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cocolog:90960654

フランクル『夜と霧 - ドイツ強制収容所の体験記録』を読んだ。私ならどうしただろうか。状況に流されただけのように思う。 (JRF 3961)

JRF 2019年5月 3日 (金)

『夜と霧 - ドイツ強制収容所の体験記録』(V.E.フランクル 著, 霜山 徳爾 訳, みすず書房, 1961年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4622006014
https://7net.omni7.jp/detail/1100443460

JRF2019/5/31138

原著は、Viktor E. Frankl『Ein Psycholog Erlebt Das Konzentrationslarger』(1947年)。ただし、Wikipedia によると、1946年出版とある。日本語版は 1956年と Wikipedia にあり、訳者あとがきの日付もそうなっているのであるが、この本の奥付では、1961年初版で、1971年新版となっているにもかかわらず、Amazon では 1985年の本としている。原著の版は 1984年という記載もある。さらに、2002年には池田香代子による日本語新訳版が、同じ、みすず書房から出ている。

JRF2019/5/31124

旧訳を選んだのは、近くの図書館で借りられたのが、それしかなかったため。借りて読んだ。

JRF2019/5/33057

……。

著者は、ユダヤ人の精神科医で、インテリだからかキリスト教の知識もあることがはしばしに読み取れる。家族とともにアウシュヴィッツに送られ、家族から引き離されてそれらが死んだことも戦争が終るまでわからなかった。そして、不幸の中でも幸運が続いて、死を免れたのだった。その間の収容所を中から見た記録が、この本である。

JRF2019/5/35327

……。

>「近代的マスプロ工業が、人間を垂直に歩く動物から一キログラムの灰にしてしまう事業に動員された。」(スノー)<(p.2, 出版者の序)

日本の同時代の虐殺が他の時代にもなされたものの延長でただ野蛮だったのに対し、ドイツにおける虐殺は、その工業的オートメーションが虐殺に応用されたのが新時代的だった…という認識が私にはある。

JRF2019/5/36153

……。

>しかし、ドイツの敵にはこれらの収容所で行われている犯行や、綿密に遂行されている破壊計画の確証を握ることは一度もできなかったし、急速な連合軍の進撃とドイツの急速な崩壊によってのみ達成できる生存収容者の償還にも、何らかの手が打たれたことは一度もなかったのである。<(p.9, 解説)

JRF2019/5/34958

この文章には連合国の「責任逃れ」がにおう。ただ、そうはいっても、戦争が続いている段階で、惨状が知られていたとして、それを公開したとしてもプロパガンダと受け取られるに過ぎなかったのかもしれない。証拠写真のようなものがあれば、ドイツ世論も動かしえたかというと、すぐにガス窯などの存在が知られていたことが示されるように、意味はあまりなかったと思う。この「罪」が暴かれるには連合国が戦争に勝利することが必要だったことは論をまたないのだろう。

JRF2019/5/34736

>「一時にすべての人をだますことはできる。また幾人かの人をずっとだまし続けることもできる。だが全部の人間をだまし続けることはできない。」と言われている。大多数のドイツ人が強制収容所内で行われていたことについていろいろと知っていた、ということを証拠づけるものは沢山あるのだ。しかも更に多くの連中が真面目に疑いを抱き、そしておそらくは不安をさえ抱いていたのだが、彼らは自分の良心を何も知らないということにして眠らせていたのだった。<(p.29, 解説)

JRF2019/5/39073

……。

>囚人が飢え、そして飢え死にしている間に、カポー達は少くとも栄養の点では悪くなかった。それどころか若干のカポーは、彼の生涯に今までなかった程、恵まれていたのであった。<(p.76)

「カポー」は訳注によると「囚人を取締るため囚人の中より選ばれた者」。

経済制裁みたいなものがあって、ドイツ国内の食糧事情がかなり悪く、食糧事情を改善するための人減らしとして虐殺が選択された面もあったのではないか…と考えていたのだが、そうでもない…ということなのかな…と思った。

JRF2019/5/37921

……。

>毎日のパンの戦い、あるいは生命を維持するためのこの戦いは、いつもただ余りにも厳しいものであった。すなわち容赦なく自分自身の関心事のために戦われたのである。たとえば、収容所の囚人の一定の数を、他の収容所に送る囚人輸送があるということを、われわれが聞いたとする。

JRF2019/5/35022

(…)

すると当然のことながら「ガスの中に入れられる」ということを推測するのである。すなわちその輸送とは病人や弱り果てた人々から、いわゆる「淘汰」が、つまり労働が不能になった囚人の選抜、が行われて、ガスかまど及び火葬場のある中央のアウシュヴィッツ大収容所で殲滅されると考えるのである。この瞬間から、あらゆる人々の、あらゆる人々に対する戦いが燃え上がるのである。
<(p.76-77)

JRF2019/5/32135

労働可能性を示すための生存競争…。つまりここを生き残った民族は労働可能性を強くブーストされることになる…と。まるで、ある意味、多大な犠牲の上に、ユダヤ人を強化しようとしたかに受けとれる…と。この辺は、生存バイアスに苦しむ著者の陰謀論的葛藤があるのかな…と思う。

