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村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』を読んだ。甥が誕生日プレゼントに村上春樹の本を所望したため、試しに読んでみた。 (JRF 9159)
JRF 2018年11月10日 (土)
そこでその二編を最近図書館をよく利用している母に借りてきてもらって読んでみた。
ネタばれぎみに感想(?)を書いてみる。
JRF2018/11/105949
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『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上 春樹 著, 新潮社, 1985年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4106006448 (単行本)
https://www.amazon.co.jp/dp/4103534176 (単行本・改装版)
https://7net.omni7.jp/detail/1102904622 (文庫・上)
https://7net.omni7.jp/detail/1102904623 (文庫・下)
JRF2018/11/108621
現代東京を舞台とする冒険を描く「ハードボイルド・ワンダーランド」の物語とヨーロッパの壁に囲まれた(閉じこめられた)街風の静かな生活を描く「世界の終わり」の物語が、一章ずつ交互にならんで、やがて物語は一つになっていく…という構成。
「ハードボイルド・ワンダーランド」の舞台は現代なので、ついリアリティを望んでしまうが、その冒険は予定調和…とはちょっと違うな…ご都合主義的なところがある。が、それは物語にとってマイナスではなく、そういうことは「悪夢」にはよくあることで、「現代」もそういった悪夢の一面であることを示す物語的装置なんだと思う。
JRF2018/11/102949
主人公は、どこからか記憶の改変があるかもしれないと言及され、考えてみれば、最初のほうでポケットの硬貨を数えたときに一度目と二度目で違うというところから、すでに奇妙な物ごとははじまっていたと…いや、もっとメタな構造で、この小説自体が博士が与える第三回路が与えるストーリーと似た何かかもしれないと思わせる。
JRF2018/11/102818
もしくは、この小説自体が「古い夢」なのかもしれない。若い女が心臓の手術を受けていたというのは、私が書いた小説『夏色の白昼夢』で使ったモチーフだ。そんなふうに意外なところで、この作品のまだるっこしい比喩の細部などに人々は過去の自分とのつながりを見ることができるだろう。それは、昭和ももうすぐ平成も超える私達が抱いていた心を私達が「供養」していると言えるかもしれない。
JRF2018/11/100628
そういうあいまいでメタで複雑な構造が、この小説にはある。世紀末に近づく1980年代後半、「明日世界が終わるとしたら何がしたい」という質問がよくあったが、その解答には人それぞれの人生観などが出る。この小説は、それに対する高級な解答例なのかもしれない。
JRF2018/11/109705
私は、この小説を読んでいるとき、自分が死ぬとき世界が終わると考えてもよいみたいなことを述べていた finalvent 氏に主人公を重ね合わせていた。現代東京で「僕」という一人称を使うところも似ている。ある世代よりも上の世代のインテリのある一群の特徴なのかな…。まぁ、普通の人にとっては、村上春樹が finalvent に似ているのではなく、finalvent が村上春樹に似た語法をときどき使うということなのだろうが。
JRF2018/11/100983
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『海辺のカフカ』(村上 春樹 著, 新潮社, 2002年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4103534133 (単行本・上)
https://www.amazon.co.jp/dp/4103534141 (単行本・下)
https://7net.omni7.jp/detail/1102150499 (文庫・上)
https://7net.omni7.jp/detail/1102150501 (文庫・下)
JRF2018/11/109988
家出少年の田村カフカ君の物語と猫と話せる60代の知的障害者のおじ(い)さんのナカタさんの物語が、一章ずつ交互にならんで、やがて物語が一つになっていく…という構成。ナカタさんもカフカ君も同じ時間軸、同じ日本で、東京の中野区から四国の高松に向かう。
「猫と話せる」というのは文字通りで、ナカタさんの物語は超自然科学雑誌『ムー』に出てくるような話で構成される。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の両物語よりは、リアルだが、とぼけた下町風の雰囲気がある。
JRF2018/11/101545
カフカ君の物語もリアルだが、ややハイソ(ハイソサイエティ風)。ギリシャ悲劇のオイディプス王の物語の「父を殺し、母と交わる」という呪いを、さらに「姉と交わる」というものも沿えて、父から与えられ、それに苦しむ。そして、アリバイのある状況で父が何者かに殺されるが、そのときカフカ君は意識がなく不思議な状態にあり自分で自分を疑うようになる…。
JRF2018/11/104430
全編を通じて、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ほどの冒険はないが、統合失調症を経験した私には、特にナカタさんの「冒険」は「ありうべきこと」のように思えた。
JRF2018/11/109575
ナカタさんのような一生をこの先、私が送れたらいいと思う。間違いなくナカタさんのような対決はなく、それほど正直に生きられず、自分のことは自分でできるようにならないかもしれないが、そう思う。猫と話せたらステキなことだしね。「対決」については、著作権からみで、よく妄想することがあり、他の社会的な怒りについて「一人一殺」的なものに参加したほうが社会のためになるのではないかと感じることもあるが、まぁ、そこは私が想像の域を超えることはありえないだろう。
JRF2018/11/101062
カフカ君は音楽のことがよくわかり、コード進行に関する知識もあるようだ。そこに私は嫉妬する。クラシック音楽をよく聴きながら、深く理解できない自分を、情けなく思うことは多い。もし私に子供がいれば、幼いうちにまず音楽の勉強はさせるだろう。文化資本のある家がまず楽器を習わせるのは、むべなるかなと思う。そういう家は、そういう家なりの苦労があるのかもしれないが。
JRF2018/11/106315
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村上春樹の小説には、セックス描写が避けられないだろう。若い甥がそれを読んで、セックスに致るまでの軽さに影響を受けないか、自らの「現実」との落差に苦しまないか、心配に思う。また、『海辺のカフカ』の家出少年と知的障害の話は、甥の個人的特徴にとって辛い話かなと思うが、だからこそ何かを感じることができるかもしれないとも思う。今回の物語を両方プレゼントして、まずは古い方の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでみるのを薦めてみようか…。
JRF2018/11/107780
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サリンジャー『フラニーとズーイ』と『ナイン・ストーリーズ』、ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人』を読んだ。共に現代アメリカの小説。前者は宗教じみた若者の小説でおもしろかったが、後者はセックスや不倫に彩られた大人の小説で途中で読むのをやめようかと思ったほど辟易した。... 続きを読む
受信: 2019-03-18 03:37:06 (JST)
甥が誕生日プレゼントに村上春樹の本を所望したため、ネット…質問回答形式のところ…を調べると、中高生へのオススメは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』とあった。最初、昔に家にあったところで『ノルウェイの森』(未読)とかどうかと考えていたが、それは「官能小説みたい」なため、プレゼントにはそぐわないとわかった。
JRF2018/11/100768