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cocolog:90564871

小島寛之『確率的発想法』を読んだ。話の進め方に少しトゲがあるが、数式が適度に少ないのにその説明がとてもわかりやすく、コモン・ノレッジの数理など大変参考になった。 (JRF 9792)

JRF 2019年1月19日 (土)

『確率的発想法 〜 数学を日常に活かす』(小島 寛之 著, NHK ブックス 991, 2004年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4140019913
https://7net.omni7.jp/detail/1102061555

以前、小島寛之『エコロジストのための経済学』を読んで([cocolog:90097610])、その数学のわかりやすさなど関心を持ち、その前に出たこの本も買ってみた次第。

JRF2019/1/193215

……。

>「確率現象」というのは、何もサイコロやコインだけに限られたことではありません。不確実性があるために結果を一つにしぼり込めないような現象は、すべて「確率現象」にあたります。「明日の天気は晴れか雨か」(…)。<(p.16)

「確率」は定義がかなりキッチリしていなければならず、確率だからといってそんなあいまいなものではない。…とか思っていたら、後の章にそのような議論が出てきた。

著者の話の進め方はトゲがあると思う。でもそれを乗り越えて読んでいくと、数式が適度に少なく、説明がわかりやすいので、大変参考になる。

JRF2019/1/190867

……。

>ギャンブル(…に参加しがちな…)性向を「リスク愛好的」といいます。(…)「変動」化をひき起こす代償としてギャンブラーたちは期待値との差額(…)を私支払っていると考えるのが、背後にある「思想」なのです。(…一方、)保険加入者たちは、(…)逆に、(負の)変動を嫌い、期待値の意味では損である経済行動を自ら進んでとっているわけです。このような「変動を嫌う性向」を「リスク回避的」といいます。<(p.78)

JRF2019/1/193849

保険って「リスク回避的」だったか。「回避的」とかは別の定義だったような気がするのは私の勘違いだな…。余計なプレミアムを払うことで将来の備えが不十分になるリスクが増えることもありうるから、勘違いしていたんだろうな…。

JRF2019/1/191067

……。

>保険が成立する背景には、人々の内面的歪みの利用だけでなく、もう一つ秘密の仕組みあります。それは「大数の法則」の利用です。火災が、たとえば一万分の一の確率で起きる場合、一万件程度の人々が結託して相互扶助として火災見舞金制度を作ったとしても、そこには大きなリスクが残ります。それというのは、もしも火災が一件ではなく、遇然二件、三件起こったら、見舞金を互助回の会費から補償することは不可能になるからです。<(p.79)

JRF2019/1/190386

民間でやるより皆保険でやるほうが裾野は広がるけど、効率的でなかったり世界規模にできなかったりするから、問題があるっていうことなのかな…。

JRF2019/1/191696

……。

>従業員の多くは、蓄えがさほど大きくないため、収入の変動は生活を直撃します。彼らがそれを避けたいと思うのは不思議ではありません。それに対して経営者のほうは、そもそも資産家だったり、多角経営をしていたりするために、(…)変動に強い性向をもっていると考えられます。<(p.81)

JRF2019/1/196399

バクチのタネ銭の問題があって、賭けは参加者が減っていくんだよね。で、いつになるかはわからないけど参加者がほとんど退場すると、残った者以外はすべて負けてることになる。だから、賭けって結局は負かる「確率」が大きい…とはならないのかな?

まぁ、その確率が無視できるタネ銭を持っている者のみ「経営者」になれる…ということなのかな?