JRF2019/5/32018

……。

>全く幾多の幸福な偶然、あるいは -- そう呼びたいならば -- 神の奇蹟によって、生命を全うして帰ってきたわれわれすべては、その事を知っており、次のように安んじて言いうるのである。すなわち最もよき人々は帰ってこなかった。<(p.78)

戦争においてしばしば言われることだ。「いい人」は生き残れない。

ただ、善さもある程度は必要で、「人間」にはそれと同時に「賢さ」も必要なのだと考えたい。

JRF2019/5/36551

……。

アウシュヴィッツに連れて来られた著者…

>突然貨車の戸がひきあけられ、そして普通の縞の囚人服をきた囚人の小さな群がとびこんできた。彼等は頭を丸刈にされ、栄養は極めて良いように見え、ありとあらゆるヨーロッパの言葉を語っており、この瞬間とこの状況では、グロテスクな印象を与える一種の陽気さを示していた。(…)彼等が「選り抜き」であるということをわれわれはまだ何も知らなかったのである。<(p.85-86)

「恩赦妄想」によって「最後の瞬間までそんなに事態は悪くない」と信じがちなのだという。それがパニックを抑えるため、わざとこのようなことをやっていたのかもしれない。

JRF2019/5/34390

……。

>彼等の中の医学者は特に次のことを学んだのであった。すなわち医学の教科書は偽りを述べていることであった。たとえば教科書のある場所では、人間はこれこれの時間以上眠らなかったならばやっていけないなどと書いてあるが、しかしそれは全く誤っていた。(…)人間がすべてに慣れ得るということが事実であるかどうか、また如何なる範囲まで事実なのか、われわれなら言えるだろうと問われるならば、われわれは語るだろう。しかし……われわれが如何にして慣れたかということは聞かないで欲しいのである。<(p.94-96)

JRF2019/5/38891

ビタミンなどの健康に関する知識が戦争を通じてもたらされることもある。二度と広範な「人体実験」などできないという知識が。

ただ、それがどこまで正しいのかは問われねばならないとは思う。昔とは違い、様々な技術を使ってそういうことが少しずつ言えるようになればと思う。まぁ、この辺、私の誤解、思い込み…もあるかもしれないが。

JRF2019/5/36638

……。

>元来精神的に高い生活をしていた感じ易い人間は、ある場合には、その比較的繊細な感情素質にも拘わらず、収容所生活のかくも困難な、外的状況を苦痛ではあるにせよ彼等の精神生活にとってそれほど破壊的には体験しなかった。なぜならば彼等にとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからである。かくして、そしてかくしてのみ繊細な性質の人間がしばしば頑丈な身体の人々よりも、収容所生活をよりよく耐え得たというパラドックスが理解され得るのである。<(p.121-122)

JRF2019/5/30840

筋肉質でないほうが、効率的に脂肪などを使う生活ができ、それが「奴隷生活」には適していた…ということでもないのかな? 夢見がちなほうが、諦めて生存をやめてしまうよりはマシだったということなのだろうか…。

JRF2019/5/39793

……。

妻が生きていようが生ようが死んでいようが、その想像をすることが救いになる…。

>私は今や、人間の詩と思想とそして -- 信仰とが表現すべき究極の極みであるものの意味を把握したのであった。愛による、そして愛の中の被造物の救い -- これである。たたえもはやこの地上に何も残っていなくても、人間は -- 瞬間であれ -- 愛する人間の像に心の底深く身を捧げることによって浄福になり得るのだということが私に判ったのである。<(p.123)

JRF2019/5/39599

バリオス『アミ 小さな宇宙人』を読んだとき([cocolog:90949101])、「神は愛」と述べていることを批判した。しかし、「神とは純粋な愛」というのは言い過ぎだとしても、「神は愛なり」という「比喩」は、『新約聖書』1ヨハ 4:16 にもあるぐらいで、広く認められることなのだろう。私はキモいキタないオッサン(KKO)だから、愛について過小評価しがちなのかもしれない。しかし、親子の愛・友情的愛等まったく「愛」を知らぬわけでなく、それを看過ごすのは、少しヒガミが入っているのかもしれない。

JRF2019/5/39895

……。

>すでにアウシュヴィッツで私は一つの原則を立ててそれに従ったが、その「正しさ」はやがて証明され、多くの友人もそれに服したのであった。すなわちもし人が私に訊くなら、私は一般に真実を答える。問われないならば沈黙している。何歳かと訊かれたら私はそれを言う。職業は何かと言われれば、私は「医師」と言う。しかしもしはっきりと私の専門を訊くのでなければ専門医であることは黙っているということであった。<(p.147)

JRF2019/5/32332

「余計なことは言わない」。私は「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出しなさい」(マタイ 5:39) に似て、不利なことを言うことになったら、さらに不利になるようにあらかじめ言っておく…みたいなことはする。変に期待されるよりも良いといったところ。この辺、私の社会経験の少なさみたいなのが反映されてるところかもしれない。社会経験のある者は「余計なこと」は言わず、自分に有利な「錯覚資産」を築くのだろう。

