« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

cocolog:91445353

巨乳「萌え絵」献血ポスター問題。ここまで議論が長びくというのは、(男女とも)ヒステリックになっていて、背景には欲求不満があるということだと思う。社会をより猥雑にして欲求不満を解消すべき…という考えに致るが、「猥雑化」と一口に言っても具体的に何をすべきかは難しい。 (JRF 1528)

JRF 2019年11月 7日 (木)

日本赤十字の「萌え絵」献血ポスターが問題になっている。ポスターには、『宇崎ちゃんは遊びたい!』(著者: 丈)というマンガのキャラが描かれており、その巨乳が、公共のポスターとしてふさわしくないとのことだった。マンガのキャラは、「ウザかわいい」のが特徴で、ポスターでもウザっぽいセリフを吐いている。

JRF2019/11/71654

「フェミ」と「オタク」の間で論争になり、私は「オタク」の側。『宇崎ちゃんは遊びたい!』のポスターは単行本 第3巻の表紙から取られており、これを規制することは、そのまま、単行本などの規制につながりかねないという危機感があった。ちなみに、私は『宇崎ちゃんは遊びたい!』を読んだことはない。こういう炎上を商法にされるのは困るから、今後も読むことはないものと思われる。

JRF2019/11/72986

本稿では、オタクは男、フェミは女であることを前提としていることがある。もちろん、そうでない場合も多々あることを知っているが、話を簡単にするためそうしている。

JRF2019/11/70282

本稿では、まず、私がブックマークしたことについて、詳しく述べ、その後、「猥雑化」のための提案を行う。提案には、まず、絶望したオタクのための男性同性婚+養女の家族契約を(再び)取り上げる。そして、主にフェミの婚外子を想定して、12歳から18歳までの主に女子について、預った乳幼児の保育のための休暇・在宅学習を認めるという方向を取り上げる。

JRF2019/11/72604

……。

……。

まずは、はてなブックマークでこれまで取り上げたものについて。

JRF2019/11/73907

……。

はてなブックマーク - 《女性を性的な目で見てはいけないのは何故か》
https://anond.hatelabo.jp/20191018131310
jrf:>性の解放後、個人へ向けた欲望を過度に刺激されないよう「性的な目」をそらす先として萌え絵があり、広告は不快と欲望をかすって発散させるのが現代。性を創造物に利用させないのも、何者かの平穏を乱すはず。< 2019/10/18

JRF2019/11/72091

エロ表現をダメだという主張は、かなり禁欲な社会の希求が待ち受けている。そういうのとは過去に訣別したはずだ…というのが、「性の解放後」という少し昔の言葉を入れた理由である。それはフェミが本来は手にしたはずのピルによる自由も意味していた。

ここの逆行が正しいという印象は、特に海外では、イスラムへの接近という形で現れるかもしれない。

JRF2019/11/76377

現代はグローバルな時代で、海外の議論があることを受けて日本で議論になっていることも多かろう。今回の議論はどうかしらないが、アメリカの Amazon.com を長く見る目からは、現在の Amazon の萌え系の検索のしにくさをかんがみても、海外で「萌え」に関する目が厳しくなっているのが感じられる。もちろん、二次絵を児童ポルノとして禁じるという文脈もある。それが流入してきている。

JRF2019/11/78028

イスラムへの接近は、しかし一つ忠告をせざるを得ない。イスラムは棄教者に厳しく、それを知らずにいっときの感情で走っては、イスラム側も迷惑だろうということだ。海外では、過去イスラムに走った者がキリスト教などに復帰したあとも、自己正当化のため、自分に後続するものがいるべきだとして、過激な主張を行っているというのが、あるかもしれない。

日本でもイスラムは広まって来ているはずで、その辺りフェミが一顧だにしないというのもおかしいと思う。

JRF2019/11/77301

一方、男女ともオタクは「性の解放」にむしろ恐怖している側面がある。現実の異性のポルノなどから、個人へ向けた欲望を過度に刺激されないよう「性的な目」をそらしあうために、萌え絵で発散することを選んでいる面もあると私は思う。

