宣伝: 『「シミュレーション仏教」の試み』(JRF 著)。Amazon Kindle で販売中!
技術系電子本。Python による仏教社会シミュレーション( https://github.com/JRF-2018/simbd )の哲学的解説です。令和4年3月11日発売。

« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »

cocolog:92256375

飯田泰之『日本史に学ぶマネーの論理』を読んだ。江戸時代、米の増産がデフレではなく経済成長を生むのはなぜかという疑問を考えていた私は、貨幣改鋳のインフレ政策との組み合わせがそれを可能にしたという解答を得た。また、本とは関係ないが、侠客の経済的役割について考察した。 (JRF 9795)

JRF 2020年10月 7日 (水)

『日本史に学ぶマネーの論理』 (飯田 泰之 著, PHP研究所, 2019年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4569842933
https://7net.omni7.jp/detail/1106994061

JRF2020/10/70425

私はずっと以前に、『日銀カード構想』(↓。2003年以前に書いた)の中で、貨幣法制説のようなものを取り上げている。また、江戸期の経済を念頭において、米をどんどん作れば、米の値段が下がるのは当然で、にもかかわらず、幕府は米をしばしば増産しようとしたのはなぜか?…という問題意識を持っていた。([cocolog:86949603], [cocolog:91960637])。その関連ということで著者のブログで知ったこの本を発売時に買って今になって読んだ。

JRF2020/10/77373

《別サイト記事再録 − 「日銀カード(仮称)」構想》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/09/post.html

あとこの本との関連は薄いが、私のひとことの中では「捨て扶持」理論([cocolog:89122076])も江戸経済とは関連があるかもしれない。

JRF2020/10/78938

……。

この本の引用を紹介する前に、この本を読んで得た「米をどんどん作れば、米の値段が下がるのは当然で、にもかかわらず、幕府は米をしばしば増産しようとしたのはなぜか?」に対する解答をまず書く。

JRF2020/10/76933

以前は、幕府はその力を背景に無理矢理、米を高値で買わせたのではないか…という解答だった(沖縄ではお米券で支払いができるところがあるらしいのがその名残りと考えた)。それが…、貨幣改鋳のインフレ政策との組み合わせで米を安くなりすぎないようにした。ただし、貨幣改鋳が可能だったのはやはり政府の力を背景としていた。…という解答になった。

JRF2020/10/74795

簡潔に書くとこうなる。貨幣改鋳で旧1両を新1両に両替えさせる(より穏やかに一定比率で旧1両を多く含むものを借りて、新1両を多く含むものを返すとかでも良い)→インフレ期待が上がる→米の値段が上がるので、米の生産が増えていてもよい。

JRF2020/10/75748

もう少し詳しく書くと…。インフレで、動産などは売りやすくなる中、増産で米の価格は比較的安く維持され、米が増えた分人口が増え、それが動産を作る(手)工業などに労働力として吸収される。工業者が子供を生んで増やそうとすれば米の値段が上がりはじめる。返すとき新1両比率は少なくても良くなる。するとインフレが抑えられるので、それは広く債権者たる商人にとってもメリットだから、それを見越して商人は工業に投資する。それが儲かるのでそもそも商人が幕府に金を貸す。…ということ。

JRF2020/10/79997

これを現代に適用しようとすると、人口増が受け容れられないが…。それとも、生産を増やして安くすることが、他の生産を増やすような財があればいいのだろうか? スマホとか、それっぽいけど…。でも、単に生産を増やすだけでなく、そこから税が取れないとダメではないか? いや、所得が増えるなら、そこから税が取れるが…。うーん、難かしい。

JRF2020/10/74580

今はインフレ期待を上げようとすると、現金自体が使われなくなりかねない…交換的価値・機能を失いかねない。経済の縮小が予想されるため、物価もそれほど上がらない。…ということではないか。貨幣改鋳を参考に、無理にインフレ期待を上げようと思ったら、転売可能な期限付きプレミアムクーポン券みたいなのを政府が発行するとかになるが、それは現金よりも不便でしかなく、またはいつか出される次の商品券のために、現金が死蔵されることになる。…ということではないか。

JRF2020/10/72623

……。

以前の米を無理矢理買わせるという見建てのときは、侠客がタダ米を消費する構造がバッファとしてある…という論を採っていた。

JRF2020/10/76720

[cocolog:91960637]
>米が増えれば、人口は増やせるだろう。すると人足の労賃が下がる。それが商人が困る構造になっていたのではないか。今の日本も苦しむ人材派遣業(手配師・請負師)が多く、彼らが労賃が下がるのをいやがり、それよりもマシな米の「事前購入」…酒にするか輸出するかして人を生まれにくくするか、食客に殺し合いをさせて人口を減らすか、していた…ということではないだろうか?<

JRF2020/10/77705

この本を読んだ上で、それをどう改めるか。侠客の必要性はどこにあったか?

