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レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場『ワーグナー: 楽劇「ニーベルングの指環」』の DVD を観た。音楽の良さについては、私はオペラに慣れてなくてうまく評価できないが、宗教学に興味のある私は物語の神話的要素がとてもおもしろかった。 (JRF 8275)

JRF 2020年9月29日 (火)

ニーチェの本を読んだ([cocolog:92189836])あとワーグナーに興味を持ち、調べるとたまたま安く DVD が再発売されるところだったので、全曲はまだ知らなかった「ニーベルングの指環』を教養として知っておこうと、買って観たのであった。

『ニーベルングの指環』は序夜『ラインの黄金』、第一夜『ヴァルキューレ(ワルキューレ)』、第二夜『ジークフリート』、最終夜『神々の黄昏[たそがれ]』からなり、今回買った DVD はそれら分売になる。

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『ワーグナー: 楽劇「ラインの黄金」』(録画: 1990年, 発売: Deutsche Grammophon 2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08CMYCDX4
https://www.hmv.co.jp/product/detail/11046978

JRF2020/9/292395

『ワーグナー: 楽劇「ヴァルキューレ」』(DVD 2枚組, 録画: 1989年, 発売: Deutsche Grammophon 2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08CP93D83
https://www.hmv.co.jp/product/detail/11046979

JRF2020/9/296527

『ワーグナー: 楽劇「ジークフリート」』(DVD 2枚組, 録画: 1990年, 発売: Deutsche Grammophon 2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08CP7LMSS
https://www.hmv.co.jp/product/detail/11046980

JRF2020/9/290018

『ワーグナー: 楽劇「神々の黄昏」』(DVD 2枚組, 録画: 1990年, 発売: Deutsche Grammophon 2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08CPG3BMX
https://www.hmv.co.jp/product/detail/11046981

ジェイムズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団

JRF2020/9/298079

……。

音楽の良さについては、私はオペラに慣れてなくてうまく評価できないが、宗教学に興味のある私は物語の神話的要素がとてもおもしろかった。

JRF2020/9/298879

……。

『ラインの黄金』に出てくる「隠れ頭巾」、姿を隠したり、大蛇や蛙に変身できるもの。これを醜い怪物が使うというのは、良いことや悪いことをしてもその報いが必ずしももたらすとは限らないわりに、まじめに働くことが求められるのが、まるで姿の見えない神(天使?悪魔?)がときたま監視しているから…という考え方のパロディなのだろう。そういう「神」は下賎なものだ…というのが、醜い怪物が使うことによって表されているのだろう。

JRF2020/9/290743

……。

『ヴァルキューレ』の神ヴォータンがすべてが自分の意志になってしまうので、自分とは関係ない何者かを創り出そうとしているというのは、人の自由意志というものがありうるのかという問題と、神がなぜ人を創ったかを説明する物語に関する議論を思い起こさせる。

JRF2020/9/292968

また、神の子の双子の兄妹の近親相姦は、人工的な進化…家畜を作り出すときにまず近親相姦させていくのの記憶を擬制しているのかと思う。また、結婚を通じて血が薄れるのに対し、自分の血を本人とまがうほどもっとも濃く受け継がせるためには双子を交配させるのが良い…という「魔術」を思い起こさせる。あと、春が双子を誘うのは、春の女神フライアを大切な宝を手放しても助けたことによるヴォータンへのフライアの不義の愛の暗示もあるのだろうか。

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……。

『ジークフリート』の物語は流れから行くと「救世主」の条件が語られるべきところのように思う。しかしそれにあうのは「恐れを知らぬこと」ぐらいで、あまり救世主にふさわしい条件ではない。「英雄神」ならありうる感じだけど…。むしろ、反抗期と中二病を煮詰めた感じで、「恐れを知らない」もヤンキー風な印象を作っている。

『ジークフリート』最後のブリュンヒルデとの契りに致るまでの、処女の抵抗は、ワグナーの時代の「萌え」だったのだと思う。処女との性交まではいかない今のアニメでは表現されにくい「萌え」。

JRF2020/9/297086

そういったところからすると、『ジークフリート』の章は、「救世主」の条件を語るというよりは、「若いあなた」または「若いころの自分」に共感しやすくして「救世主はあなただ」というメッセージと共に、若い世代に強くアピールすることを特に意識して創られた章なのではないかと思う。

ジークフリートが工人でもあるというのは、工業が大事になりつつある時代の時代性があるのかもしれないし、ルイ16世が錠前作りが趣味だったみたいなのの名残りがあるのかもしれない。

JRF2020/9/294534

……。

『神々の黄昏』は、滅びがテーマだから最後の審判のようなことが語られるのかと思ったら、疑似NTR(寝取られ)展開のよくある(?)悲劇だった。悪が主人公というのが黙示録的な面と言えなくもないが…どうだろう? 結局、子供ができない妻に、罪の意識なく愛人を作ってしまう夫がいて、妻はいかなる経緯であろうと夫を許さない。…という話になっていた。

JRF2020/9/294350

いちおう、グートルーネは生きていて、しかもジークフリートとのことに及んだあとのはずだから、ジークフリートの子の誕生の可能性はゼロではなく、続篇も作りうるという形になっている。水の中まで指環を追っていったハーゲンが死んだのかはよくわからないが、アルベリヒは死んだという描写はまったくないので、悪役が続篇にそのまま出てきても問題ない形にはなっている。

JRF2020/9/293264

ジークフリートは指環の力をまったく使わなかった。支配権があるのにまったくそれを使わず、自由にさせる神という現代的な神の在り方の反映とも言える。そかし、それでも「神の死」があるというのが、ニーチェにつながるところなのだろうか。そんな「神の死」と同時に神々は復活するのではなく、そこも滅びた…ということになっている。

JRF2020/9/296605

……。

物語や日本神話の要素を思わせるモチーフもいろいろある。ブリュンヒルデが眠るのは眠り姫だし、大蛇はヤマタノオロチだし、戦乙女という考え方がアルテミスのほかヤマトタケルの女装とかにもつながるのだろうし、洞窟という要素だけでアレだがイザナギの黄泉下りを思い起こさせる。さすらい人が神自身である、または、神の使いであるというのは、アブラハムを訪れた旅人を思い起こさせる。

JRF2020/9/296998

……。

これは『ニーベルングの指環』に限らないが、ドラマにおいて恋はもっとも重要な要素であることがほとんどである。アニメなどのファンタジーで、多くの幻想要素がリアルになることはありえないが、唯一、恋愛は、愚かなことでも承認しあう構造となっており、本人にとっては様々なことがある意味リアルになりうるからであろう。多くの人にとって、恋愛のみがリアルな奇跡なのだろう。

JRF2020/9/291058

……。

俳優については、オペラで大事なのは歌なので、あまり容姿に期待すべきでなく、今回の公演はオペラのわりには十分皆容姿が優れていることはわかるのだが、ジークフリートとブリュンヒルデは 10代、ジークムントとジークリンデは 20代の役者がやってくれたらもっと見目麗しかったと思う。(そうなら『神々の黄昏』の印象もかなり違ったものだったろう。)ただ、そういう若い役者だと客がつかないものかもしれず、名優を揃えたからこそ客が呼べ、立派なセットや衣装を用意できるという面もあるのだろうから、別の問題が出てきたのだろう…とも思う。

JRF2020/9/299282

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