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高田三郎 指揮 神戸中央合唱団 他『日本合唱曲全集「水のいのち」高田三郎 作品集1』を聴く。海が、「充[み]ち足りた死をそっと岸辺にうち上げる」そしてそれを「みなさい これを見なさい」という衝撃的な歌詞。しかし、何を言いたいのかと考えると感性の乏しい私にはよくわからない…。 (JRF 3560)

JRF 2019年5月13日 (月)

高田三郎 指揮 神戸中央合唱団 他『日本合唱曲全集「水のいのち」高田三郎 作品集1』(録音: 1981年, 発売: ビクター 2005年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B000B84PO8
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1461585

買ったキッカケはずっと昔に宇野功芳の本で、「水のいのち」を推薦していたから。ただ、それがこの CD であったかどうかは定かではない。

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曲は、大きく下の二曲が入っている。

混声合唱組曲「水のいのち」(作詩: 高野 喜久雄, 作曲: 高田 三郎)
 神戸中央合唱団, 指揮: 高田 三郎, ピアノ: 高田 江里, 合唱指導: 根津 弘
 1981年7月5日 箕面市民会館

混声合唱組曲「心の四季」(作詩: 吉野 弘, 作曲: 高田 三郎)
 大久保混声合唱団, 指揮: 高田 三郎, ピアノ: 菊池百合子, 合唱指導: 辻 正行
 1981年5月26日 入間市民会館

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……。

クラシックは好きだが、日本語合唱はめったに聴かない。讃美歌は良いと思う。アニソンをはじめ「ポップス」もよく聴く。しかし、ピアノ伴奏の合唱曲の何がおもしろいのか、私はわからず、宇野功芳の推薦を知ってからこの CD を買おうとするまでに何十年とかかってしまった。

聴いてみて、私はどうしても日本語の歌詞を聴いてしまって、音楽として楽しめない。もしかすると、詩がスッと入ってくるから「イイ曲」なのかもしれないが、他を知らないのでなんとも言えない。

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バルトークみたいな響きが変でおもしろい「現代的」な曲というのでもなく、ポップスほど刺激もない「普通の曲」のように思った。それがいいのかもしれないが。

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……。

いっそ「讃美歌」なら、私には神学的楽しみもあり、味わい深いのであるが、今回のような自然を比喩的に使った詩は、なんとも味わいづらい。正直、意味がわからない。

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「水のいのち」の中の「海」に、「充[み]ち足りた死をそっと岸辺にうち上げる」そしてそれを「みなさい これを見なさい」と云いたげに打ち上げるという衝撃的な歌詞がある。でも、打ち上げられる死をテレビなどで見た印象では、決して、「満ち足りた」という言葉は浮かばない。骨や貝殻なのだろうか、それともまさか、ゴミがそうなのか? そこに巨大な循環があり、それが生命の根源を思わせる…というのかもしれないが、それは、現代(疑似)科学的な「幻想」でしかないのではないか。

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どの詩もそうなのだが、わかりやすそうなところで、もう一つ、「心の四季」の中の「みずすまし」を取り上げよう。

みずすましが、水に浮かぶだけでなく「もぐる」のが暗示的なのだという。そして、人は日常という水に浮いているが、日常は「分厚く」もぐれないのだという。そして、水はみずすましが死んだとき、そっと抱きしめて水の中に連れていく、それを知らせないのが水のやさしさなのだという。

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すると、「もぐる」というのは「死」の擬似的な経験なのだということにならないか、それを人は日常から得られないなんてことがあるだろうか? 日常の「分厚さ」で、死を遠いものと感じがちということはあるかもしれないが、他者の葬式などで死に触れぬということはない。それは「もぐる」とは違うのか?

死から「経済」がなりたっているのだが、それを人は感じなくてすむようにしているのが、日常の「やさしさ」なのだろうか? それを知るのはダメなことなのか? よくわからない。

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……。

今回、「魚」を「うお」と読み、「さかな」と読まない。「うお」が本来だとされるが、幼児語は「おさかな」で「うお」に相当する語がないことから、どうもおかしいと私は感じている。↓「的を得る」「的を射る」みたいなことがここにもありそうな気がする。現代にそれを、ずっと「うお」で通すのは、「れ足し言葉」([aboutme:75493])に「ら」の字幕を付けるぐらい滑稽に感じて、気になってうまく鑑賞できなかった。

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《「的を射る」?「的を得る」?》
http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2006/04/post_4.html

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……。

特に詩に関しては、私の人生においてあまり味わって来なかったので、私はそのあたり感性の乏しさを露呈しているのだと思う。

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