JRF2019/11/77899

流れ去る Twitter でどの者が述べたかすでに指摘できないが、リアルな人のポルノではなく、創造物であるがゆえに規制されるべきなのだという意見があった。極論すれば、売買春の商売がたきとして萌え絵がある…ということだろう。それに対し、オタクは売買春のようなことはむしろ嫌って、または先に述べたように、恐怖しており、萌え絵のほうがマシだと考えている。そうすることで、男女のオタクは、醜い自分の姿を凝視し合わずに済んでる。

JRF2019/11/73606

性の解放後の社会は、欲望の操作に一定の社会的価値を置き、広告に重要な役目を負わせていると言っていい。広告は単に商品を紹介するというに留まらず、欲望を、ときに不快をも、かすって発散させることで社会を活力を生みながら安定させている。商品が買われることで欲望が抑まるということよりも、欲望を肯定し、掘り出し、隠れている不満の解消にさえ希望をもたせるのだ。

JRF2019/11/75371

広告を過度に規制すれば、欲望というより希望・活力を潰いえさせるだろう。それは不満をつのらせるという面で、平穏を乱すことになる。それが「萌え絵」であればさらに、凝視し合わずに済んでる者達が、再び発見されることとなり、平穏を乱されることとなるだろう。

JRF2019/11/73003

そして、発見しあったオタクは、恐怖しあうだけで、ロマンティック・ラブに致ることはありえまい。なぜなら、経済力の不足などで不可能だから恐怖を選択したと私は思うからである。規制は、経済力の不足などから来る自信のなさを、さらに社会から「自信」を承認されえないということで、追い込む形ともなるからである。

JRF2019/11/76994

……。

はてなブックマーク- 《かえる(ふくろ):Twitter:2019-10-28》
https://twitter.com/orz404/status/1188476644232613888
>献血ポスターがなぜ問題なのかはいろんな人が丁寧に解説しているので、「乳袋などのエロ記号を用いて描かれたイラストを『この絵はエロくない』と言いはることの愚」について図解しました。1人のオタクとして、いい加減看過できなくてな(フェミ認定はされるけどなぜかオタ認定はされない自認オタ)(…マンガ有…)<

JRF2019/11/76009

jrf:>ヴィーガンも虫を殺す農業は認める。聖別・タブーの権威を手にしたい集団があり、明確な基準がないほうが権威がつくというのは理解できる。が、集団ヒステリーが問題ならむしろより猥雑にするのがセオリーと思う。< 2019/10/28

JRF2019/11/79444

「ヒステリー」という言葉は女性差別的で、もう使われることはないのかもしれない。特に「集団ヒステリー」という言葉は、どうもちゃんとした定義があるらしく、ここで用いたような集団がヒステリックになっているという意味では使ってはいけないのかもしれない。が、はてなブックマークは文字数制限もあり、インパクトのある言葉を選びたかったということもあって、私はこういう言葉使いをしたのだった。

JRF2019/11/74860

この Tweet では、フェミ側が明確な規準を示さないことを批判されているのに対し、「明確な基準」というのがなくても、エロいというのはオタクだったらわかるだろう…という文脈でなされている。

これも流れ去ってどのツイートと指摘できないのだが、コミケの話として、規準を明確にするとそれをギリギリ攻めて、どう見てもアウトのものが作られるようになるから、規準を明確にしないのだという話があった。

JRF2019/11/71439

しかし、コミケは複数の運営団体が言わば競争状態にあり、規準が厳し過ぎるところは排除されうるという希望が持てる。一方の、広告規制となれば、それは国などの規制となり、逃れられるものではない。

JRF2019/11/77821

それは、宗教に比肩したほうがいい。ヴィーガンやジャイナ教は、虫を殺す農業は認める。仏教も殺生を一般に禁じるが、俗や聖で違いはあれ、一定の規準をもとにいろいろ食べる。聖なる者がそれを食べないとするがゆえに、それを食べないことが殺生から離れたことと擬制される。これが「聖別」や「タブー」で、そこに権威がある。広告規制で何が良いか決めるところにもきっと権威ができる。

