« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

cocolog:88053604

ミサイル発射および核実験への制裁として、北朝鮮への石油禁輸を日本が求めるのは私は反対だな。その、連合国等がやった過去の日本への石油禁輸を「許す」という意味で国際平和には貢献、リスク要因を一つ除去したことになるのかもしれないが…。 (JRF 6387)

JRF 2017年9月 9日 (土)

《東京新聞:政府、石油禁輸目指す 対北朝鮮、中ロに強く要請:政治(TOKYO Web)》
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017090301001609.html

《制裁圧力奏功せず 安倍首相 石油禁輸を選択肢 米ロ首脳と電話会談 - 西日本新聞》
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/355801

JRF2017/9/91625

歴史修正主義的な主張として、過去の太平洋戦争で、石油禁輸があったから日本は戦線を拡げるしかなかった…というような責任転嫁の議論がある。しかし、批判されるかもしれないが、そういう側面はなくはないという認識自体は正しく、石油禁輸を実際にやれば、国家の暴発は(やるべきではないが)ありうることで、石油禁輸自体が、ある種「宣戦布告」の意味を持ちうる。

その「宣戦布告」を平和憲法を持つ日本が主張するというのは踏み込み過ぎのように私は思う。

JRF2017/9/91997

核実験は「許せない」としても北朝鮮はこれまでもやってきていて、まだ今回どこかの領土をミサイルで「破壊」しようとしたわけでもない。当然、中国・ロシアが制裁に積極的でない段階で、石油禁輸のような強すぎる措置が実施されるはずもなく、石輸禁輸はありえない。がゆえに、日本の主張も、アピールとしての意味でのみなされ、「宣戦布告」ほどの意味は持ってないといえるかもしれない。まぁ、相手方があるので、微妙なところだが。

JRF2017/9/94014

過去の「連合国」が石油禁輸で日本を追い込み過ぎたと少しでも反省するところがあれば、日本から「石油禁輸」の声が上がることは、彼らを「許す」声のようにも響くだろう。日本が恨みを持ち、今後、石油禁輸を他の国にするときに、そのあたりの主張から日本が抜け駆けするリスクが、これで減ったわけで、国際平和にはプラスではあるかもしれない。そういうアピールとしての意味はあるのかもしれない。

JRF2017/9/92171

戦後70年、いつまでも「恨み」を抱くべきでないというのが事実だとしても、しかし、国連の敵国条項もなくならないうちに、日本がそういうサービスをする必要があるのか、私は疑問に思う。

JRF2017/9/91969

ただ、北朝鮮と国連とが…というのは難しいかもしれないけど、米国とが戦争になった場合は、石油禁輸というのは「やらねばならないこと」になるだろう。そのような段階では日本も石油禁輸に参加するのは当然だろう。そして、戦争に致る前段階には戦争準備があって、その段階でもチンタラ、石油を輸出しているというわけにもいかない。どこかの段階で石油禁輸のカードは切るべきで、それが今だと判断したというのが政権の立場なのかもしれない。私は、戦争になるとしても、そう主張することなく石油禁輸にはあとから参加するぐらいのスタンスでいて欲しかったのだけど…。

JRF2017/9/98676

政府としては、日本が将来の選択肢を捨ててでもカードを切ったことは他の国にアピールとして意味があったということかもしれない。私はカードの切り損で、日本の将来を(またもや)奪い、平和主義を傷つける行為だったと思うが、支持する者もいるのかもしれないな…。

JRF2017/9/92510

まぁ、しかし、今、政権にそういう人を据えているのだから、しかたない面はあるか。私は選挙で安倍政権を支持する態度を取ったことはないが、そういう政権と知りながら、漫然と暮らしてきたわけだから…。

JRF2017/9/97668

悲しい。無力だ…というわりには何もしてないが、せめて意見は表明しておく。

JRF2017/9/90450

……。

…それとも私が知らないだけで、石油禁油のカードはどこかで使っていて、それに抵抗がないとかあるのかな…? そんときは、まぁ、私がまたバカを曝しているということで。

JRF2017/9/93530

……。

なお、私の歴史認識は、幼稚かもしれないが [cocolog:74725679] に少し書いている。

JRF2017/9/99747

>世界史の流れでみると、豊臣秀吉の朝鮮出兵は、ヨーロッパ勢力が地球一周できるようなほどの実力をつけたとき、中国の海側の周辺国から、中国を攻略できるかのトライだった。でも、そのときは、物資の補給は東南アジア周りから来るのがやっとで、攻略はまったくうまくいかなかった。

300年ほどたって、アメリカ大陸で物資の厚みを増してから再度トライが行われ、今度は、アメリカから日本というルートが安定してつながったため、中国全土を席巻するところまでできた。(そして、ルートを断つことで進撃を抑えることもできた。)

JRF2017/9/91714

「(物資の)ルートを断つことで進撃を抑えることもできた。」というのが今回と関連した認識か。

JRF2017/9/96876

« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/93568/65767408

トラックバックのポリシー

他サイトなどからこの記事に自薦された関連記事(トラックバック)はまだありません。

このころのニュース