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日蓮『立正安国論』の現代語訳を読んだ。念仏宗の本を先に読んだせいか、そちらに肩入れして読んでしまったかもしれない。宗教改革に対する対抗宗教改革が日蓮宗だったのかな…と思って読んだ。 (JRF 7448)

JRF 2020年8月 7日 (金)

『立正安国論』(日蓮 著, 佐藤 弘夫 訳, 講談社学術文庫, 2008年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4061598805
https://7net.omni7.jp/detail/1102586563

JRF2020/8/79922

この本の前に 『維摩経』『浄土三部経』『法華経』の現代語訳、『歎異抄』、親鸞『教行信証』、を読んでいる([cocolog:92073249], [cocolog:92076991], [cocolog:92083486], [cocolog:92105472])。

JRF2020/8/78079

……。

内容は、「主人」と「客」の対話計式により、法然の専修念仏を否定するというもの。『法華経』を敬うべきという主張はあるが、後年ほどそれは強くない。

主人が日蓮の主張を代弁し、客は当時の支配者の北条時頼に擬しているというのが定説らしい。

訳者の佐藤が解説で問題とするのは、大きく二点。一つは、客は、法然に親和的であったが、よく言われるようにその選択[せんじゃく]主義に組していた、というよりはむしろ伝統仏教よりの融和主義であったという点。

JRF2020/8/70199

もう一つは、客の言葉として出てくる「先ず国家を祈って須らく仏法を立つべし」は、主人こと日蓮の認識でもあるが、>戦前にいわれたような意味での国家中心主義や〈王法為本〉を説いたものではない<(p.39, 解説)という点。…である。

訳者は、「先ず国家を祈って須らく仏法を立つべし」を>仏法を宣揚するにあたって真っ先に願うべきことは、仏法存続の基盤である国土と人民の安泰でなければならない。<(p.135) と訳している。

JRF2020/8/76362

……。

以降は細かい点について。

JRF2020/8/74446

……。

>法然は念仏だけを末法の衆生にふさわしい唯一の往生の道と規定する一方、他の一切の伝統仏教を、「時機不相応」(末法の衆生にふさわしくない) であり、仏の本願ではないという理由で退ける立場をとっていた<(p.29, 解説)

「自力」の行の否定は、しかし、平等のためには、金と時間をつかえる者が救われるとするのとは別の論理が必要だったからで、その論理こそが正しいとすることでその時代の民衆の信用を得ようとしたのだと思う。

JRF2020/8/75849

護教も、(救いには)本来不必要なことだが(僧にもある)煩悩から好きでしているとしていたのではないか。「自力」の「雑行」も現世での護教には学んで益のあることだったろう。親鸞は大般涅槃経を広く引用したりしている。仏教哲学全体の必要性は認めており、「専修」は民衆を平等に導き、他の教えで裏切らないための、いわば方便だったのではないか。

「涅槃」よりは「極楽浄土」のほうがずっとわかりやすく受け容れやすい下地があったのだと私には思われる。

JRF2020/8/78112

……。

>いかにレベルの低い方便の教えであっても、世の中にはそれでしか救われない人間がいることは事実であり、それなりの存在意義はあるのだ -- これが当時の仏教者の共通認識だったのである。<(p.34, 解説)

方便の教えといって信じる者は少ない。専修する必要があったのだと思う。

JRF2020/8/73859

……。

>この世界での救いを後回しにして個人の往生を優先する念仏者<(p.40, 解説)

>法然や親鸞にとって現実世界の悲惨な様相は、改善すべき対象ではなく、人々が現世的価値への執着を捨てて真実の世界(西方極楽浄土)に目をむっけるための契機にほかならなかった。<(p.42)

JRF2020/8/78149

私は、念仏宗と法華宗の違いは、自帰依を重視するか、法帰依を重視するかの違いにあると思っている。ここのところお経を読んでそのようなことを書いてきた。現世の国などをどう思うかはそれとは別の軸にある。法帰依を重視する側で現世利益を重視しているから、もう一方は自帰依だから現世利益を重視してないと見るのは、複数の軸を一つだけにする詐術で詭弁である。

JRF2020/8/79177

自帰依を重視する側は、集団的利益の場合、「自」国を重視する…国土的なものを重視するという形をとるのだと思う。一方の法帰依を重視する立場では、法を体現する国家権力を指向しがちなのではないか。

時代が下るが蓮如の時代、浄土真宗による一向一揆は、命がけ…自分の命をかけるのだが後に続く「自分たち」のためになされている。この世界での救いも重視されているのである。

JRF2020/8/77385

…… 。

>(…法然は…)この「捨」「閉」「閣」「抛」の四文字を掲げて多くの衆生を惑わせただけでなく、インド・中国・日本三国の高僧とありとあらゆる仏弟子にみな「群賊」のレッテルを貼り、罵詈雑言を浴びせている。これは近くは浄土宗が拠り所としている浄土三部経の、「ただし五逆を犯した者と正法を誹謗した者は、救いから除外する」という阿弥陀仏の請願に背き(…)<(p.101)

たしかにそういう面はあるのかな…。地獄に堕ちたならそこで人々を救うぐらいの気概はあったのかもしれない。

JRF2020/8/71436

……。

>(…)『(…大般…)涅槃経』には次のように説かれている。(…)仏はいわれた。「純陀よ、出家・在家の男女の信者がいて、粗野な悪口を吐いて、正法を誹謗するという重罪を犯してもいつまでも改めることなく、懺悔の気持を生ずることもない。こういった人物を名付けて、一闡提への道を歩む者というのである。(…)」<(p.136)

謗法の罪は、反省すれば許されうるかがこれまで問題になってきたが、許されうるとは書かれているようだ。

JRF2020/8/76006

……。

>また『(…大般…)涅槃経』には次のように説かれている。「(…)善男子よ、私はそのとき大乗の教えを重んじるあまり、バラモンが大乗を誹謗するのを聞くや、ただちにその者の命を奪った。善男子よ、それが善因となって、以後私は地獄に堕ちたことがない。<(p.136)

ここらへん、かなり物騒なことを述べている。が…

JRF2020/8/71331

>釈迦以前の仏教は謗法者を容赦なく殺害したが、釈迦が世に出られてからは謗法者への布施を止めるようになった。<(p.149)

…と比較的穏やかな主張になる。

JRF2020/8/78773

……。

念仏宗の本を先に読んだせいか、そちらに肩入れして読んでしまったかもしれない。宗教改革に対する対抗宗教改革が日蓮宗だったのかな…と思って読んだが、『立正安国論』の段階では、日蓮の側はまだ宗派と呼べるものになっていないという雰囲気だった。

JRF2020/8/72712

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