JRF2019/11/78903

何が規制されるべきか明確なことを人々は求めがちだが、明確でないほうが権威は発揮しやすい。ただ、普通の宗教ではそれでは人々が逃げることがあるから明確なものが生き残っているということだろう。ところが、国の威をかりて、すべての人に強制的に規制の力を発揮できるとなれば、権威を出すために明確な基準をなくしてもやっていけるだろう。

JRF2019/11/71769

ヴィーガンなどは宗教じみた側面があるが、現代は、そういう部分的宗教が、無宗教的な考え方が広まった時代、宗教的機能を担って人々を救えるかという視点も私にはある。そういった中で、フェミも何がしかの活躍をしようとしているのかもしれない。フェミも組織を維持するには、何か権力が欲しいと思うのは当然で、そのために現在、熱心に闘争を繰り広げているということかもしれない。

JRF2019/11/73788

ただ今回、議論が長びいているのはフェミだけが熱心というわけではない。オタクのほうも熱心に応じているのだ。「ヒステリック」になっているのは男女ともである。

この「ヒステリー」を問題視するなら、その背景には欲求不満があると考えるのがセオリーだろう。それに対するには「猥雑さ」を増せばいい。具体的にどうするか…、それは後述する。

JRF2019/11/72716

アリストパネス『女の平和』という古代ギリシアの喜劇がある。私はまだ読んだことがないが、平和のために女性たちがセックス・ストライキをするという物語らしい。フェミニストは、セックスのコントロールをして『女の平和』を実現したいのかもしれない。大きな戦争がなくなって久しく、ある意味『女の平和』がうまくいくような時代なのかもしれない。

JRF2019/11/77876

……。

はてなブックマーク - 《「宇崎ちゃん」献血ポスターはなぜ問題か…「女性差別」から考える(牟田 和恵) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)》
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68185
jrf:>「明らか」「頭の痛い」「まぎれもない」「思い込み」…ディスコミニケーションに絶望しかない。(私を含む)醜い人間・心の醜い人間は死んだほうがマシなのだろう、男も女も。ステレオタイプに押し込む者にふさわしく<。 2019/11/02

JRF2019/11/73400

「ラディカル・フェミニズム」というものがあるらしい。この社会で、男性側は有利な地位を独占しており、戦闘的にどのような手を使っても女性の地位を上げるべきだという立場のようだ。そうであるがゆえに、敵国に対するように男性側からのアプローチはすべて否定的に処理することがある。上のブックマークはまさにその例で、私はそれを難じているが、ナイーヴで、お門違いもいいところということだろう。

JRF2019/11/77089

ラディカル・フェミニストが、強い主張をして社会から猥雑さが消えると、本来ふさわしいレベルの男はその気高さに対しランク落ちするため、より欲求不満になり、ヒステリーが亢進し、さらに強い主張をすることになり、当人達は社会から浮くことになる。ラディカル・フェミニズムにとって、「ヒステリー」という言葉はもう使わないかもしれないが、ヒステリーをわざと亢進させて積極的に利用し戦闘力に変えている面があるのだと思う。

JRF2019/11/77072

そして、これは責められるべきことではない。ラディカリズムやカルトというのは、強い主張で社会から孤立していく原理をその内に含むのが常であるから、「ラディカル」フェミニズムと自ら名乗る集団は自覚的にそのようなことをしているのだろう。

もちろん、それを知らずに参加し、やがてそこから脱け出せなくなった者がいれば、かわいそうだとは思うが、結婚などの「堕落」をそう強く咎める集団でもなさそうだから、問題は少ないだろう。

JRF2019/11/74045

ラディカリズムは「堕落」を嫌いがちだが、BL趣味とかは、ヘテロ指向に見えてそうではないから、別にいいとかあるのかな?…よくわからないが。

ただ、ラディカリズムに「堕落」をしかけても「外からの攻撃」はむしろ求心性を増すので、そんなに問題ではない。むしろ、当然いるはずの支援者、金の出どころを抑えるべきというのがセオリーだろう。