JRF2019/5/30682

……。

>創造的及び享受的生活は囚人にはとっくに閉ざされている。しかし創造的及び享受的生活ばかりが意味をもっているわけではなく、生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。苦難と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである!<(p.168)

JRF2019/5/37718

苦悩に意味を見出さねばやっていけない。人類史は発展の歴史で発展のために創造することのみに意味があると考えるなら、苦悩を生き抜けない。苦悩それ自身が生きる意味だとせねばならないときがある。…ということか。言葉ではわかるが、それを信念とできるか…今を気楽に生きている私にもそのようなときが訪れるのだろうか…。

JRF2019/5/39635

……。

苦悩…困難な状況の中でこそ、人間的に成長するような「英雄的例」もありうるだろう…。

>一方その他のわれわれ微温的な中等程度の者にとってはビスマルクの警句があてはまった。すなわちビスマルクはかつて「人生とは歯医者にかかっているようなものだ。すなわちこれからが本ものになると思っている間にはもうすんでしまうのだ。」と言った。それを少し変化させてこういえるであろう。すなわち強制収容所にいる多くの人間は価値を実現化する真の可能性はまだ先であると考えたのである。<(p.176)

JRF2019/5/31893

何がしかの人物になる…というのは多くの人に達成できることではない。今ある生活の中にこそ「達成」がある…ということだろうか…。いや、これは軽く受け取りすぎかな?

JRF2019/5/34726

……。

>勇気と落胆、希望と失望というような人間の心情の状態と、他方では有機体の抵抗力との間にどんなに緊密な連間があるかを知っている人は、失望と落胆へ急激に沈むことがどんなに致命的な効果を持ち得るかということを知っている。私の仲間 F は期待していた解放の時が当らなかったことについての深刻な失望がすでに潜伏していた発疹チブスに対する身体の抵抗力を急激に低下せしめたことによって死んだのである。<(p.181)

JRF2019/5/37678

「病いは気から」…か。もちろん、勇気があったところでどうにもならない病気というのはあるのだと思う。こんな深刻な話じゃないが、私の花粉アレルギーが、いくら蛮勇をもってほうっておいても治らないことからすると、気から来ているとは思えないとか、ある。

JRF2019/5/32204

……。

>何人も彼の代りに苦悩を苦しみ抜くことはできないのである。まさにその運命に当った彼自身がこの苦悩を担うということの中に独自な業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。強制収容所にいるわれわれにとってはそれは決して現実離れした思弁ではなかった。かかる考えはわれわれを救うことのできる唯一の考えであったのである! 何故ならばこの考えこそ生命が助かる何の機会もないような時に、われわれを絶望せしめない唯一の思想であったからである。<(p.184)

JRF2019/5/35028

「なまっちろい哲学」…が、生死を分けることもある。というのは不謹慎ながらも哲学者は胸を熱くする部分ではないか。

JRF2019/5/34859

……。

>収容所におけるすべての人間は、われわれが悩んだことを償ってくれるいかなる幸福も地上にはないことを知っていたし、またお互いに云い合ったものだった。われわれは「幸福」を問題とはしないのである。われわれを支えてくれるもの、われわれの苦悩や犠牲や死に意味を与えることができるものは「幸福」ではなかった。それにも拘わらず、不幸ということも殆んど理解されていないのである。解放された囚人のうち少なからざる人々が新しい自由において運命から受け取った失望は、人間としてそれをこえるのが極めて困難な体験であり、臨床心理学的にみてもそう容易に克服できないものなのである。

JRF2019/5/31734

(…)

かくしてやがていつか、解放された囚人各自が強制収容所のすべての体験を回顧して奇妙な印象を受ける日が来るのである。すなわち彼は収容所生活が彼に要求したものをどうして耐え抜くことができたか殆んど判らないのである。(…)解放され、家に帰った人々のすべてこれらの体験は、「かくも悩んだ後には、この世界の何ものも……神以外には……恐れる必要はない」という貴重な感慨によって仕上げられるのである。
<(p.204-205)

「不幸」に代償を求めるというのは私もやってしまいがちだな…。

JRF2019/5/33856

……。

……。

私ならどうしただろうか。状況に流されただけだろう。収容所を管理する側にまわって、なお良心を発揮できるとは思えない。中途半端な抵抗をして気弱なために管理をはずされるか、Windows についてしばしば Microsoft に激昂するような性格をここで発露して、積極的に虐待に加わるか…。一方、囚人となったら、力強く生き残れるとは思えない。すぐに堕落して生きる気力をなくし死んでしまいそうな気がする。

JRF2019/5/38922

そんなことを心配するより…と言ったらあれだが…「ロスジェネ」らしき私がこれから衰退し困難が予想される日本で、どう生き残っていくか(または死ぬべきか)考えることのほうが大切だろう。が、ろくろくまともに考えることすら私はしない。ここでも状況にただ流されるだけだろう。

JRF2019/5/34283

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