JRF2019/1/199081

>(…)一言でいえば、「デリバティブによってリスクを回避できるのは個人であって、社会ではない。つまり、「デリバティブは社会からリスクを消してしまうわけではない」ということです。<(p.83)

JRF2019/1/195941

先の「退場」の可能性を減らしているというなら、リスクが消えてることもあるのかもしれないと私は思うのだが、実際にはデリバティブという博打をやって、失敗して「退場」=「自殺」に追い込まれている例があるわけで、なんだかなぁ…という気は私もする。それで「自殺」しちゃったら、相手方に支払われる分もなくなるわけで、さらにリスクが増えるのだし。

JRF2019/1/192015

……。

>運輸省(当時)による1968年の計測で、自動者の社会的費用は一台当たり七万円と発表されました。(…)対して宇沢(…弘文…)は、一台当たり年間200万円という桁外れの額を試算したのでした。(…)運輸省は、交通施設の整備、自動車事故の損失額(…から計算した。一方、宇沢は、)「自動車社会を選択しなければ(…)享受できた(…)市民の基本的な権利」(…それを…)金銭換算しよう(…とせず、自動車を利用したままその権利を回復するには…)どの程度の投資が必要であるか、それを試算することにしたわけです。<(p.103-104)

JRF2019/1/191773

事故の死亡や損傷のもたらす費用は、「ホフマン方式」が使われている。それは、平均寿命まで生きていたら得られた平均所得を現在価値に割り引くもの(p.90-91)。そういうふうに換算してしまっていいのか…とは私も思うが、それを宇沢のように「議論から逃げる」ことはいつもできることではないと思う。宇沢のアイデアはすばらしいけれども。この後、過去の精算という話が出てくるが、ちゃんと精算しているのは、むしろ「ホフマン方式」のほうだと思う。単純ではないということかもしれないが。

JRF2019/1/195386

……。

>エルスバーグの実験結果は、ナイトのこの考え方の正当性を証明するものとなりました。人々は、明らかに「確率の与えられた環境」と「確率さえわからないような不確実性」とを嗅ぎ分けます。そして、後者のほうを嫌うのです。このような人間の性向は、「不確実性回避」と呼ばれます。<(p.114)

JRF2019/1/198117

先に少し述べた「確率が定義できない場合がある」ということ、そして人はそれを重視するということがこの本ではちゃんと述べられていた。しかも、キャパシティ理論とマルチプル・プライヤーのマックスミン原理の二つの数理的理論でそれに挑む方法を紹介していた。それらももちろん完璧ではないのだろうが、ちゃんと具体的で厳密な数理論理を示しているのはスゴい。

JRF2019/1/192442

……。

>右の文を読んだ皆さんは実感したと思いますが、このようにコモン・ノレッジは、日常言語では非常に理解しにくくなります。わかったようなわからないような気分のままでしょう。それが世間知の限界なのです。きちんとした理解に達するには、達回りのようでも数学記号を経由するのが一番です。<(p.143)

JRF2019/1/196136

コモン・ノレッジというのは、「…「「「A が X を知っている」ことを B が知っている」ことを A が知っている」…」というのが無限に成り立っているもので、電子メールでは確認できないが、同期通信の電話なら確立できるもの。また、公的なアナウンスによってもコモン・ノレッジは確立できる。

JRF2019/1/190623

プロトコルに関する論理で、こういう数理を見たことがあるが、私はまったく理解していなかったことがわかった。この小島氏による説明は大変わかりやすい。情報工学者は、これを知るためだけにこの本を読む価値があると言っていいのではないか。本はつまり公開されている情報ではあるけれども、日本語でこういう情報にはなかなか辿り着けないと思う。

JRF2019/1/192372

……。

>コモン・ノレッジを使って、何か現実的な経済現象を説明することは可能でしょうか。これに関して(…)ハートと(…)タウマンは、株式市場の暴落のメカニズムを描写したおもしろいモデルを1997年に発表しました。(…例えば、二者モデルの株式売買の…)背後で、いわば無言の情報交換がなされ、新たなコモン・ノレッジが生成され、二人の情報分割は徐々に変化しているのです。そして、ある日突然、二人の意見は一致し、市況への見方が揃って(…暴落が起こって…)しまうことになります。<(p.147-153)

JRF2019/1/191997

この数理モデルもおもしろい。売買ができるということから、そのバイアスを互いが推察していく…。情報は単純な集合ではないというのは、その通りだが、単純にモデル化したものでも、これぐらいのことが言えてしまうのがすごい。