JRF2019/11/78334

そういう意味ではここで必要な「猥雑さ」というのは、個人情報の暴露あたりを指すとなるか。ただ、個人情報が暴露されて、フェミニストがオタクに突撃されるというのは、「外からの攻撃」だからむしろ求心性を増すだけ。同じ個人情報の暴露でも、上級市民との関係性の暴露でないといけない。

JRF2019/11/70439

ただ、今、Wikipedia があって、すでにそれなりにそういうことは暴露されているんだよね。しかも、ラディカル・フェミニズムって、別にテロ集団ってわけではないから、Wikipedia に関係を書かれても、「はぁ、さいですか」で終わる話。フェミニズムは大学を舞台にすることが多いから、汚職等があれば、そこと関係のある人は問題が出てくるとは言えるが、汚職等が問題なのはラディカリストに限ったことではない。

JRF2019/11/75610

一方の、単なる男オタクは「無敵の人」が多いが、ラディカリストではなく、攻撃性はない。上で少し述べたように女オタクとはもちろんラディフェミと結びついて攻撃性を発揮するということも考えにくい。また、「暴露」と言えばマスコミだが、オタクはネットを舞台にして、マスコミとは対立しがち。ネトウヨになったりすればあるいは…といったところだが、それで攻撃性を増す例はほぼ観測されてないと思う。

JRF2019/11/71761

上級市民の情報が暴露されるのは治安上の問題があり、そうなれば政府はそうならないように圧力をかけざるを得ないだろう。ところが、中国の影響もあってか、ネットが出てきた当初よりは、個人情報は逆に暴露されにくくなっている。

ほんのりと社会不安の構図は浮かぶが、決定的なものではなく、陰謀論の余地もほとんどない。むしろ、よく抑えられているとすら言える。だからこそ逆に、玉突きのように欲求不満だけが高まっているのかもしれない。

JRF2019/11/70701

……。

はてなブックマーク - 《ミールザー・グラーム・タダイキタイヒト:Twitter:2019-11-03》
https://twitter.com/tadaikitaihito/status/1190955139978289152
>本田透「萌える男」より。本来萌えとはこのような物ですが、現実に置いて萌えは鬼畜に敗北し、萌えの皮を被った鬼畜が今や現実へ逆進攻しています。宇崎ちゃん献血ポスターは、その象徴的事例です。ちちしりふとももボーンボーンは萌えの皮でソフトにした鬼畜的表現なのです。(…『萌える男』の引用写真あり…)<

JRF2019/11/76647

jrf:>萌え絵でも鬼畜表現ができるだけ。この絵が鬼畜でもセクシーでもないよう萌えに近づけたというのは、萌え絵がエロゲーから来たという(間違った)当初認識の別表現。セリフの冗談的な鬼畜風味の味付けからの誤誘導だ。<

JRF2019/11/70266

タブーやギャップがあるほど性的に興奮するという側面があるので、創作史的に、萌え絵だからこそ、鬼畜表現をしたのが受けたという面はあるのだろう。

ただ、今回の宇崎ちゃんは巨乳なだけで、もう現代日本的にはこれをエロだとは認識しづらい。セリフは「鬼畜」的かもしれないが、絵は「鬼畜的」というところからははずれている。もちろん、今回、外国人が議論に火を付けたようだが、外国人から見ればポリコレ的にエロいのかもしれないが。

JRF2019/11/73106

個人的には以前から言ってるように(例えば [cocolog:86989717]])、私はロリコンのケはあっても巨乳・奇乳はむしろ嫌っているので、あまり「このキャラを守りたい」という気はしないのだが、「表現の自由」は、いくらそれを揶揄されても、守りたいと思うから、今回のように力を入れている。