一つは、土倉(後で引用して説明する)に似て、農産物の確率的な不作に対して全国的にリスクヘッジする金融を担っていた。…というものである。簡単に言えば、侠客は借金取りだ…と。侠客がよく旅をしていたこととこれは整合する。米の融通という点で、以前の論のタダ米を消費しやすい構造にあるのも論を補強するか。

JRF2020/10/75726

また一つは、債権債務を贈与関係に変換することにあったのではないか。金貸しの婆さん(例)に借りてた者が死ぬと、その子に請求するかというとなかなか難しい。するとこの貸倒れで資産が減る婆さんはどうするのか。一方で、金貸しの婆さんのほうが死に債権があいまいになることもあったろう。多くは死によって「解決」し、そういうところに永続的な商人的金貸しは寄って来なかったのではないか。死が中断する債権債務の相続者について、債権債務の関係を仁義に基づく贈与関係に変換するのが、侠客の役割でもあったのではないか。

JRF2020/10/75039

もう一つは、旧貨の回収ではないか。基本、侠客の人件費はタダ米よりも博奕(と薬物?…江戸時代、禁止薬物があったという話はあまり聞かないが)で稼いでいたのではないか。博奕は資金洗浄と結び付きやすい。ただ、今とは逆で、博奕で得た金には幕府の犬により色が付いてる危険があって、そのままでは市中では使えず、市中で使うためには両替する必要があった。負い目のある侠客がまっとうな商人と取引するためには、旧貨の回収に協力せざるを得なかった。…のではないか?

JRF2020/10/70980

……。

……。

ここまでが私の関心で、ここからは引用しながら、考えたことなどを示していく。

JRF2020/10/70793

……。

>一部(の土地や人)からしか徴税できない権力が、より広く財政収入を得ようとした場合、貨幣発行益はそれを可能とする数少ない手段である。<(p.61)

「インフレ税」は、累進課税や資産税・富裕税のかわりになる力の強い徴税しにくいものへ徴税する方法となる…という。現代日本で、インフレターゲット(インタゲ)がうまくいかなかったのは、そのあたりが理由なのかな?

JRF2020/10/73972

……。

>中央集権的な統治政度の喪失は、皇朝十二銭を終らせただけでなく、経済成長自体を停滞させる結果になった。<(p.114)

松下幸之助の系列の道州制や、日本を株式会社的に経営する(「日本株式会社」論はまた別物らしい)…という思想が、いまいちウケが悪かったのは、こういう荘園などの歴史の教訓があったからではないか。

JRF2020/10/75227

……。

>納税手段として公的に認められることで貨幤としての性格をあわせ持った商品 -- 絹の価値は、その性質を持たない場合よりも高くなる。<(p.137)

江戸期、米の先物取引が認められたのは、米に貨幣価値を付け高値にすることがはかられたからだろうか?

JRF2020/10/73884

……。

>代官による住民への貸し付けにかえて、収穫のサイクルにあわせた農村金融を担ったのが専門的な金融業者としての土倉だ。都市部金融業者である土倉は様々な地域の農民に向けて貸し出しを行うことができる。貸付先を分散すればするほど、不作によりその全てが同時に回収不能となる可能性は低くなっていく。ポートフォリオ分散という金融の基本ロジックにしたがい、金融業は少数の大規模な業者に集積されていくことになる。

JRF2020/10/70873

(…)

貸付先の小規模化と金融業者の大規模化は金融業のさらなる発展をもたらす。中小の農民相手の貸付の回収、なかでも返済不能時の取り立ては貴族や武士への取り立てよりもはるかにたやすい。債権者(土倉)と個々の債務者(農民)の力があまりに隔絶しているからだ。ここに、貯蔵する余裕のある資産家層にとって待望の「信頼できる債務者」が生まれる素地が整う。

JRF2020/10/74302

(…)

当時の融資は土地を担保に行われる。返済が滞り、債務が膨らむと最終的には土地からの収穫を得る権利を失って小作人化する。融資先の農民が十分な収穫を得て、利子をつけて返済してくれるならよし。不作により回収が困難ならば土地で弁済させればよい。個々の農民の経営は天候や災害に大きく左右されることもあろう。しかし、多数の、そして様々な地域の農民への貸付をひとまとめにしたもの(ポートフォリオ)は「信頼できる債務者」となるのだ。
<(p.144-145)

JRF2020/10/72843

離れた土地を取り上げて、何の意味があるのだろう? 農業がそれほど儲かるのなら、農民も借金せずに済んだのではないか?