JRF2019/1/193930

……。

>もしも、現時点の確率理論でロールズの認識に肉薄できるものがあるとすれば、それはコモン・ノレッジ理論を包含した意味でのナイト流不確実性なのではあるまいか。そういう予感がしてくるはずです。<(p.178, 第7章)

ロールズの「正義」について関心のある人に、その数理的な説明へのアイデアがこの本にあると知らせてあげたい。私はロールズの名を聞きながら、それに取り組むことがなかったので、この章はちょっとピンと来なかったのだが…。

JRF2019/1/199143

……。

>このミニマム・インカムについて、(…宇沢は…)貨幣で供給するべきではなく、「社会的共通資本」の安定的な供給を通じて保証すべきである(…と主張しました。…)貨幣による個人的な自由の享受は、個人的な論理を改善できず、個人の硬直性を総合した形で社会の慣性を継続させるだけかもしれません。しかし、社会的共通資本の供給は、集団的であり、また誰もその供給から逃れえないという公共財の性格をもつため、人々に個人的論理の過誤を気づかせる可能性をもっているのです。<(p.204-205)

JRF2019/1/194666

ベーシック・インカム論への左派からの反論といったところか。しかし、その示唆が政策になると、生活保護をフードスタンプにするとかいうことに化けてしまう。必要なのは、消費税還付の直接給付分相当額は、生活保護でもミーンズ・テストなしに(コンサートとかの遊興にも)使えるといった自由側への傾斜だと私は思う。パターナリズムがまったく不要という論は私は取らないけれども。医療保険とか義務教育とか、日本ではある程度、インフラはすでにあるから。この本が出た時期の新自由主義への対抗としては著者の主張にも意味はあっただろうが。

JRF2019/1/198560

……。

>(…)筆者は、「賭けにとって時制は本質的だ」と考えます。(…)いうならば、「そうであったかもしれない世界」を対にして初めて、不確実性への選好が評価できるのです。(…)人は過誤を知ったとき過去でさえも最適化したいと考えている。(…)人々は過誤に対して支払いをする意思と欲求をもっているに違いない、ということです。<(p.214-224)

JRF2019/1/195387

幸運すぎたことに気づいたら、不幸だった人に分配をする…ということ。でも、これはそんなにうまくいかないと思う。自分が得たものからの自発的な分配は過少にならざるを得ないと思う。まぁ、まったくないよりマシなのかもしれないが。これは、ほとんど伝統的な宗教の役割のようにも思う。

JRF2019/1/192334

……。


……。

ちなみに関係は薄いが、今回の本を読んでいて、モンティ・ホール問題で書こうと思って忘れていたことを思い出した。それは、扉を選び直すほうが当初は考えの足りない提案に見えるということ。下のように↓のレポートに下のように書き足した。

《モンティ・ホール問題または三囚人問題の拡張とその確率操作シミュレーション》
http://jrf.cocolog-nifty.com/software/2016/08/post.html

JRF2019/1/198951

>これはヒッカケのヒッカケ問題のように思う。司会者が変更を可能だというのだから、一見、司会者が出した新しい提案に乗ったほうが有利かもしれないとまずは思う。これが第一のヒッカケで、落ち着いて考えれば、選択に関する物理的な何かが変わったわけではないので、確率がイーブンだと思う。しかし、これが第二のヒッカケで、本当は、ちゃんと計算すると情報の操作だけで確率が変わっている。…という構造をしている。<

JRF2019/1/196853

……。

……。

Amazon 評でフィッシャー推定やベイズ推定の話が載っているとあったので、その備忘的参照に常時本棚に用意しておく本の候補として期待していたが、それらの点については私には不十分だった。

それはそれで残念だったが、コモン・ノレッジ理論やキャパシティ理論などが知れたのは大きな収穫だったように思う。読んでよかった。

JRF2019/1/197408

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