JRF2019/11/76859

……。

……。

後述すると書いた「猥雑化」の具体的方法について。

JRF2019/11/78932

00年代はネットはかなり無法地帯で、P2P ファイル共有などもあり、児童ポルノすら簡単に手に入った(らしい)。その頃に比べれば、他のポルノも手に入りにくくはなっていると言えるだろう。さらに PC よりはスマホで見ることが多くなって、受動的な態度をセルフイメージとし、自分の「猥雑さ」と向き合う機会は減っているのかもしれない。もしかすると、「欲求不満」はそのあたりが問題なのかもしれない。

JRF2019/11/78540

とはいえ、現代の若者はどうやってかはポルノを手に入れているはずで、無修正海外ポルノサイトもまだ見れるようだし、そういう面での「猥雑さ」をこれ以上増すことが必要なのかは疑問がある。

JRF2019/11/73165

私は、ポルノ解禁などはやったほうがいいと思うし、そうしないまでも基本、エロマンガはモザイクを外し、ロリコンものや雑誌はモザイクを濃い目にするなどの配慮をする…といったことは、これまで主張してきたが、それはなんとなくされている気がする。ただ、それがオタクに必要な「猥雑さ」かというと違うように思う。

JRF2019/11/79950

むしろ、彼らが望むようポリコレを緩め、そういう「猥雑さ」を増やしても、オタクの「欲求不満」はむしろ増すのではないか。ここでは「欲求不満」という言葉に別の定義を与えたい。疑似心理学的な説なのだが、オタクの中には対幻想となる現実にあるはずのつがいとなるべき者の姿があると考える。それは決してアニマともいうべき女神のような者ではなく、現実に結婚するにふさわしい対幻想だ。そういう対幻想・つがいとなるべき者の欲求を満たせるようになることが、欲求充足であり、そうでないのが「欲求不満」であるとなるのではないか。…と考える。

JRF2019/11/75732

そうした場合、「萌え」は代償行為でしかなく、一時的な欲望を抑えることができても、現実につがいとなる者とはかけ離れた「美」への奉仕により、むしろ、「対幻想・つがいとなる者」の孤独は深まる。それが「欲求不満」となり、それが男の「ヒステリー」となって現れているということではないか。だから、ポリコレを緩めても「ヒステリー」はおさまらない。

JRF2019/11/73456

では、その「欲求不満」に対してどういう「猥雑さ」を対置するか。これは、働いている若い「健全な」オタクと、すでに結婚がほぼ望めなくなった絶望したオタクでは対処が異なるだろう。

JRF2019/11/71113

……。

働いている若いオタクには、結婚を促すのが大事だろう。「堕落」した自分と自分にみあう異性を許せるよう、対幻想・つがいとなる者の堕落を知っていくというプロセスも必要かもしれない。昔は、身受けするほどのことは少ないにしろ、「水商売」をやめて、男もそうとわかっていて結婚するという道筋があったはず。ネット・スマホ環境でなされる素人の売買春をあまり厳に禁じてはいけないのかもしれない。

JRF2019/11/71637

まぁ、一時期、「援助交際」が話題になったが、その時代に結婚は相対的にむしろ減ってたから、「売買春」まで広く認めるのはやり過ぎかもしれない。明らかな「売買春」は禁じるとしても出会いの機会を広く認めていく…というのが若いオタク層に対する「猥雑化」となるか。

JRF2019/11/75575

……。

絶望したオタクについては、性の問題よりも生きる不安を解消する方法を考えねばならない。基本的には、将来その生活を支える「娘」が必要なのだと思う。

それについてなのだが、以前、[cocolog:89997835] で、同性婚については「養子」に準じる扱いをするということについて述べ、それをうけて、[cocolog:90768574] で、一夫多妻的なものを認めたとき、それにあぶれた独身男に同性婚を勧め、そこに養女をもらって老後の面倒を見てもらうことを考えた。

