部で被害者側から、第2部で犯人側から描き、第3部で、また被害者側からしかし読者が犯人だと知っている人間がそしらぬふりで被害者側に立って物語が展開する。その大枠の構成が見事。

JRF2017/6/87741

「スーパーヒーロー」はいない群像劇で、それぞれがリアルさを感じさせる不幸と向き合いながら、詳しく細部が語られる。単に犯罪や犯罪者を描くのではなく、現代の社会現象の典型を描こうとしているのがよくわかる。(「スーパーアンチヒーロー」に見えがちな真犯人もときおり、そして最後に大きなボロを出すことでその座にないことがうかがわれる。)

JRF2017/6/87347

被害者などが二次被害にさらされるところはまさに下巻の帯の売り文句の「魂を抉[えぐ]る」部分で、そのような社会を構成している読者に反省をうながすところだろう。推理小説・犯罪小説を多く読む人々には手垢のついたような描写なのかもしれないが、私のようなあまりそういう分野の本を読まない者には、大切な示唆であるように思う。

JRF2017/6/87078

誰しも心の一部に犯人達のような部分を持っているというのは本作でも言わるが、私は、カズのように運動の苦手な「のろま」の部分と、ヒロミのような頭の良さを鼻にかけてる部分をあわせもったような人物で、ヒロミから見たピースのように何でもできる兄にコンプレックスを持っていた。もちろん、ヒロミやピースのように殺人にいたることはありえないのだが、このような犯罪小説を「愉しむ」という側面は認めねばならない。著者によってエンターテイメント性を満足させるために振りまわされた応報感情やこの世に対する諦感を自省すべき面があることを認めねばならないだろう。

JRF2017/6/82540

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『理由』を読み終ったころ、散歩していて誰もいないところで、「オレは愚かだ」「オレが悪い」に続いてふと「殺してやる」と一人ごとしてしまったことがあった。「オレは愚かだ」「私が悪い」は半ば無意識によくひとことしてしまうのであるが、「殺してやる」という言葉がそれに続くのはありえないことで、自分で口に出しながら驚いた。

JRF2017/6/84367

もちろん、特定の誰かに向けたものでなく、かといって無差別に殺したいというのではもちろんなく、おそらく悪い「オレ」自身を殺したいということで、これまでも「(オレは))死んだほうがいい」「なんで生きてるんだ」みたいなことはひとりごとで言うことはままあったので、その延長だと思う。ただ、それでも「殺してやる」みたいな乱暴な言い方はしないものだった。

JRF2017/6/82825

これは上の犯罪小説の影響だと思う。私のように精神に異常をかかえる者は、あまりこういうリアリティのある犯罪小説を読むのはよくないのかもしれない。

JRF2017/6/88388

あと、ずっと以前に、「殺してやる」と登場人物が叫ぶ小説を構想していたのを上をキッカケとして思い出した。昔の小説の構想で、無意識化に沈んだものが、良い小説を読むことに反応して、今の私に呼びかけたという面もあるのかもしれない。

JRF2017/6/84031

また、『模倣犯』については、夢に見ていた(?)ことを思い出した。その夢では、『模倣犯』の筋[スジ]をマネした小説が海外で出て Amazon 評などで話題となり、反論的にフェイクの小説がとりあげられて、『模倣犯』自体も「模倣」であると主張される。実は、そこで「模倣」しているようなことを予言的に『模倣犯』で前畑滋子がやっていた…。というような夢。『模倣犯』をずっと前に最後だけ読んでそういう夢をみたのか、それとも別の夢が『模倣犯』を読んだことで、これがそれであると感じたのか、さだかではないが…。

JRF2017/6/84927

…と、とりとめのない話をしてしまった。宮部みゆき ほどとは言わないが、もうちょっと文章がうまくなりたいな…。

JRF2017/6/82148

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