借金をしたとき、農民が直接米を売るのは物流がない時代には難しいから、農民は米を売って返すよりも、手仕事で得た金を返すということだったのではないか。いや、小作料からということもありうるか。米は庄屋に集められ、小作料などから買わせる。そのシステムの儲けが大きいということがあったんだろうか? そのほうが資本を集中でき、新田・新規事業開発などに有利だったというのはあるのかもしれない。

JRF2020/10/78972

都市のほうが値が高いので米は都市に集まる。売れなかった米は売られず、贈与経済にまわる? 大家から米をもらうことはあるまい。特に女性が武家・商家の勤め先からもらってこれた(贈られた)のではないか? 幕府が商人に米を無理矢理買わせる文脈で、余った米の流通は、侠客を通じてよりも、そのような形で流通したと考えるほうがありうるか?

JRF2020/10/73452

……。

上の私の米に関する考察と任侠に関する考察は第4章まで読んだ段階で行った。以降はその後、説を補強するものとして見つけたものである。

>江戸期の経済を考えるにあたって、貨幤政策 -- なかでも財政運営策としての貨幣改鋳が大きな意味を持つところとなる。<(p.162)

>また幕府も民間による交換比率に積極的に介入していない時期が多い。公的な交換レートを定めることよりも、各貨幤の発行量や金貨・銀貨の品位(金・銀の含有率)を変更することで相場を誘導するという方針を基本にしていた。<(p.169)

JRF2020/10/77860

>このような民間の抵抗を乗り越えることができるだけの支配力を持ったことが中世の政権との違いであり、その支配の浸透こそが金属価値と名目貨幣とを分離させ、貨幤発行益を得るための条件でもある。<(p.182)

>供給余力の低下に対して貨幣改鋳を行った宝永の改鋳は、今日の経済理論にしたがうと、必然的に大幅なインフレに帰結せざるを得ない。<(p.194)

>貨幣発行益は一時的に莫大な財政収入を得る手段から、経常的な歳入手段へと進化した。その中で、凶作時の変動はあれど、継続的な物価騰貴は観察されない。<(p.218)

JRF2020/10/79130

……。

逆に、私の説に反するもの。

>その理由はさておくとしても、少なくとも、18世紀後半には、日本の社会は素朴なマルサス的な状況からは脱しつつあったと考えて大過ないだろう。<(p.174)

「マルサス的な状況」とは、人口増加と経済成長が結びつく状況をいう。そういう状況から脱したということは、私の米に関する考察はあたらなくなったということになろう。

人口増加なく米の値段を上げる(維持する)には、輸出でもしたのだろうか? 上で書いた先物取引だけからは説明できないように思う。

JRF2020/10/71545

>貨幣改鋳によって米の相対価格を引き上げ、それによって武士・農民の困窮を救うという目的を達成したところに元文改鋳の大きな成果がある。<(p.209)

貨幤に比べれば米が高くなるのはわかる。しかし、人口増があまりない状況で、米以外の「諸色」(いろいろな物)について米の相対価格が上がるロジックが、この本のこの部分を読んでも、私にはよくわからなかった。奢侈禁令があったとしても、そこまで影響があるだろうか?

JRF2020/10/78308

……。

……。

追記。

訂正。

上で>米は庄屋に集められ、小作料などから買わせる。<と「小作料」は庄屋から小作人への労賃かのように書いたが、「小作料」とは本来は「小作人が地主に支払う小作地の使用料」(コトバンクからの引用)らしい。基本は、米による物納。

JRF2020/10/201495

金で払う場合、百姓に販路のつてはそれほどないだろうから、地主・庄屋またはそれとグルになっている者に農作物を買ってもらう以外になく、そこから小作料を引いたものが実質的な労賃だったことになろう。(…もしかするとそういうシステムだから私の誤解が生じたのかも?)

JRF2020/10/204808

小作料に足りない分は手仕事をさせる前提で、小作人は作っても食うのがやっとで小作料を払ったあと現金が残らないシステムだったということはないだろうか? それでもまれに現金があまると、博奕に吸い上げられる…と。

移動の自由もなく販路もないだろうから、物納の場合も一旦米は食う分を残して全部召し上げられ、売った分は、不作のときの貯金(または不作だったときに借りた分の返済や土地の再購入代金)などとなったのではないか。食う以外に生活に必要な現金は手仕事や畑作の小売りぐらいしか得る方法がなかったのではないか。

JRF2020/10/201825

あと、当然に納税は小作人の責任とされるが、やはり庄屋などが一旦集めたのではあるまいか。ただ、そうすると庄屋にも不作時に追加の納税を求められるリスクが出るから、そのリスクを避けるために、小作人が直接納税することもあったかもしれない。

それとも、そこまで厳しいとの印象は時代劇の見過ぎで、実態はもっと穏やかなものだったのだろうか?

JRF2020/10/208161

« 前のひとこと | トップページ | 次のひとこと »