JRF2019/11/78784

この相互養子契約、そこではダメだと言ったが、改めて考えてみると、男三人か二人に女性一人か二人といった割合で家族・共同体を作るという方向になるか。女性は養女となることを想定しているが、年代は男性側と同じでもいい。なんなら、男がまだ60代とか元気なうちは、女性の側の一人が年齢が上でもよく、その場合は、男性の側が養子になればいい。他の同性婚も多様に認めるとしても、あぶれる男性が社会問題なのだから、男が多い家族構成になるよう補助金でコントロールしたい。

JRF2019/11/79322

以前、私は、精神科の閉鎖病棟に入院していたのだが、いろいろ世話をしてくれてる母が死んだら、再びそういうところにお世話になる以外ないのではないかという予感がしている。でも、施設というのは金がかかるもので、国が金を出すというのは難しい世の中になることが予想される昨今、持ち家などはある日本で、どう私を含んだ社会を構成するかというのに対する一つの考え方として、このアイデアがある。

JRF2019/11/72837

あと、私にも財産が相続されるはずだが、私が独身を続けること、そこから残った財産は少し系図の離れた甥などに相続されるべきことがすでに暗黙裡に想定されてもいると思う。今後誰かと相互養子契約・家族契約をするとしても、甥・姪とかそういったところへの考慮は欠かせない。それが不利にならない相続制度の多様性も欲しいところである。

相続契約を柔軟にするのが、ここでの「猥雑化」になろう。

JRF2019/11/71475

……。

フェミについても、結婚というか子供が生める者は子供を生んだほうがよく、そうでない者は養子・養女を受け容れ、いくらかの割合は、いやだろうが、上の相続契約に三人二人のうちの二人のうちの一人としていずれ参加することを想定する。

JRF2019/11/70110

養子・養女を受け入れるといってもそれを誰が産むのかと考えたときに、フェミニストが四人・五人と子供を産める状況にならないといけない。しかも、いい男がたまたまいたとき、大学にいたまま、結婚せずに子供を生むというのが超人的努力を要する状況をなんとかすることが必要ではないか。

JRF2019/11/73334

このとき、どこがボトルネックになるかというと、乳幼児の段階だと思う。親には体力の問題もあってそれほど頼れない。ラディカリストならばさらに、親や上の世代にまかせられないだろう。逆に下の世代ならうまくいくのではないか…。

JRF2019/11/74032

『のんのんびより』([cocolog:91291405])の田舎の生活を見て思いつく…。12歳から18歳の主に女子について、預った乳幼児の保育のための休暇・在宅学習を認めるという方向がいいのではないか。大学等で補習もできるようにする。在宅での教材・育児情報のために IT 技術を活用する…と、そのための補助金を出してコントロールしていく。…という方向。

JRF2019/11/77626

マンガを参考にした話なので、うまくいくかは自信がない。ある種、児童労働を例外的に認めるという話にもなるし…。

学校生活を柔軟にするというのが、ここでの「猥雑化」になろう。

JRF2019/11/70756

(ちなみに、最近の学校関連に関する私の意見は…、入試の民間参入は、大学教員の負担を減らすにはいいかな…ぐらいの認識。記述式は、人口ピラミッドのため多くある教師リソースをうまく使うという着眼点からはわからなくもないが、センターレベルでやるのは不正・不信につながりやめたほうがいいと思う。ただ、AI 採点ができるなら一考の余地はある。大学無償化は、私学無償化で、これはよくない。むしろ、さらにリソースが限られてくる将来は、国公立に集中する途上国型に戻すべきだと思う。国公立を無償化するという方向なら理解できる。…といったところ。)

JRF2019/11/79182

……。

私の出した方向は、性役割・年齢ごとの役割りをはっきり認めることになる。その辺はこれまでのフェミニズムとは対立する、アンチフェミニズムとさえ言えるかもしれない。一方、国会を性ごと年齢ごとに割けて代表を選出する(具体的なやり方はいろいろ考えられるが)という形のような、これまでと違った「平等」を模索するのは私は賛成である。性役割・年齢ごとの役割りからズレた者を支援するのがこれからの「フェミニズム」の役割としたい。

JRF2019/11/75104

« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »